大都市バンコクを冷やせ! タイ

人口が多く経済活動も盛んな都市は、それだけ多くの温室効果ガスを排出する。
東南アジア有数の大都市バンコクは、JICAとともにさまざまな気候変動対策を推し進めている。

文:光石達哉 写真:吉田亮人

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高架鉄道の下に設けられたスカイウォーク(空中歩道)。周囲のビルの2~3階と接続することで、市民の鉄道利用を促進する。道路を横断する歩行者も減るので、渋滞や交通事故の減少も期待できる。

緩和策:都市の渋滞を減らす/省エネルギーでクリーンな都市を
適応策:災害に強い都市を造る

気候変動対策は都市の魅力を高める

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バンコク都庁(BMA)公共事業局の庁舎。約2年かけて省エネ対策を含むリノベーションを行い、今後は太陽光パネルも設置予定だ。

「国土の中でも温室効果ガス(GHG(注1))の排出量が多いのは、人口が多く、経済活動が活発な都市部です。パリ協定は国家間の約束であるため、バンコクなどの地方自治体に排出削減の義務があるわけではありません。しかし、大都市が排出削減を実現できれば、国全体の削減に直結します。また、大気汚染や交通渋滞のない都市を造っていくことにより、都市の空間価値を高めていくことができます」

そう語るのは、横浜市から気候変動対策の専門家としてバンコクに派遣されている黒水公博さんだ。横浜市は以前から温暖化対策に積極的に取り組んできた地方自治体のひとつ。バンコク都庁(BMA)との関係も密接で、2009年から職員の研修を受け入れ、「バンコク都気候変動マスタープラン2013-2023」と呼ばれる基本計画の策定にも協力した。黒水さんはBMAの専門の部署である気候変動戦略室とともに、マスタープランの実施能力を向上させるプロジェクトを統括し、タイ政府や民間など関係者との連携を進めている。

(注1)GHG=Greenhouse Gasの略。

交通分野を中心にGHG排出削減

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2004年に開業した地下鉄ブルーライン。パープルライン(2016年開業)と合わせて1日平均約37万人が利用する。

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多くの人が利用するスカイウォーク(空中歩道)。

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通行する車両台数を計測するカメラ。バンコク市中心部のラーマ6世通り、約1キロの直線区間で信号機を系統制御するテストを行い、渋滞暖和の効果が見られた。

基本計画では、交通、エネルギー、廃棄物・排水処理、都市緑化の4分野でのGHG排出削減の方針が定められ、2020年にBAU(注2)比13.57パーセントというGHG排出削減目標が設定されている。

2019年5月に発表された中間報告では、2016年のGHG排出量が2013年より2.55パーセント減り、2016年のBAUと比較すると8.71パーセント下回るなど、取り組んできた対策が着実に成果を出していることが明らかになった。黒水さんは特に交通分野での削減が大きかったという。

慢性的な渋滞による自動車からのGHG排出が問題だったバンコクだが、過去20年間で都市鉄道の整備が段階的に進められてきた。現在はJICAが支援した地下鉄ブルーライン、高架鉄道パープルラインを含め5路線が運行している。2021年には新路線レッドラインが開通するなど、今後も鉄道網は拡大する予定だ。

「鉄道を整備するだけでなく、人々の鉄道利用を促進し、車からの転換を図ることが重要です。駅と周辺の建物をスカイウォーク(空中歩道)で直接つなげるなど、鉄道の利用を促す都市造りも、バンコクで広がりつつあります」

通行する車両台数を逐次計測して、その情報に基づいて、複数の信号機を連携して切り替えることで渋滞を緩和するプロジェクト(注3)も進められている。五つの信号機がある約1キロの直線区間で、計測用のカメラを設置してテストを行ったところ、車の流れがスムーズになり、平均速度が上がった。今後は周辺の道路にまで拡大する予定だ。

エネルギー分野では、ビルの電力消費を削減することでGHG排出削減に取り組んできた。

BMAでは環境に配慮した庁舎の改修を行い、照明のLEDへの切り替えや、高効率の冷房システムを導入した。今後は区役所、学校、病院など他の公共の建物にも省エネ対策を施していく。

プロジェクトで、一部の民間大型ビルの協力を得て、立ち入り調査を行ったところ、LEDや高効率のインバーター式冷房を導入しているビルも少なくないことがわかった。今後は、省エネに配慮した設備更新をどのように促していくかが課題となる。

さらに、BMA環境局大気騒音管理部部長のテムシリ・ジョンプンポンさんは、「BMAは基本計画に基づいて46のプロジェクトを進めています。廃棄物関連では、ごみ焼却で発生した熱を発電に利用する取り組みも行っています。また2019年5月から、2年間でバンコクに10万本の木を植える活動も行っています」と、同都市は多岐にわたる活動に取り組んでいることを明らかにした。

(注2)BAU=Business As Usualの略。気候変動対策を講じない場合を示す。
(注3)モデル地域交通管制システムの構築を通じたバンコク都交通渋滞改善プロジェクト。

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バンコクの運河を往復する乗合ボートも多くの市民が利用する。鉄道同様、水上交通は自動車に代わる公共交通の手段として開発・改善が進められている。

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気候変動対策の一環として、バンコク都心の公園整備等の都市緑化も進められている。都市緑化は、快適性の向上やヒートアイランド抑制効果なども期待されている。

ビッグデータで洪水と渋滞の関係を探る

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大雨が降ると冠水する道路も多いバンコクだが、ポンプや排水路などの整備に課題を抱える。

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名古屋大学工学研究科准教授の中村晋一郎さん。大雨によって渋滞が激化するとの仮説のもとに、降雨、洪水、交通量のビッグデータを組み合わせて分析する。

気候変動対策ではGHG排出削減とともに、大雨・洪水などの気象災害に強い都市造りも重要だ。タイのカセサート大学、東京大学など両国の大学・研究機関による共同プロジェクト(注4)では19のチームに分かれて、将来の災害被害を抑えるための方策を含むさまざまな研究活動が行われている。

そのひとつ、名古屋大学准教授の中村晋一郎さんらがリーダーを務めるチームでは、大雨・洪水が都市交通に与える影響について研究。バンコクに60か所設置された降雨計やカーナビなどのGPSのビッグデータを組み合わせることで、大雨・洪水と渋滞の関連性を探っている。

「どの道路が冠水するか、冠水によってどれくらい車のスピードが落ちるのかがデータとしてわかってきました。どの道路の排水をよくするかについて順位づけができるのが大きなメリットで、ハザードマップ作成にも役立てることができます」と中村さんは語る。

これまで日本の最先端の技術やノウハウをバンコクに伝えてきたが、今後は市民への教育も重要だと黒水さんは訴える。

「このまま気候変動が進むと、子どもたちの時代に大きな影響が及びますので、特に子どもたちへの環境教育がとても大事だと思います」

(注4)地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)。タイ国における統合的な気候変動順応戦略の共創推進に関する研究。

取り組みを参考に 温暖化対策の先進都市

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横浜市

横浜市は2008年に温暖化対策事業本部(現・統括本部)を設け、日本の自治体の中でもいち早くGHG削減に取り組んできた。交通政策のほか太陽光パネルとLEDを利用した独立式街灯を増設したり、小学校に太陽光パネルと大容量リチウム電池を設置して遠隔管理をすることにより電力のピークカットに資するほか、災害時の電源としても活用できるバーチャルパワープラントの導入など先進的な取り組みを進めている。

チーフアドバイザー 黒水公博(くろみず・きみひろ)さん

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黒水公博さん

横浜市で鉄道や高速道路など都市交通の整備事業を担当したのち、温暖化対策担当課の初代課長に。2018年5月からJICA専門家としてバンコクに赴任。「気候変動は100年単位の長い闘い。その武器となる施策を継続的に実施していくことが重要です」。

BMA公共事業局 衛生技師 マナスウィ・アラヤシリさん

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庁舎のリノベーション責任者であるアラヤシリさん。後ろにあるのは、新たに導入された高効率の集中冷房システム。

「以前の集中冷房システムは30年以上前の古いもの。エネルギー効率のよい新システムに入れ替えたことで電力消費量は30%削減されました。また照明の電力もLEDへの交換で20~30%抑えられました。そのほかにもトイレの節水化など、JICAや横浜市からは多くの技術やノウハウを学びました」

BMA気候変動戦略室 室長 セムスック・ノッパンさん

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2018年に設立された気候変動戦略室室長のセムスック・ノッパンさん(写真左)と大気騒音管理部部長のテムシリ・ジョンプンポンさん(写真右)。

「2018年、横浜市で気候変動対策の研修に参加しました。横浜はきれいな街で、多くの人が自転車を利用していて温室効果ガス削減にも効果があると思いました。信号システムも優れていて、BMAが取り組もうとしているプロジェクトの参考になりました」

カセサート大学 助教授 チャイポン・ジャイカエオさん

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バンコクのカセサート大学にJICAの支援で設置された気候変動データセンター。タイ全土の降雨、河川流量、土壌水分、ダム水位などのデータがリアルタイムで集まる。

気象水文情報システムの開発構築チームのリーダー。「このサーバーには、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から気象衛星ひまわりの画像データも送られてきます。過去のデータとの比較もでき、外部の研究者もインターネット経由でアクセスできるようになっています」。

インタビュー 気候変動対策へのモチベーションがアップ

BMA環境局 副局長 パニナート・タナーアピナンさん

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パニナート・タナーアピナンさん

「BMAは以前から気候変動問題に取り組み続けていますが、日本での研修やJICA専門家との協力を通じて、職員のモチベーションも高まり、知識やスキルが強化されました。JICA支援の大きな成果は、基本計画の実施を促進するために環境局の中に気候変動戦略室が設立されたことや、関連部署との連携を強化しながら気候変動対策の活動に取り組んでいることに表れています」

タイ

【画像】国名:タイ王国
通貨:バーツ
人口:6,572万人(2015年、タイ国勢調査)
公用語:タイ語

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首都:バンコク

ASEAN地域の経済をリードするタイ。日本の支援は1954年に始まり、橋梁・鉄道・空港などのインフラ整備や大学教育など、同国の発展を多方面で支えている。