暮らしが変わる

農村で広がる電子マネー経済圏 モザンビーク

銀行まで何十キロも離れた非電化地域のキヨスクで農民たちが使用するのは、現金をチャージしたカードだ。電子マネー経済圏の広がりは、農家の生活向上とデータ化による生産性の高い農業の拡大に役立つ可能性を秘めている。

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長年にわたり、バイオ燃料のもととなるヤトロファの栽培を通じて農家との信頼関係を深めた。電子マネーとは無縁だった村だが、そうした信頼関係があったからこそ、この取り組みに参加してくれているという。

現金から電子マネーへ。お金の管理が楽に!

毎月消えていく、現金の売り上げ

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農村の風景。非電化地域で昔ながらの暮らしが営まれている。

町から車で数時間かかる非電化地域の辺境の村。この村にある店舗「キヨスク」では2014年までは現金が使われていた。ところが…。「毎月、現金の売り上げのうち最大で30パーセントがなぜか消えてしまう。店舗の現地スタッフに聞いても妖精の仕業だと本気で言い、しまいには、いい魔術師を紹介すると言うのです」と話すのは、キヨスクを運営する合田真さん。今やモザンビークの非電化地域に電子マネー経済圏を広げつつある彼は「いっそ現金の扱いをやめようと思った」きっかけを話してくれた。

もともとヤトロファという植物を育ててバイオ燃料をつくる会社を営む合田さんが、そのかたわらでキヨスクを始めたのは、非電化地域でも電力需要に対応できるバイオ燃料を広げるため。バイオ燃料を用いて発電機を動かし、それによって充電した電気ランタンの貸し出しなどを行っていた。

そのころ、ケニアでは携帯電話を使った「M-PESA」という送金システムが順調にシェアを拡大していた。合田さんも初めは携帯電話の電子マネーが使用できないかと考えたという。もちろん、この村にも携帯電話は普及しつつあったが、地方の村では大雨で電波塔が壊れることもあり障害が起こりやすく、商売での利用にはストレスがある。合田さんはネットワークが分断されても機能する決済システムを探し、NECが開発した発展途上国向けの電子マネーシステムに出合う。非電化地域でもバイオ燃料を用いて発電し、万一ネットワークが使えなくなっても、NECのICカードと店舗に置かれたタブレットに取引の記録が残り、復旧した後に利用履歴が上書きされるので、携帯電話と違って情報管理もシンプルだった。

電子マネーの新しい可能性

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POSアプリケーションを入れただけのシンプルな電子マネーシステム。簡単なレクチャーを受ければ、キヨスクのスタッフも手軽に使用することができる。

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手に持ったICカードに現金をチャージして使用する。安全のためICカードの利用にはピンコードが必要。

「バイオ燃料事業では、余った農地にヤトロファを植えてもらい、収穫を農家から買い取ります。電子マネーの使用を始めるにあたり、信頼関係のできていた農家に協力してもらい、キヨスクで使える電子マネーの入ったICカードで、買い取り分の支払いを始めました」

ICカードを利用するうちに、自分の持つ現金を電子マネーにして〝貯蓄〟しておく人も現れ始めた。銀行に行くのに何時間もかかり、誰かに出入金を頼むのもリスクが大きい。現金を壺に入れて庭先に埋めて保管する人もいるが、盗難に遭ったり大雨で流されたりと、保管するのにも苦労をしている。モザンビークは年に1回の収穫で得たお金で1年間暮らすが、電子マネーの登場で、銀行に行かずに現金を安全に保管し、計画的に使用しようとする人が現れたのだ。

また、「これまでは『たくさん穫れた』という漠然とした印象でとどまっていました。電子マネーによって、いくらで種を買い、どのくらい収穫できていくらで売れたのかの履歴が数字として記録されれば、その後の行動を変える重要な情報となるはず」と合田さんは言う。JICAの支援を受けて試行的導入を行っている間、噂を聞きつけた国際食糧農業機関(FAO)から声がかかった。彼らは農民に向けて資金援助を行い、そのお金で良い種や肥料を購入してもらうことで生産性の高い農業の普及を目指していた。電子マネーであれば、銀行口座を持たない人にも資金を確実に渡すことができ、使用履歴もわかる。こうして、合田さんたちの電子マネーが有効な手段として採用された。2019年春からは、世界銀行が行う支援にもこの電子マネーの使用が予定されている。

モザンビークの村から始まった電子マネーの使用で、農業のあり方や暮らしが豊かに変化している。

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NECの電子マネーシステム。タブレットとICカードをタッチしてデータを読み込む機械、ICカードの三つで運用する。

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タブレット。

合田 真(ごうだ・まこと)さん

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合田 真さん(写真左)

日本植物燃料 代表取締役。植物燃料を製造・販売する事業を展開し、モザンビークでヤトロファを原料としたバイオ燃料製造を目指す。その後、非電化地域の農村で地産地消型再生可能エネルギーへの取り組みや電子マネーを持ち込み、発展に寄与する。2018年4月には国連本部の経済社会理事会で本事業に関する講演も行った。

モザンビーク

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マプト

国名:モザンビーク共和国
首都:マプト

独立後17年間にわたって続いた内戦が1992年に終結。以降、平和が定着して毎年約6%前後の経済成長を続けている。豊富な資源(天然ガス、石炭)を背景に、他国の民間企業による投資への期待は高い。将来的にも安定した成長が期待される国の一つだ。