帰国後の進路 経験がキャリアになる

派遣国で培った経験を武器に、より専門性の高い職場で働く協力隊員は数多い。
鹿児島県の十島村役場に勤める上野陽子さんは、「島を元気にする」保健師として頼りにされている。

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顔馴染みの島の人も増えてきた。「ただいま」「おかえり」と和やかな声が響く。写真は諏訪之瀬島で畜産業と民宿を営む人と。

予防医学の視点で健康を気遣う

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協力隊時代のマレクラ島での活動の様子。トラックにワクチンを積んで各村を回り、島民の感染症予防に務めた。

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運動習慣を根づかせようと島民たちとランニングチームを結成。ウォーキングイベントなども開催した。

「派遣された大洋州の島国バヌアツでは、現地の人がやさしく、まるで家族のようでした。日本の家族も異国で生活を続ける自分をいつも励ましてくれました」

そう話すのは元協力隊員の上野陽子さんだ。赴任中に帰国後の進路を考えたとき、次の就職先は両親の住む鹿児島県と決めていた。離れていたぶん、これからは何かあったときに手を差し伸べられる距離にいたかった。現在の職場は、鹿児島県の十島(としま)村役場。十島村は鹿児島市から南に約200キロメートル離れた七つの有人島と五つの無人島からなる村で、本庁舎は行政区域内になく本土の鹿児島港の近くにある。ここで住民課の保健師として働いている。

「もともと看護師でしたが、バヌアツで予防医学に興味を持ったことから保健師の職を探しました」

赴任したマレクラ島は約4万人が暮らすものの、常駐する医師のいない無医村で十分な治療サービスの提供が難しい地域だった。食事は糖質・炭水化物が多く、運動に熱心ではない国民性から生活習慣病にかかる人も多かった。

そのため上野さんは、地域の診療所を回って健康測定や健康指導を精力的に進めた。任期中の受診者は約1300人にも上る。体を動かすことの重要性を説き、自らランニングチームも立ち上げた。

「病気をケアする看護師も大切ですが、病気にかからないようにケアする保健師も非常に求められているものだと感じたのです」

島が元気をくれる私も島を元気にしたい

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島には月に2~3回の頻度で足を運ぶ。検診業務をはじめ、個別の面談や家庭訪問を行い島民の健康づくりを支援する。この日は高齢者のリハビリの問診に訪れた。

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豊かな自然と穏やかな暮らしができる十島村。キャッチフレーズは「刻(とき)を忘れさせる島 吐噶喇(トカラ)」。五感が解放されるような空間が広がる。

十島村ではおもに検診業務を担当している。各島を訪れ、がん検診や特定健診(メタボリックシンドローム健診)、歯科検診・予防指導などを行う。

「2018年のがん検診ではフェリーを借り切ってレントゲン車を4台積み込みました。『おーい、船が来るぞー』『よし、行こう行こう』と港に到着するやいなや島民を集めて検診し、終わったら次の島に渡って検診と、丸二日かけて七つの島を回りました。離島ならではのユニークな方法です」

そして、診断の結果によっては電話や直接島を訪れて精密検査を勧め、早期医療につながるようにフォローする。運動教室や病気回復後のリハビリのために、県から理学療法士や作業療法士を招いて島に案内もした。

仕事を始めて1年。「診断の結果が良くなったよ、あなたのおかげ」という声を聞けるとうれしくなるし、やりがいを感じる。島の人と会話を重ねて、それぞれの人が抱える〝お困りごと(悩み)〟も把握できるようになってきた。

こうした細やかな仕事ぶりは、役場の上司である竹内照二さんからも評価されている。かつて村では住環境にまつわる意識調査をした。島には診療所しかないため、島民は大病を患うと本土の病院に入院せざるをえないものの、「最期まで島で生きたい」と望む人は7割を超えていた。彼らが島で天寿をまっとうできるように、島民のコミュニティの中にスッと溶け込んで、早期医療を指導する上野さんの行動に、「十島村を元気にしてくれる」と竹内さんは期待を膨らませる。

鹿児島港から島へ向かうフェリーは週に2便のみ。最も近い口之島でも約6時間かかる。往路便は夜に出発するため、役場の終業後に乗船して着くのは翌朝だ。不便で不規則な生活だが、「こういう環境はバヌアツで慣れている」と上野さんは笑う。

「島ではネコとヤギがけんかしていたり、90歳のおばあちゃんが、釣りをするおじいちゃんが海に落ちないかを心配して双眼鏡で見守っていたりと、ほほ笑ましい光景ばかりに出合います。驚くほどにゆっくり流れる時間の中で、心が癒されて元気が湧いてきます」

協力隊を通じて成長した自分なら、きっと村の役に立つと信じて上野さんは仕事に打ち込んでいる。

隊員経験を生かす

上野陽子(うえの・ようこ)さん

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上野陽子さん

過去:看護師隊員としてバヌアツへ
現在:鹿児島県十島村の保健師に

大学で国際看護コースを専攻し、看護師と保健師の資格を取得。卒業後、鹿児島市内の病院で3年間看護の臨床経験を積み、2015年4月から2017年4月まで協力隊看護師隊員としてバヌアツのマレクラ島に赴任する。帰国後、社会経験のため飲食業や建築資材工場でアルバイトを体験。2017年11月から十島村住民課健康福祉室の保健師として勤務する。

「『また離島!?』と話す両親も同じ県なので安心しています。」

応募時を思い出してひと言!

十島村 住民課 課長

竹内照二(たけうち・しょうじ)さん

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竹内照二さん

「上野さんの採用面接は、村長と副村長、各課の代表が集まって行いました。大勢の前でも物おじせずに自身の経験を語る姿に、コミュニケーション能力の高さを感じました。何事も前向きにとらえて、工夫しながら仕事に取り組んでいます。実は村には10数名の協力隊経験者が働いていて、協力隊員は"率先して採りたい人材"という気風もあります。その理由は、みな実行力があり、使命感を持って地域を支えてくれるからです」

十島村

【画像】鹿児島県の屋久島と奄美大島の間に浮かぶ島々(トカラ列島)を管轄。南北に160kmと非常に長い村で、島民が住む有人島が七つある(注)。

(注)中之島(なかのしま)、口之島(くちのしま)、平島(たいらじま)、諏訪之瀬島(すわのせじま)、悪石島(あくせきじま)、小宝島(こだからじま)、宝島(たからじま)