恵みをもたらす 旅に出る

観光の開発は、地域に雇用を生み出し、町や村にうるおいをもたらす。
JICAは付加価値のある持続的な観光の開発をめざし、途上国とともに活動を続けている。

取材協力:JTB総合研究所 上席研究理事 髙松正人
文:田中弾(編集部)

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ミャンマー中部にある仏教遺跡、バガン

世界を旅する観光客の数は年間13億人を超えている。今後も増え続けると予想され、いまや旅行・観光産業は世界のGDPの約10パーセントに貢献する巨大産業となっている。観光の経済効果はなぜ大きいのか?

JTB総合研究所の上席研究理事でJICA技術専門委員も務める髙松正人さんは、「観光には人を巻き込む力がある」と話す。

たとえば、観光客はホテルに宿泊し、レストランや商店、観光施設でお金を使う。そこには働く人が大勢いる。食材は地元から調達することが多いため、農家や漁師の手が必要になる。ホテルのショップで販売される民芸品は、品質の高さを求められ、おのずと職人のスキルが向上する。こうして観光産業には、多くの人が関わることになる。

「旅行者が旅先で100ドルを使うと、そのお金は地域内の人々をめぐりめぐって最終的には250ドル消費されるような波及効果を生み出します。観光とは波及効果の大きいビジネスです」

そして、雇用を生むということは、職を求めて故郷を離れてしまった若者たちが地元に戻る契機となる。町や村は観光振興によって高齢化や過疎化から抜け出し、コミュニティの維持を続けていくことができる。

「JICAの専門家として訪れたインド北東部のシッキム州では、エコツーリズムの開発によって村落に若者が帰ってきました。標高2500メートル超の何もない村落に、です。観光が地域に与えるインパクトは非常に大きいものがあります」

日常にあるものを 磨き上げていく

JICAの観光にかかる協力開発はこれまでさまざまな国で進められている。どのような国からどのような人を呼ぶかターゲットを決め、彼らが旅先で何を求めているかを探り、自然や歴史的遺構、その土地の文化や食などの観光資源をもとに、現地の人と協力して観光客を引きつける観光商品を開発する。JICAの協力は道路、上下水道、博物館などの観光施設といったインフラの整備から、自然・文化・歴史の魅力を味わう観光商品の企画・開発やプロモーションなど多岐にわたっている。

そして、現地の地域社会の生活と観光が調和するように、環境を破壊せず、土地固有の文化を尊重し、経済的にも自立できるという三つの面での持続可能なツーリズムの実現も後押ししている。

また、最近の観光トレンドが体験型にシフトしていることから、その変化にも柔軟に対応している。

「体験型とは、その地域ならではの日常の生活を体験できる観光のことです。インドネシアのバリ島には、山間の田園地帯を走るサイクリングツアーがあります。そこで出合えるのが稲作の三期作、四期作です。田植えと稲刈りが同時に行われている光景を体験できます。ツアーの最後に農家のおかみさんと現地の食材&スパイスを使ってクッキングをします。ここでしか体験できない特別な時間は強く心に残るものとなり、旅の満足度を高めます」

観光は、世界中の地域と競争する産業であり、ノウハウや資金力の少ない途上国は不利になりやすい。しかし、そこでしか体験できない「オンリーワン」を探り当て、観光の魅力としてアピールすることで競争力を高めることはできる。

「ただ、旅行者のニーズに合わせたプレゼンテーションは必要です。クッキングのプログラムであれば衛生的なキッチンと清潔な食器を用意するなど、旅行者が抵抗なく受け入れられる付加価値をつけることが大切です」

ちなみに昨年、WTTC(世界旅行ツーリズム協議会)と国際平和研究所が、共同調査による観光と平和のレポートを発表した。そこには、観光開発が動きだすと雇用が生まれ、貧困層に所得が回り、格差が減少して生活水準の底上げが図られるため、国の平和の指標レベルが高くなると書かれている。

「『平和だと観光が成り立つ』ではなく『観光が平和を作り出す』ということです。興味深い内容です」

観光開発は、観光客にとっても地元の人にとっても喜びを生み出すものなのである。

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