特別レポート 池上 彰さん、フィリピンへ行く!

ミンダナオ島はフィリピンで2番目に大きな島でありながら、経済成長が遅れていた。
その理由は、50年近く続いた内戦だ。その島で今、新しい自治政府の正式発足に向けた動きが始まっている。
和平へのキーマンに取材したジャーナリストの池上彰さんが、その歴史とJICAの関わりをレポートする。

編纂:片瀬京子

ミンダナオに暫定自治政府が設立されるまでの長い道のり

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フィリピンの首都マニラの主要道路、エドゥサ通りとアヤラ通りの交差点にある立体交差。交通渋滞解消のため円借款事業で完成した。

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フィリピン ミンダナオ島

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ムラド氏にインタビュー。生まれ故郷のために50年近く戦ってきたムラド氏が首相に就任後、初めての海外メディアのインタビューを受けた。

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エドゥサ革命当時、多くのマニラ市民が集ったエドゥサ聖堂の周囲には、立ち上がる市民を描いたレリーフが残されている。

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バンサモロ地域での兵士退役・武装解除式典の様子。まずは数十人で始め、最終的には4万人ほどが武装解除する計画。

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JICAは住民の生活向上を目指して営農支援などを実施している。

2月22日はフィリピンにとって特別な日です。33年前の1986年には、その日の軍のクーデターをきっかけにエドゥサ革命、別名ピープルパワー革命が起こりました。民衆がマルコス独裁政権にNOを突きつけ、民主国家を手にしたのです。その後、フィリピンが経済発展を遂げるなか、後回しになっていたのが島国フィリピンで2番目に大きな島であるミンダナオ島の和平問題でした。その問題が、2019年2月22日のバンサモロ暫定自治政府の誕生により、ようやく解決へと動き始めています。2019年3月、私はフィリピンを訪れ、暫定自治政府の首相に就任したムラド・イブラヒム氏に話を聞きました。

13世紀にイスラム教が伝えられたミンダナオ島は、16世紀にフィリピンがスペインの植民地となった際にもその統治を拒否していました。しかし、第2次世界大戦後、フィリピン最大の島であるルソン島などから多くのキリスト教徒が入植し支配を始めると、対立が発生。イスラム教徒側から分離独立を求める声が強くなり、1970年にはモロ民族解放戦線(MNLF)がフィリピン政府を相手に武力闘争を始めます。以来、長い戦いが続き、10万人以上が命を落としました。1996年にはフィリピン政府とMNLFが和平合意を締結しましたが、MNLFから分離したモロ・イスラム解放戦線(MILF)とフィリピン政府との武力闘争が続き、なかなか和平プロセスが進みません。その間にミンダナオ島、とりわけバンサモロ地域(イスラム教徒が多く居住する地域)は、ムラド氏の言葉を借りれば「長年の紛争により国内で最も開発が遅れ、貧困率の高い地域」となってしまいました。

解決の糸口が見え始めたのは2012年でした。ムラド氏が議長を務めるMILFとフィリピン政府との間で和平に向けた枠組み合意が締結されたのです。この背景には2011年に日本の外務省が成田でセッティングした、当時のアキノ大統領とムラド氏との非公式対話がありました。続く2014年には包括和平合意、そして2018年にロドリゴ・ドゥテルテ大統領がイスラム自治政府の樹立を認めるバンサモロ基本法に署名し、ついに、2019年に暫定自治政府が誕生しました。現在は2022年の正式な自治政府樹立に向け、準備が進められています。

この歴史に、JICAが大きく関わっています。JICAは2006年に国際停戦監視団(IMT)への職員派遣を足掛かりに、フィリピン政府とMILFの双方と連携しながら、自治政府成立に必要となる人材の育成や、MILFのキャンプ周辺の紛争影響コミュニティを対象とした営農支援などを行ってきました。和平合意がなされる前から、バンサモロ地域での平和構築と開発の支援を進めていたのです。支援は今日も続いており、2019年1月に行われたバンサモロ基本法に関する住民投票の現場にも、JICA職員が立ち会っています。投票所では、イスラム教徒もキリスト教徒もみな笑顔だったそうです。ようやく穏やかに暮らせるという喜びを嚙みしめていたのでしょう。

JICAはその一方で、フィリピン政府にとって最大の財政的支援者でもあり続けました。フィリピン全土で運輸インフラや災害リスク軽減・管理、保健、教育、そして農業などの分野で支援を続けてきたのです。フィリピン政府、MILF双方から得た大きな信頼を下敷きに、現在もバンサモロ暫定自治政府の基盤造りへの支援を行っています。

平和はあらゆるものの基盤です。道路や水・電気、教育や医療のしくみは、平和のないところにはつくれません。今ようやくバンサモロ地域では、そうした開発の土台が整備されようとしているのです。子ども時代はエンジニアになる夢を抱き、しかし、自分には戦う義務があると信じて20歳の頃に戦線に加わったというムラド氏も、今後は待ちに待った自分たちの社会の構築に力を注いでいくでしょう。私もその行方を見守っていきます。

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)さん

1973年、NHKに入局し、社会部記者やニュースキャスターを務める。2005年3月に退局以降は、フリージャーナリストとして各種メディアで活躍。名城大学教授、東京工業大学特命教授など、複数の大学で教鞭をとるかたわらで、JICAの国際協力を含めた世界のニュース現場を精力的に訪問している。