自然や文化を特別な観光資源に ベトナム

持続的自然資源管理プロジェクト×ヘリテージツーリズムによる辺境農漁村の生計多様化プロジェクト

山間部を中心に53もの多様な少数民族が暮らし、貧しい生活を送る人々もいるベトナム。
観光開発で新たな雇用を生み出し、自然や特有の文化を守り活かす、JICAの二つの取り組みに迫った。

光石達哉:文

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ビズップ・ヌイバ国立公園内のトレッキングコースで見られる「ソイ・ブライアンの木」。樹高28メートルと公園内で最も高い

住民たちも森林の重要性を理解

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ベトナム(ハノイ、ヌア村、ダラット)

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世界で唯一この地方にしか生えない固有種の松の葉。キノコやヤマモモなども貴重な資源として守る

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キノコ

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ヤマモモ

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トレッキングガイドを務めてくれた少数民族コホ族の若者。エンルイさん(写真左)は国立公園の職員。サクリーさん(写真右)はふだんは短大で観光について学ぶ学生で、住民主導型エコツーリズムの一員としてガイドや森林パトロールの仕事をしている

「これは2枚1組の平らな葉を持つ原始的な松の木で、世界中でもこの地域にしか生えていない固有種です。幹は1年間に1ミリと生長が遅く、直径2.5メートルまで大きくなるのに約1000年かかります」

教えてくれたのは、ベトナムの少数民族コホ族の若者サクリーさんだ。短大生のサクリーさんは、ベトナム・ラムドン省のビズップ・ヌイバ国立公園で、不定期にトレッキングガイドを務めている。

2004年に国立公園に指定された同公園は、標高約1500メートルの中部高原に位置し、避暑地として人気の高い観光都市ダラットから車で1時間ほどの距離にある。シンガポールの面積とほぼ同じ約7万ヘクタールの同公園内に、固有種の植物や絶滅危惧種の動物が数多く生息する貴重な生態系を持っている。その一方で、問題も抱えていた。

「もとから公園内に住んでいた少数民族は国立公園の指定に伴い周辺への移住を余儀なくされました。彼らの生活は貧しく、公園内に侵入して農地の開拓や動植物の捕獲や採取といった違法行為をしなければ生活できない状況にありました」と説明するのは、専門家として現地の問題と向き合ってきた日本工営の小田謙成さんだ。

そこでJICAは2010年に「ビズップ・ヌイバ国立公園管理能力強化プロジェクト」をスタートさせ、その中で、住民主導型エコツーリズムを立ち上げることによって住民の生計を向上させることを考えた。

JICAは公園内に3種類のトレッキングコースを整備して、ビジターセンターの建設にも協力。ガイドやビジターセンターの展示物の説明は、研修を受けたコホ族の住人たちが担当するようにした。すでに移住によってコホ族の伝統文化の一部は失われてしまっていたが、青年海外協力隊の協力によって機織りやゴングダンス(ユネスコ無形文化遺産にも登録)が復興され、それを観光客に披露するようにもなった。ふだんは農作業に従事している住民たちは、必要に応じてエコツーリズムの仕事をして新たな収入を得られるようになったのだ。

「観光の仕事はとても好きです。いろんな人と会えるし、自分の民族を知ってもらえるのは楽しい」

トウモロコシやコメなどを育てながら、ガイドやゴングダンサーとしても活動するコホ族の農家、ハキムさんの顔には笑顔がこぼれる。

また、同公園のエコツーリズム環境教育センター・ディレクター、グエン・ロン・ミンさんも、よい流れができてきていると喜ぶ。

「住民の収入はコーヒー栽培などの農業と森林パトロールが大半です。エコツーリズムから得られるものはまだ少ないですが、当初は観光の仕事に戸惑っていた彼らも、その重要性に気づいて熱心に協力してくれるようになりました」

2015年からは、前プロジェクトの成果を引き継いだ「持続的自然資源管理プロジェクト」が始まっている。民間企業とともに観光商品作りに当たるほか、若い世代の環境教育の場として受け入れ体制の整備を進めていく。今年4月にはラムドン省とホーチミン市の中学生が2泊3日のツアーで公園を訪れ、自然の大切さを学んだ。

「コホ族の住民だけで持続できるエコツーリズムを作っていくのが今後の目標です。価値を見出して自ら参加する人も増えています」と、小田さんは目指すべき道筋を語ってくれた。

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ビジターセンター1階は、観光客が自然や環境についてパズル形式で楽しく学べる展示が並ぶ。展示物の内容は国立公園の職員とJICA専門家らの協力で考案された

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ビジターセンター2階では、楽器や機織り機、農機具などコホ族の文化にまつわるものを展示。ガイドのハキムさんが実演を交えて解説する

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コホ族の生計向上のためには農業の多角化も必要と、農家のボントゥサガさんは今年の3月からキノコ栽培を試験的に開始した。「いま勉強中で、できたキノコは自宅や近所の人で消費しています」。テントなどの資材や菌床、栽培法の指導などはJICAが協力している

村の生活を体験できる おもてなしを提供

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ダンスを披露するヌア村の女性グループ。ダンスや食事など、観光で働くのはおもに村の女性たち。フレンドリーなのがタイ族の女性の特徴だ

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牛車がのんびりと進む、のどかな村の風景。観光客のために牛車乗車体験を始めたところ好評で、これも新たな収入源になった

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野菜、肉、魚などその日の朝にとれた素材で調理したタイ族の伝統料理。味だけでなく、衛生面からも新鮮な食材にこだわる

首都ハノイから南西に400キロメートル離れた山間部にあるゲアン省コンクオン郡ヌア村。ここは住民の100パーセントが少数民族タイ族からなる集落だ。民族衣装をまとった女性たちが伝統的な高床式住居の前で出迎え、ダンスを披露してくれた。彼女たちのダンスは豊作を祈る、雨乞い、水汲みなど生活や自然がテーマになっている。

ヌア村では以前から住民が自発的に観光業を行っていた。もともとこの地域は農業中心の自給自足の生活だが、出稼ぎのために村外に出る人も多く、他の生計手段を模索していたという。しかし、観光客を呼び込むためのノウハウがなく集客はかんばしくなかった。

そんなおり、ヌア村の持つ豊かな観光資源に昭和女子大学が着目し、2016年からJICA草の根技術協力をスタートさせて、トイレの整備、観光地図の作成などを行った。そして、高床式住居でのホームステイや地元食材を使った料理、ダンスパフォーマンスなど、ヌア村の生活をもとにした体験型の観光サービスを軌道に乗せていった。

村の観光グループのリーダーであるロ・ティ・ホアさんは、「私たちがホームステイを受け入れ始めた2011年当初、まだお客さんは少なかったのですが、プロジェクトが始まった一昨年は900人、昨年は1430人と人数が増えていくようになりました。今週末も72人の予約が入っています。夏はベトナム人学生のフィールドワークなどでほとんど埋まります」と現在の盛況ぶりを語る。

ホアさんが日本の専門家から教わったのはおもてなしの精神だ。料理は地元の木々の葉を盛り付けに使うなど見栄えをよくすることを心掛け、食材も衛生面に気をつけて新鮮なものを使用した。気候の違いで体調を崩す人のために薬を用意し、外国人や都市部からの観光客が安心した時間を過ごせるホスピタリティを提供するように努めた。そして「料理より挨拶」というアドバイスもあり、ヌア村では隣近所の人も観光客に気軽に挨拶しにやってくるという。

こうした観光のための活動は、タイ族の伝統文化や周辺の自然環境を守ることにもつながっている。伝統的なダンスを披露できる機会が増えたことで、住民自身が踊りや衣装をより身近に感じるようになった。これまでは高床式住居の一部にコンクリートを使っていたが木材で建築するようになった。

2018年5月、ホアさんを含むゲアン省の観光関係者4名は日本に研修に訪れている。東京都や神奈川を巡り、山梨県の芦川町を訪問した際は、地元ガイドの歴史の解説に聞き入り、ほうとう作りを体験し、〝農泊〟もした。

「古民家が残る美しい集落で驚きました。それに何かを体験することはとても楽しいこと。私たちも自分たちの村のありのままを見せればよいと再認識しました」

2017年、ベトナムを訪れた外国人観光客は1290万人を超え、2000年と比較して約6.5倍に増加している。GDPにおける観光業の割合は6.3パーセント、周辺産業も含めると14パーセントにも上っている。そして、ベトナムの少数民族が持つ文化の多様性が、外国人にとってさらに魅力的な観光資源となる可能性を秘めている。今後、産業として観光の発展と、住民の生活が豊かになることを期待したい。

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ヌア村の住民が新たに建設しているホームステイ用の高床式住居。1階は倉庫や家畜小屋で、2階が住居となる。木材を使った伝統的な建築方法を用いる

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料理の食べ方を教えてくれたのは、コンクオン郡の人民委員会副委員長(文化・社会担当)のカー・ティ・ティムさん。自身もタイ族で、伝統文化の保護に力を入れる

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草の根プロジェクトの一環として日本人建築家の竹森紘臣さんが設計したトイレ。外壁に石をモザイク状に積んだもので、清潔で環境にも馴染むデザインだ

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近隣のファー村のオレンジ農園は、ヌア村の観光客向けにオレンジを使ったお酒やエッセンシャルオイル、芳香剤、石鹸などの特産品を開発。実が小さくこれまでは廃棄されていたオレンジを有効活用するため環境にも優しい

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オレンジ

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オレンジを使ったお酒やエッセンシャルオイル、芳香剤、石鹸

ベトナム社会主義共和国

【画像】首都:ハノイ
通貨:ドン(Dong)
人口:約9,370万人
公用語:ベトナム語

豊かな観光資源を新たに活用するため、ベトナム中部高原のビズップ・ヌイバ国立公園では自然を守りながら住民の生活を向上させる住民主導型エコツーリズムを実施。中北部のヌア村では、少数民族固有の暮らしや文化を体験する体験型観光のプロジェクトが進められている。

ビズップ・ヌイバ国立公園 エコツーリズム環境教育センター・ディレクター グエン・ロン・ミンさん

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グエン・ロン・ミンさん

「JICAが作ってくれた観光の基盤をもとに、2013年のプロジェクト終了後も国立公園独自でトレッキングコースを増やしたり、宿泊施設やレストランなどを作ったりと拡大させてきました。毎年、観光客も20%ずつ増え、昨年はビジターセンターとトレッキングを合計して約2万人が訪れました。観光に携わる企業が地元住民を雇用する好循環も生まれています」

ヌア村観光グループのリーダー ロ・ティ・ホアさん

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ロ・ティ・ホアさん

「ヌア村は自然に囲まれた魅力的な村で、私たちも環境を守りながらサービスを提供しています。もともと村人は自給自足の生活でほとんどお金を使っていなかったのですが、観光の仕事のおかげで1人1カ月平均300万ドン(約1万5000円)の収入が得られるようになり、生活が向上して貯金もできるようになりました」

観光地作りを学ぶ研修交流ツアー

ホアさんたちが訪れたのは山梨県の芦川町。人口減に悩む同町は移住や"農泊"などで観光を通じた町作りを進めていて、ホアさんたちはそのプログラムを体験し、おもてなしを学んだ。「芦川町もヌア村も地元に活気を取り戻そうと努力しています。交流によって刺激が生まれ、双方が地域の未来を考えるいい機会になりました」と安藤勝洋さん。

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地元の人とほうとう作りを体験

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JICA草の根技術協力「ヘリテージツーリズムによる辺境農漁村の生計多様化プロジェクト」で中心的役割を担う安藤勝洋さん。ベトナムの観光開発に10年以上携わっている