協調性を育む日本式(協調性×小学校)

「日本式教育」で、子どもたちが変わる! エジプト

学級会、日直、掃除…。日本の学校で当たり前に行われている「特活(特別活動)」を中心とする日本式教育の実践が、エジプトで広まりつつある。
2018年秋に開校したエジプト日本学校(EJS:Egypt-Japan School)が、エジプトの子どもたち、さらには社会を変えていくスタート地点として動き出した。

写真・文:光石達哉

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昼食後に歯磨きをする児童。清潔への意識も高まり、先生に指示されなくても自発的に歯を磨く子も多い。

エジプトに広がる「特活」の波

掃除で愛着が生まれる

椅子を机の上にあげて床を掃いたり、洗面所で歯磨きしたり、朝の会で出欠を取る先生を日直当番の児童がお手伝いしたり-。

2018年秋に開校したエジプト日本学校(EJS)のひとつ、ハダエックオクトーバー校をはじめ、エジプトのいくつかの学校では「特活(特別活動)」と呼ばれる掃除、学級会、日直などの活動を中心とする日本式教育を取り入れ注目されている。

エジプトでは掃除は社会階層の低い人の仕事とされ、保護者の間に最初は多少の戸惑いもあったと、副校長のサミラ・ヨウセフさんは言う。しかし、学校での掃除が始まると、子どもたちの態度や行動が変わった。「場所やモノへの愛着が子どもたちに生まれ、家の中でも整理整頓や掃除をするようになったそうです。その様子を動画で送ってくれる保護者もいました。やってみたことで、ようやくその価値に気づいたんですね」。

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みんなで教室の掃除をする。自分たちが使う場所は自分たちできれいにするという社会性が身につき、それが子どもたちから家庭へと広がっている。

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副校長のサミラ・ヨウセフさん(中央)と、日本のアニメをヒントにサミラさんが手作りした同校のオリジナルキャラクター「スゴイくん」(右)と「ステキちゃん」(左)。着ぐるみが歯磨きや手洗いのデモンストレーションを行い、子どもたちの興味を高める。

詰め込み型教育から脱却 自主的に行動する

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EJSハダエックオクトーバー校。EJS35校中最大規模で、現在、幼稚園1~2年生と小学1年生の約400人が在籍。将来的には高校3年生までが学べる教室数がある。エジプトでは、幼稚園(2年制)が小学校以上と併設されるのが一般的。

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日本式教育の導入・普及を推進するエジプト教育・技術教育省の「プロジェクト事務局」とJICA関係者のみなさん。右端が瀬戸口暢浩さん。

これまでエジプトでは、学力偏重の詰め込み型教育が一般的で、保護者もそうした教育を望んでいた。先生は高圧的で、知識を教えるだけの一方通行。学校不足から1クラスに70~80人もの児童・生徒が詰め込まれることもあり、学びにくい環境だった。

「テストや受験のための勉強だけでは、学校を出ても若者は仕事に就けない。それでは国際社会の競争に太刀打ちできないとエジプト政府も気づき始めたようです」と言うのは、「学びの質向上のための環境整備プロジェクト」副総括のJICA専門家・瀬戸口暢浩(のぶひろ)さん。

そこで、学力だけでなく主体性、協調性、社会性などが身につく日本式教育に注目していたエル・シーシ大統領は日本に協力を要請。2016年2月の来日時に、安倍晋三首相と「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」を締結し、保育園から大学まで、日本式教育の特徴を生かした包括的な協力を行うことで合意した。

先行して学級会などの活動を試験導入していた二つの公立小学校に加え、2016年9月にはさらに10校でスタート。2018年9~10月には、日本式の活動を取り入れ、施設・備品面でも「教室の広さは64平方メートルとする」「移動が容易な学校家具(机や椅子)を備える」といったガイドラインに沿って造られた公立校として、35の新設EJSが開校した。エジプトでは今後も日本式教育の導入を広く進める方針で、日本はその実現に向け円借款での資金支援も行っている。

「車は車線を守らず、ごみを平気で道端に捨てるような人もまだ多いエジプト社会で、特活の目的がどれくらいわかってもらえるのか、われわれとしても不安でした。しかし、子どもたちは自ら進んで歯磨きや掃除をしています。また親にごみのポイ捨てを注意する子もいるという話を聞き、人に伝えられるくらい自分のものになっているということに驚きました」と瀬戸口さん。

教員たちにも変化が生まれ、他の学校との勉強会を開くなど積極的に日本式教育を学ぼうという姿勢が現れてきている。こうした取り組みやEJSの開校はニュースでも大きく取り上げられ、エジプト全体でも日本式教育は高い関心を集めている。

世界初の挑戦 特活をエジプト全土へ

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青年海外協力隊員の關野真理さん(右奥)が活動する学校での小学1年生の学級会。關野さんは、エジプト人の先生、司会や書記役の児童たちへのアドバイスに徹していた。「私の派遣期間はもうすぐ終わるので、それまでに彼らだけで学級会ができるようにするのが目標です」。

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すっかり仲良くなった關野さん(中央)と子どもたち。

社会的な注目を集める日本式教育の導入は、さらに加速。エジプト教育・技術教育省は〝エデュケーション2.0〟と呼ばれる教育改革の一環として、2018年9月から全国約1万8000の小学校に適用される1年生の新カリキュラムに学級会、学級指導、日直の三つからなる「ミニ特活」を導入。日本以外の国で特活を全国規模で導入したのは、エジプトが世界初の事例だといわれている。教育省でEJEPの取りまとめを支援しているJICA専門家の橋本和明さんは、「エデュケーション2・0では、学力だけではなく、生きていく上でのさまざまな問題や要求に対処できるライフスキルの育成も重視しています。特活は学級・学校という身近な社会での活動を通じ、子どもたちにより良い人間関係の形成や主体的な社会参画、集団の中での自己実現が目標で、エジプトが進めている教育改革とも親和性があります」と話す。

ミニ特活普及に取り組んでいるのがJICA海外協力隊の隊員たちだ。ギザ市の公立小学校では、隊員の關野(せきの)真理さんが学級会の指導に当たっていた。テーマは「クラス全員で何の遊びをするか」。子どもたちにアンケートをとり、サッカー、縄跳び、かくれんぼなど六つの候補を出して話し合い、最終的に残った四つから多数決で選んだ。

「今までは受け身で授業を聞き、答えを言うだけの児童が多かったのですが、学級会では何を言っても先生に𠮟られないし、成績に関係なく、『私はこれがしたい、それはこういう理由だ』と自分の意見が言えます。一人ひとりの意見をみんなが認めてくれる雰囲気づくりを大切にしてほしいと思っています」と關野さんは語る。

もちろん、特活は協力隊員の活動だけで広がるものではない。教員への研修と、研修を担当する教育省のスタッフの育成が課題だ。それでも、エジプトの教育現場の未来は明るいと瀬戸口さんは言う。

「最近EJSでは、学校が楽しくて親が迎えに来ても帰りたくないという子どもたちもいるそうです。これからも、子どもたちに少しでも学校が楽しいと思ってもらえるように協力していきたいですね」

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EJSの幼稚園クラスで取り入られている「遊びを通じた学び」。二人で力を合わせてボールを運ぶことで、協調性などを育む。

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使った道具や教科書はきちんと自分のロッカーに片づけ。日ごろの掃除や整理整頓の積み重ねが、普段の行動にも表れるようになった。

EJSでの「日本式」な活動

JICA技術協力プロジェクトでは、学力だけでなく人格も育む教育を目指して、下記の項目をはじめとする日本式教育の特徴的な取り組みの普及を進めている。

(注)学級会、学級指導、日直は「ミニ特活」として小学校1年生のカリキュラムに組み込まれ、導入が進められている。

1.学級会

【画像】行事などさまざまなテーマを児童の話し合いで決める。自分の意見を主張し、相手の意見も尊重できるようにする。

2.学級指導

【画像】手洗いや歯磨きなどの生活指導、あいさつや友達を思いやる心の必要性を認識し、自ら行動する力を身につける。

3.日直

【画像】プリントの配付や回収、照明のオン・オフなどの仕事を担当。男女一人ずつで、王冠風の帽子をかぶるのがエジプト流。

4.遊びを通じた学び

【画像】遊びを通じて、仲間を思いやる気持ちやコミュニケーション力、想像力を養う。EJSでは幼稚園児のみが対象。

5.掃除

【画像】教室や机を自分たちの手できれいにする。自宅や外出先でも周りをきれいにする意識が育まれる。

6.保護者参加活動

保護者が遠足や誕生会などの行事を手伝う。エジプトの公立学校では、保護者が学校の活動を手伝う機会はほとんどなかった。

7.朝自習

毎朝集中して自主学習をすることで、一日の始まりの心の準備、自主学習の習慣づけ、基礎学力の向上などを目指す。

8.朝の会・帰りの会

生徒・児童の出欠や健康状態を確認。一日の始まりと終わりを明らかにする目的もある。

9.職員会議・校内研修

職員会議や、たがいの授業を参観し助言し合う授業研究型の校内研修など、学校運営面にも日本式の要素を取り込んでいる。

コラム 高等教育分野にも日本式教育を導入

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実習を行うオブール技術高校機械科の生徒。

2010年、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)が開校し、高等教育分野での協力がスタート。それまでのエジプトでの多人数、理論中心の工学教育に対して、少人数による研究中心の実践的な日本式工学教育を導入した。

また、2017年4月からは日本の工業高校にあたる技術高校の教育改善プロジェクトが始まった。技術高校卒業者の就職率が低いことから、基礎的なハードスキルとして正確な製品製作能力を高めると同時に、時間を守るなどの規律、道具を整理整頓する、作業着やゴーグルをきちんと着用するなどの安全性認識、コミュニケーション力など社会人としての基礎的な能力を高め、企業に求められる人材を育成する。

エジプト

【画像】国名:エジプト・アラブ共和国
首都:カイロ
通貨:エジプト・ポンド(LE)、ピアストル(PT)
人口:9,304万人(2017年、エジプト中央動員統計局)
公用語:アラビア語

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首都:カイロ

義務教育での学力偏重、学級あたりの生徒数の増加、高等教育では教員一人あたりの過剰な学生数、実践力・研究能力の不足、卒業生の就職率の低下などが問題となり、全体的な教育の質の向上に国を挙げて取り組んでいる。