備えと危機対応-「強靭な保健システム構築」をめざして-

MISSION2 制度構築

技術と知識・経験を用いて、JICAは感染症の「早期発見、早期封じ込め」に挑むためのシステムづくりを行っている。
システム構築に向けたその取り組みを見てみよう。

携帯電話で早く正確な情報伝達を可能に

案件名:黄熱病およびリフトバレー熱に対する迅速判断法の開発とそのアウトブレイク警戒システムの構築(2012年1月~2017年1月)

ケニアで行われた技術協力から、携帯電話網を用いた感染症の迅速対応システムが立ち上がった。
身近な通信機器を使ったこのシステムが、多くの国の地方の小規模な医療機関においても察知した感染症の情報をいち早く伝達することを可能にする。

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保健省担当者がモバイル端末に送られてきた情報を確認する様子。

携帯電話で感染症の拡大を防ぐ

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mSOSロゴマーク
ケニアでスローガンとして使用されたロゴ。

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mSOSを利用して状況を報告する。

「急性感染症は対応の遅れがアウトブレイク(大流行)につながります。そのためには地方の小さな村で発生した感染症を早く正確に中央の保健省に伝えることが重要です。ケニアでは、マサイ族のおばあさんや農村部の若者まですみずみに携帯電話が普及していたため、携帯電話でアウトブレイク警戒システムの構築ができないかと考えました」と、長崎大学熱帯医学研究所教授の森田公一さんはふり返る。森田さんは以前、WHOに出向して大洋州で予防接種の普及を担当をしていた。その時の経験が携帯電話への着眼につながったと話す。「ある日、ワクチン切れが起こりました。現場に赴くと、マニュアルではこうした場合、双方向無線機で連絡を取ることになっていたが、無線が壊れて連絡ができなかったというのです。多くの人が携帯電話を持っていたにもかかわらず、です」。無線機より使い慣れていて身近な携帯電話の方が、現場にいる保健師が手軽に早く報告を上げられる。中央でデータ管理するためにも最適なツールだと確信した。

長崎大学は2012年からケニア中央医学研究所(KEMRI)とともに「早期発見、早期封じ込め」のスローガンを掲げ、黄熱病やリフトバレー熱の迅速診断法の開発とアウトブレイク警戒システム構築のプロジェクトを実施してきた。KEMRIの研究施設では、日本から新技術を持ちこみ、解析や検査をKEMRIの技術者とともに行った。職員の技術向上を促し、また長崎大学に研究者を留学生として受け入れて人材育成にも力を入れた。一方で感染症対策には、感染を判定する技術の向上と早期に発見するためのシステム作りを両輪で進める必要がある。アウトブレイク警戒システムは、だれでも取り組みやすく、安価に導入できるものが必要だった。それが携帯電話の利用で実現に近づいた。

手軽さが常用につながる

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mSOSを利用して報告された情報は一目でわかるよう整理されてWEBに掲載される。

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ケニア各地域の保健責任者を対象にmSOSの運用方法を含めた研修が行われた。

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受講中。

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©Takeshi KUNO

ケニアには、地方の医療機関から寄せられる情報を県の担当者が中央レベルに報告するシステムが存在する。専用の書類に症状などを記入するこの方法では、すべての情報を集約して分析するのに時間がかかっていた。そこで、これまで書類で提出していた疾病患者の疑い例について、携帯電話のSMS(ショートメッセージ・サービス)で報告するシステム「mSOS」を森田さんのチームは開発した。SMSで送られたこの警戒メッセージは、即時に保健省で疫学解析されてディスプレイに表示される。それが保健省の対策担当に送られ、必要に応じて同時に中央端末から地方の医療施設に送られる。それにより、保健省担当者や地区サーベイランス担当者は、即座に現地へ対応に向かうことができる。

長崎大学から戸田みつる博士(現在、米国CDC(注)勤務)を派遣して、まずは北部ウガンダ国境のブシア地区、ナイロビ地区、カジアド地区の医療施設とケニア保健省との間でネットワーク構築の試験を実施した。mSOSを活用する地域の医療従事者に向けて、サーベイランス対策についての講義や、実際に使用する携帯電話を配って操作方法やシステムの運用方法を説明した。参加者からは「情報を一方的に送るだけでなくレスポンスが確認できるのがよい」といったコメントがあり、保健省の担当者からも「情報がリアルタイムに上がってくるのがよい」という好意的な声が上がった。試験の結果、即時に報告しなければならない疾病患者例は、mSOS非導入群で2.56パーセント、導入群で19.23パーセントと約7倍多く報告された。運用の効果を認めたケニア保健省では、今では正式にこれを採用し、WHOやユニセフ、CDCと協力して、全国展開を進めている。

手軽に正確な情報をデータで入手できるため、アウトブレイクの発生を食い止めるだけでなく、今後のデータ解析によっては、さらなる予防策の創出の可能性を秘めている。このシステムがケニアだけでなく、アフリカ全土に広がることにより、多くの感染症の予防につながっていくはずだ。

(注)アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention)

長崎大学 熱帯医学研究所教授 森田公一(もりた・こういち)さん

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森田公一さん

同大学のリーディング大学院プログラムコーディネーター。熱帯病・新興感染症対策に取り組む次世代のリーダー育成に力を注ぐ。