2013年、ベトナムのエスハイ社は日本で働きたい若者に日本語や商習慣を教える校舎を新設した。
ビジネスを通じた日本とベトナムの交流促進のため、即戦力となる人材を多く育てている。
(注)民間企業が途上国で行う事業を支援する融資制度。エスハイ社への支援は、まずJICAからベトナムのアジア・コマーシャル・ジョイント・ストック銀行(ACB)に対して融資が行われ、同銀行からエスハイ社に転貸が行われた。
文:光石達哉
日本には外国人技能実習制度がある。これは日本の企業が途上国の若者を受け入れ、3年間の実習を通じて学んだ技術や知識を帰国後に母国の経済発展に生かしてもらう制度だ。近年、企業のニーズの高まりもあって、2018年6月末の時点で各国からの実習生は約29万人に上り、そのうちベトナムからが約14万人と最多を占めている(法務省発表)。
実習生を志望するベトナムの若者に渡航前の約1年間、日本語をはじめ「あいさつ」や「おもてなし」といった日本の文化、商習慣やマナーを教える学校を運営しているのが、ホーチミンに本社を置く「エスハイ」だ。代表取締役社長のレ・ロン・ソンさんは「私たちの生徒は、あいさつをしっかりするし職場でも明るい。5S、ホウレンソウもきちんとできていると、受け入れ先の企業から喜ばれています」と胸を張る。課題が指摘されることもある技能実習制度だが、エスハイ社による渡航前の人材育成は実習生が十分に活躍できるよう、考えられている。
ソンさんは1995年から5年間日本に留学して、機械工学を学んだ。ベトナムでもインフラやサービス、産業が日本のように発展してほしいと願うようになり、ベトナムの若者が日本に行けるようなつながりを作りたい、と考えた。そこで注目したのが外国人技能実習制度だったが、当時ソンさんの目には、ベトナム人の多くは働いて稼ぐことだけを考えて、日本に馴染めていないように映った。
「日本語が不自由で、仕事を学ぼうという意識も弱い。文化に溶け込めず、人間関係もうまくいかない。帰国までがまんして働いたり、途中で逃げ出してしまう人もいた。このままでは制度がもったいないと感じました」
2002年、ソンさんは日本について学ぶ教室をホーチミンに開いた。当初、生徒は20人だったが口コミで評判が広まり、2005年には200人に増加。2008年には事業に賛同して奨学金などを支援してくれた日本人の吉田允昭(よしだまさあき)さん(M&A仲介業を手掛けるレコフ社創業者で、一般社団法人日本ベトナム経済フォーラム代表理事)を名誉校長に迎えて、校名を「KAIZEN吉田スクール」とした。生徒は順調に増え続けて、そのたびに教室の場所を転々としていたことから自前の校舎を建てるのが夢となった。吉田さんから「日本とベトナムのためにいいことをやっているのだから、ちゃんとしたサポートを受けるべきだ」とJICAを紹介され、その融資を受けることで2013年9月に念願の校舎が完成した。
現在は、ベトナム各地の大学や短大など12校に分校を開設して、約4500人の若者が学んでいる。授業は通常のコースのほかに、日本で活躍できる技術者や管理職を目指す人を対象にしたハイレベルのコースも設立されている。
「JICAの融資のおかげで、私たちの活動はベトナムでも日本でもいっそう注目されるようになりました。帰国した生徒には就職先の斡旋を行い、ベトナム進出を考える日本企業には事業展開のサポートや、求めている人材の紹介もしています」
卒業生の中には、すでに日本から帰ってきて企業の管理職や起業家として活躍する人もいる。優秀な人材を育てて日本へ送るというソンさんの思いは、日本とベトナムとの人材交流を活発にし、おたがいの国の発展を促す好循環を生み出している。
ホーチミン工科大学機械工学部を卒業後、1995年に来日。2000年、東京農工大学大学院機械工学研究科修士課程修了。人材育成事業のほかに、日本企業とベトナムをつなぐコンサルタント会社を経営する。