さらなる発展を続ける貿易の玄関口 カンボジア

近年、ハイペースで経済成長を続けるカンボジアにとって、国内最大の貿易港であるシハヌークビル港の拡張と近代化は差し迫った課題だ。
日本は多角的なサポートによりその発展を支えている。

文:光石達哉 写真:阿部雄介

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国内最大の貿易港
50万TEUの取り扱い能力があるコンテナターミナル。手前の左側がトラック用のゲート。

進化する港

最大の貿易港の発展を20年間支援

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国際基準のコンテナ輸送
コンテナは効率よく貨物を運べるため、国際的に物流の主流となっている。港内のクレーンやトラックは、円借款により整備した。

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ドローンで撮影した動画をもとにコンテナ、クレーン、トラックの非効率な動きや混雑の要因を分析。問題点を把握しやすいとシハヌークビル港湾公社(PAS)職員に好評だ。

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シハヌークビル港では、コンテナターミナルと多目的ターミナルに加えて新コンテナターミナルの整備も進められている。

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専用プログラムで管理・分析
コンテナを管理し、クレーンやトラックに移動の指示を出すプログラムは日本製。コンテナの積み下ろしの時刻や場所などのデータを分析して港内の混雑度やターミナルのパフォーマンスを調査する。

カンボジアの国土は、南西部のみが海に面している。その限られた海岸線上にあるシハヌークビル港は、大型船が寄港できる水深があり、同国最大の貿易港として経済を支えてきた。

同港で港湾運営アドバイザーを務めるJICA専門家の薮中克一さんは、「かつてはメコン川流域のプノンペン港が貿易の中心でしたが、外海に面するシハヌークビルは地形的にも理想的な場所であるため開発が進められてきました」と同港の重要性を説く。

日本は、1999年から施設の整備と運営技術の向上の両面でシハヌークビル港の開発を支援している。2007年にはコンテナターミナルが完成し、2012年には港に隣接した経済特別区(SEZ)が開設された。2018年には一般貨物を取り扱う多目的ターミナルができあがり段階的に施設を拡張している。今後も継続して整備が行われる計画だ。

しかしここ数年、シハヌークビル港の発展を上回るペースでカンボジアの経済成長は進んでいる。同国では、生地を輸入し衣料品に加工して欧米などの大市場に輸出する縫製業が急速な伸びを見せている。そうした背景もあり、同港のコンテナ取り扱い量は2013年の約28万6000TEU(注)から、2018年には約54万1000TEUへと5年間でほぼ倍増した。シハヌークビル港の年間コンテナ取り扱い能力の上限とされる50万TEUをすでに超えて、2023年には80万TEUを超える見込みとなっている。そこでコンテナ取り扱い能力を高める技術協力プロジェクトが2018年4月から始まった。

「プロジェクト開始前はターミナルのゲート前に200台近いトラックが並び、2キロメートルを超える渋滞が発生することもありました。港の中も大混雑で、このままではカンボジアの経済成長を阻害しかねない状況でした」と説明するのは、プロジェクトリーダーの三宅光一さんだ。また輸出入の手続きも煩雑で、コンテナの搬出入に時間がかかっているのも問題だった。

プロジェクトではまず、渋滞がどのような時にどれくらい発生しているか、その原因がどこにあるのかを調査した。また、コンピューターシステムで管理されているコンテナの動きを机上で分析し、現場での日々の観察結果と重ね合わせるとともに、港を真上からドローンで撮影してトラックやクレーンの動きを調べるなど、最先端の技術も駆使して混雑の原因と対策を探っている。その一方で、ゲートでのトラックの待ち時間の計測を行うといった地道なデータ収集も行っている。

こうして集めたデータをもとに、シハヌークビル港湾公社(PAS)に改善策を提案。現在までに、ゲートの通過に時間がかかっていた書類不備車両の一時通過システム(構内の待機場所に誘導し、そこで書類手続きを行わせる)を取り入れたほか、バイクの構内への進入規制や、ゲートの開放数と時間を調整するなど、きめ細かい対策を講じたことで、ゲート前の混雑は徐々に解消し、構内の安全も向上してきている。

プロジェクトチームは数か月ごとに日本とカンボジアを行き来しており、「今回の調査でも、外来トレーラーの構内での動線管理が適切でなかったり、コンテナの置き場所や積み降ろしの指示が統一されていなかったりして、ピーク時の岸壁クレーンの効率低下をもたらしている課題が明らかになりました。次に来るときはさらなる改善策を提示して、それをPASの人たちと一緒に試行し、その成果をモニターする─そうしたことをくり返しながら、ステップバイステップで港の能力を上げていきたい」と三宅さんは語る。

(注)貨物量の単位のひとつ。1TEUは20フィート(約6m)コンテナ1個分

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首都プノンペンとシハヌークビル港を結ぶ国道4号線。プノンペン近郊の工場などからのコンテナ車が多く行き来する。

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PAS職員と日本語側の関係者は綿密に連携しながら開発を進めている。

調査データが政府を動かす

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停車している時間を調査

プロジェクトチームが実施した調査や分析によって港の非効率な現状が明らかになったことで、カンボジア政府も改革に乗り出した。

きっかけは2018年10月に、ヨーロッパ共同体(EU)がカンボジアに対する特恵関税制度の停止を検討すると表明したことだ。EUはカンボジア最大の輸出先であり、関税が課されることになれば同国の経済にとって大きな打撃となる。そこで2019年1月、同国のフン・セン首相は優遇措置がなくなった場合の対策として競争力を高めるための改善策をいくつか打ち出した。これには輸出入に必要な事務手続きを減らすことが含まれており、加えて4月から税関の検査料の大幅値下げが実施された。

さらに改善策を模索するなか、PAS総裁のルー・キム・チュンさんは、トラックが港でコンテナを荷受けしてからゲートを出るまでに、待ち時間が平均約5時間あることをオン・ポンモニロット副首相兼経済財政大臣に報告。これを改善するために、輸入品に行っていたX線検査の効率化を図った。ルー総裁は「トラックの滞留時間は大幅に短縮され、排気ガスも減り、港のサービスの質の向上にもつながりました」と成果を語る。

三宅さんは「税関関連の手続き改善策はわれわれが提案したわけではありませんが、具体的な数字をもって課題を示したことで政府が動いたのです」と、プロジェクトの活動が政府の具体的な行動を促したと話す。

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以前は書類に不備のあるトラックはゲートに足止めされ、渋滞の原因となっていた。構内に待機場所を設けて誘導するようにした結果、他のトラックがスムーズにゲートを通過できるようになり、ゲート前の混雑は解消しつつある。

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トラックが書類手続きのために停車する時間を、ゲート上で計測。混雑具合の調査方法のひとつだ。

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ブローカーと呼ばれる船舶代理店のスタッフが、書類手続きのために構内をバイクで走り回り、トラックのドライバーに受け渡しする。

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渋滞の原因となり、事故の危険もあるため、2018年秋に通過できるゲートを制限した。将来的には書類手続きの電子化も目指す。

将来を見据えた港の発展を

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多目的ターミナル
2018年6月に日本の支援で完成した多目的ターミナル。コンテナに入らない大型機械や建築資材、穀物や石炭などを積み降ろしするほか、沖合での石油・天然ガス採掘のための資機材を供給するベースの役割を果たす。

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多目的ターミナルから輸入される建築資材。シハヌークビル港周辺は建設工事が盛んで、その需要も高まっている。

シハヌークビル港は構内の作業効率が高まって、近代的な港へと移り変わりつつある。とはいえ、港に入ってくる貨物が右肩上がりに増え続ける状況は変わらない。薮中さんは次のように話す。

「目の前の課題を解決しても、将来的に経済成長が予想されているので投資を続けていかなければいけません。差し当たっての課題は、今のままの水深ではより大型の貨物船が入れないことです。欧州や北米向けの貨物は、シンガポールやホーチミンなどで大きな船に移し替えているため、結果的に荷主にとってコンテナ1個当たりの運賃が高くなっています」

これを解決するために計画されているのが、円借款を利用して来年着工し、2023年に完成が予定されている新コンテナターミナルだ。水深14.5メートル、岸壁長350メートル、コンテナ取り扱い能力は45万TEUの規模で、当地域を航行する大部分の大型の貨物船も直接接岸できるようになる。その後も、新コンテナターミナルを拡張させていく計画がある。

貿易の効率化は、縫製業をはじめとする各産業の成長を促し、多くの労働者の雇用を生む。カンボジア国民の生活はより豊かになっていくことだろう。20年間続いてきた日本の協力が、同国の発展を後押ししている。

プロジェクトリーダー 三宅光一(みやけ・こういち)さん

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三宅光一さん

港湾関係のコンサルタント「国際臨海開発研究センター」の専務理事。ミャンマーのヤンゴン港湾公社でアドバイザーを務めた経験もある。「プロジェクトのもうひとつの柱は、PASの経営戦略を立てることです。PASは2017年に株式上場しており、株主に対して説明責任を果たすため、コンテナ、一般貨物、SEZなど部門別に収益性を判断し、マーケティングや価格などの戦略についてもアドバイスしています」。

シハヌークビル港湾公社 港湾運営アドバイザー 薮中克一(やぶなか・かついち)さん

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薮中克一さん

JICAは2005年から同港に港湾運営アドバイザーとして長期専門家を派遣。7代目となる国土交通省出身の薮中さんは2018年3月に赴任した。「カンボジアの港湾政策に対する助言、PASの経営・運営に関する助言、複数あるJICAプロジェクトの進捗管理をしています。先輩たちがいい関係をつくってくれたおかげで仕事がやりやすいです」。

インタビュー 貿易コストを下げることがカンボジア経済に重要

シハヌークビル港湾公社(PAS)総裁 ルー・キム・チュンさん

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1992年からPASの総裁を務め、785人の職員を束ねる。

「海路での貨物輸送は、道路、鉄道、空路と比べてコストが安く、最も効率的な手段です。貨物船はサイズが大きくなればなるほど輸送コストが下がるので、大型船が接岸できる新コンテナターミナルに期待を寄せています。2023年の新コンテナターミナル完成時には、1TEUあたりの海上輸送コストは平均で200米ドル安くなる見込みで、これはプノンペンまでのトラックの平均的な運送費用180米ドルをまかなえる計算になります。そうなれば、シハヌークビル港にもっと多くのコンテナを集められるようになり、この港がカンボジア経済にとってより重要な役割を果たすことになるでしょう。またプノンペンまでの高速道路も開通する予定です。

日本はこの港に対する支援だけでなく、私たちの国から貧困をなくし、仕事をつくり、国際社会の仲間入りを果たすことに貢献してくれています。これからもよい関係が続いていくと思います」

トピック

「電子海図」を作製

かつてのカンボジアは冷戦時代の海図を再編集した紙海図しかなく、国際仕様に則った電子海図と、それを作製するための組織もなかった。JICAは2013~2016年に、シハヌークビル港の測量と電子海図の作製をサポートした。そのときに学んだ技術をもとにカンボジアの公共事業運輸省港湾航路海事総局は、昨年、シハヌークビル港に多目的ターミナルが追加整備されたことを受けて港周辺の海図を更新したほか、その北にあるストゥンハブ港やメコン川下流域などの電子海図を完成させている。

同局局長のチャン・ダラさんは「自分たちだけで電子海図を作れる技術は得られたが、船舶の航行安全という観点では、灯台や検潮所の整備などのハードインフラやそれらの運用上の課題が残る。海域の安全性を確保するために、今後も日本の協力を期待している」と語っている。

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カンボジア公共事業運輸省で海運政策などを担うみなさん。左から、水路インフラ港湾建設部部長のロス・ソフォルナさん、港湾航路海事総局局長のチャン・ダラさん、運輸政策アドバイザーの川𥔎俊正さん。

「経済特別区」と相乗効果を

シハヌークビル港経済特別区(SEZ)は敷地面積が約70ヘクタール。既存のコンテナターミナルと円借款で整備中の新コンテナターミナルが隣接する好立地で、輸出入にかかる一部手続きの省略、特定品目の免税が可能な地域である。現在、王子製紙のグループ会社など日本企業3社の工場が入っていて、さらなる企業誘致のためJICAは2018年からSEZ運営アドバイザーを派遣し、将来的な自由港化に向けた協力などを行っている。

薮中さんは、「港とSEZがひとつの地域にあるのは企業にとってメリットなので、しっかりプロモーションしていきたい。今はまだ、輸出入貨物の保税手続きのためにプノンペンまで往復する必要があるなど、使いにくいところが見られるので、カンボジア側に改善を促していきたい」と話す。

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シハヌークビル港経済特別区は港の北側に広がる。

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敷地内に設立された王子製紙グループの段ボール加工工場。2013年3月から操業している。

「港湾EDI」導入へ

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港湾EDIは、貨物取り扱いのスピードアップにも貢献する。

シハヌークビル港では、トラックの出入りと同様、貨物船の入出港手続きにも膨大な書類が必要となっている。また、入港許可のためには各行政機関の承認を得る必要があり、手続き終了までに時間を要していた。

そこでJICAは無償資金協力によってシハヌークビル港とプノンペン港で入出港手続きを電子化する「港湾EDI」(Electric Data Interchange)の導入を支援。カンボジア公共事業運輸省で運輸政策アドバイザーを務める川𥔎俊正さんは、「港湾EDIは、すでに先進国の多くの港湾で導入されていて、国際標準になりつつあります。将来的には通関など輸出入関連の手続きをひとつにまとめることにもつながっていきます」と説明する。

カンボジア

【画像】国名:カンボジア王国
首都:プノンペン
通貨:リエル
人口:16.1百万人(2017年IMF推定値)
公用語:カンボジア語

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シハヌークビル

1960年代後半から内戦と政治的混乱が続いたが、1998年の総選挙、1999年のASEAN加入などで安定を取り戻した。2000年以降、高い経済成長を維持している。衣類等の縫製品の輸出が堅調で、アメリカやEUをはじめ世界に輸出されている。