JICA STAFF 久保信也 産業開発・公共政策部

地域の"思い"が形になる 観光開発を目指したい

開発の失敗事例がきっかけに

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カカオ生産者より収穫工程の説明を受ける久保さん(右から2人目)。カカオ製品の購入を促すアクティビティの一つ

大学時代にある途上国援助の事例を知って衝撃を受けました。ある民間団体が電気の通っていない地域に電化製品を寄贈したという話で、その製品は使われることがないまま、換金されてしまったり、捨てられてしまったというのです。なぜそのようなことが起こったのか、何が現地の人々の生活改善につながる支援なのか-貧困問題や途上国支援について根本的に考えたいと思い、イギリスの大学院に進み開発学を専攻しました。

大学院に在籍していた当時、アラブ・アフリカ諸国で広がった民主化の動きを背景に、迫害や弾圧を逃れてEU諸国に流入する人々が急増していました。ベルギーの難民センターでボランティアに参加した私は、稼いでいく手段のない難民の厳しい現実を知らされました。センターでは職業訓練や言葉の教育が行われていましたが、かならずしも仕事につながるわけではありませんでした。雇用の受け皿が限られていること、地域の労働者と雇用機会を争わなくてはならないこと、女性が外で働くことが一般的ではない文化的な背景など、さまざまな要因が難民の就労を困難にしていました。

彼らの切実な状況を目にして、産業の振興や中小企業を盛り上げる国際協力に携わりたいという気持ちが強くなりました。開発学を志した目的でもある効果的な支援を実現していくため、JICAへの入構を決めました。

入構後、海外OJTでモザンビークに派遣されました。現地では無秩序な森林伐採による土壌の劣化が深刻化しており、日本は森林保全の技術協力を行っています。私はそこで初めて協力事業の現場を学びました。

途上国側の担当機関の能力向上は技術協力事業の重要な目標ですが、すべての人たちにその認識が共有されているわけではありません。先方の関係者の中には、状況の深刻さを理解していない方や、「日本がやるプロジェクトだから」と、当事者意識の低い方もいました。専門家の方はそのような認識の違いが問題になるたびに、くり返しプロジェクトの意義を伝えて、先方の理解を得ようと努めていました。けっして上から強制するような物言いはせず、「あなたの能力向上のためでもあるんだから一緒にやらないか」と、粘り強く語りかけるその忍耐強い姿勢に、大いに触発されました。

〝らしさ〟を磨いて地域振興

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日本での研修に参加したドミニカ共和国の政府職員らと久保さん(後列右から2人目)。能登半島をめぐり地域に根ざした取り組みの実例を学んだ

入構前の希望が叶い、現在は中小企業や地場産業の振興を後押しする案件に携わっています。中でもドミニカ共和国の観光事業は、現在の部署に配属された当初から担当しているため思い入れの深い案件です。

同国では外資によるリゾート開発が盛んに行われていますが、施設の敷地内で観光が完結してしまうスタイルが多く、地域住民が利益を得る機会が非常に限られています。2009年から始まったJICAの事業では、北部地域の寂れてしまった観光地をふたたび活性化させることに協力し、地域にもとからある自然や文化を有効活用しながら雇用を生み出す観光産業の振興を、官民を挙げて進めています。

2018年5月に現地を訪れ、地域に住む人々が発案したツアーを体験してきましたが、かなり面白いものになっていました。カカオの収穫工程を見学するそのツアーでは、農家が収穫のときに歌う音楽を楽しみ、メレンゲというUNESCO無形文化遺産に認定されているダンスを体験することができます。旅行者が現地の人々に息づく文化を知る、よいきっかけになると思います。

ときに、オリジナリティのある商品を作りたいという人々の強い思いは裏目に出てしまうこともあります。たとえば、キャッサバ加工場の体験型ツアーでは、自分たちが頑張って製品を作っていることを知ってほしいという気持ちから、見せる必要のない製造過程までコースに入っていました。取り組みにビジネス目線の客観的なアドバイスを与える、現地観光省の能力向上も課題です。こういった観光開発の取り組みがさらに前進するよう、専門家やドミニカ共和国の政府機関に、民間セクターとの積極的な連携や国を挙げたプロモーションなどを提案することは、私の大切な役割です。

なんといっても地元の人々が頑張っています。観光客を呼びたいという彼らの気持が、一つでも多く商品として形になり、たくさんの人々に現地を訪れてもらい、その魅力を体感してほしい。私もJICAの職員として、現地の取り組みと雇用創出によいインプットが与えられるよう、努力を続けていきたいと思います。

プロフィール

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久保 信也さん

久保 信也(くぼ しんや)
産業開発・公共政策部 民間セクターグループ 第二チーム(取材当時)

1991年生まれ、東京都出身。大学で経済学を学んだ後、イギリスの大学院で開発学を学ぶ。修士論文のテーマは「インドにおける経済自由化と国内労働力移転の関係性」。2016年、JICAに入構。観光分野を中心に、途上国の産業振興に関するさまざまな業務に携わる。