ザ・研修2) 日本の知見を世界へ 一刻も早く、一人でも多く助けるために

大きな災害が起こったとき、災害医療体制が整備されているかどうかで、救命率は大きく左右される。
阪神・淡路大震災を乗り越えてきた兵庫県神戸市を中心に、日本各地に蓄積されている災害医療の知識や経験を学ぶ研修が行われている。

JICA関西

研修コース:中南米災害医療マネージメント、受託機関:兵庫県災害医療センター(HEMC)

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災害派遣医療チーム(DMAT)の研修に参加し、救急の現場を体験した。

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姫路市消防局を訪れ、消防車や救急車などの車両を見学。

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広島市では原爆投下の被害と当時の救護活動を学んだ。

阪神・淡路大震災の経験と教訓をもとに、2003年、兵庫県は地方自治体が設立する初めての災害医療センターとして、兵庫県災害医療センター(HEMC)を設立した。

同年、そのHEMCが受託機関となり「災害医療マネージメント」研修がスタートした。

研修の参加対象となっている中南米各国は、地震のほかにも火山の噴火や津波、水害など日本と共通する自然災害が多いが、救急医療のシステムは整備の途上である。そこで、災害医療に関わる医師や看護師、救命士、行政官などに、日本の最先端の災害医療の現場を見てもらい、行政と医療機関のマネージメント体制の整備や中南米地域の地域連携強化にそれらを生かしてもらうのが、この研修の目的だ。

毎年10人前後の研修員が、阪神・淡路大震災の経験はもちろん、その後に発生した東日本大震災や熊本地震などの経験や反省を生かした、日本の最新の災害医療を学んでいる。

大きな災害が起きた時、一刻も早く、一人でも多くの人の命を助けるためには、ふだんからの準備と整備された災害医療のシステムが欠かせない。この研修で学んだ多くの研修員たちは、自国でその礎を築くパイオニアとなっている。

JICAの研修とは

途上国の多様な分野の中核を担う人々を招き、各国が必要とする知識や技術を学ぶもの。日本で行うものと、日本以外の国で行うものがある。

神戸・日本で学ぶ

災害時の初期医療を担う災害派遣医療チーム(DMAT)

HEMCでは、災害発生直後に救出と救命が高い機動性をもって連携するDMATの研修を国内で行い、多くのDMAT隊員を養成してきた。その研修が体験できる。今回はトリアージ(緊急時、患者の重症度によって手当に優先度をつけること)や、JR福知山線列車脱線事故の例、災害時の医療搬送、情報システムなどの講義を受け、災害発生時に現場の状況や必要とされるものを学んだ。

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救急隊と連携して行う救護所活動の訓練。

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災害拠点病院での診察をテーマにした講義。

被災地それぞれに蓄積された経験や教訓がある

1か月半にわたった今回の研修では、日本で起きた災害の現場に赴く視察やフィールドワークを取り入れている。阪神・淡路大震災や東日本大震災、熊本大地震、雲仙・普賢岳などの被災地、さらには2018年に水害があった広島県や岡山県を訪れた。その場に行くことで感じられることは多く、また災害の記憶をとどめて後世に伝えるミュージアムでは声をつまらせる研修員も少なくないそうだ。

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雲仙岳災害記念館で火砕流の猛威を再現した展示を見学。

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東北では陸前高田、大船渡、花巻を訪れた。写真は、大船渡市の仮設住宅を訪れる研修員。

研修員's Voice

ドミニカ 北東地域救急センター マネージャー レジェス・デ・マジ・ロサリオ・アルタグラシアさん

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レジェス・デ・マジ・ロサリオ・アルタグラシアさん

「ドミニカでは救急車の数が少なく、災害時にはそれをどう運用するのかがとても大事になります。私が活動する北東地域には災害時の救急調整センターがないので、救急車の手配や患者の搬送などが的確にできるような情報システムを構築しなければと強く感じました。」

ドミニカ 市民防衛局 医師 カンパナ・モネグロ・ロサ・エリサベスさん

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カンパナ・モネグロ・ロサ・エリサベスさん

「研修では淡路島や島原、熊本などの被災地を訪れましたが、どの地域にも災害の記念館があり、記憶に残すための努力がなされていました。ドミニカも災害は多いのですが、そうした記念館はありません。次世代にその記憶を残す努力を見習いたいと思いました。」

研修コースリーダーの目

国の違いを乗り越えて、日本の災害医療を学びます

2003年にHEMCが設立されると同時に研修もスタートしたので、やりきれるか不安もありましたが、阪神・淡路大震災の教訓と、それ以降に日本が培ってきた災害医療の知見を中南米諸国にとにかく持って帰ってもらいたいという気持ちが強かったですね。でもこちらが参考になることもけっこう多いです。参加する国は、日本とは社会基盤や社会システムも違いますし、おたがいの国の事情も異なりますが、事前に当時のセンター長がコロンビアやエクアドルに視察に行ったうえで、日本が提供できるものを考えながら準備を進めました。

まさにゼロからの出発。研修に使える日本語のテキストや資料をスペイン語に翻訳し、相手の国のシステムを考慮し、それに合うように改良。研修が終わるごとに内容の検証を行い、取捨選択しながらブラッシュアップしていきました。

研修員はそれぞれ国は違いますが、みんなスペイン語でコミュニケーションできるのが大きなメリットです。研修中は助け合い、それぞれの国の防災医療システムの課題や悩みを共有できます。日本のシステムのよさは学びますが、そのまま自国に持ち帰っても、すぐには実現不可能なこともあるなかで、どう自分の国に応用できるのか、おたがいに意見をぶつけながら、実行可能なアクションプランを作成します。チリでは、神戸で学んだ研修員がチリ版DMATを立ち上げたと聞いています。こうした例が続くように研修後のフォローアップを行ったり、同窓会のように同じ研修を受けた人たちが集まって、意見交換をする場を設けたりすることも必要だと思っています。

災害医療に特化し、被災地を訪問する研修に参加することはとても貴重な経験。ぜひ、日本の災害医療の考え方や取り組みを自国で生かしてほしいですね。

兵庫県災害医療センター センター長 中山伸一(なかやま・しんいち)さん

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中山伸一さん

1955年生まれ。1989年、神戸大学大学院医学研究科修了。2003年、県災害医療センター副センター長。2012年、同センター長。国内外の災害の現場に精力的に出動するとともに、日本DMAT研修の西日本総責任者を務める。