一からつくる未来の農村 南アフリカ共和国

アパルトヘイト政策下で行われた強制移住によって、多くの小規模農家が姿を消した南アフリカ。「アジア・アフリカと共に歩む会」(TAAA)は地方に暮らす人びとに有機農業を伝え伝統的かつ未来志向の農村作りを目指す。

写真:吉田亮人

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ニンジンを収穫した保育園の子どもたち。収穫物は給食に利用され、余剰分は教員や地域の人に販売される。

NGOの強み 教育支援の実績と知見を生かす

クワズールー・ナタール州ウグ郡ウムズンベ自治区-かつてホームランドと呼ばれた黒人指定居住区があったこの地では、アパルトヘイトが今もなお、富やインフラの格差として人びとの生活に影を落としている。居住区への強制移住は、都市部や鉱山に出稼ぎに行かないと生きていけない社会構造をつくり上げ、コミュニティが分断されるなかで農業の伝統が失われていった。現在、自治区内の雇用はほとんどの場合サトウキビ農園に限られ、15歳から34歳までの失業率は約6割に達する。同国の179自治体中ワースト8位(注1)と深刻だ。

自給的な農業の衰退は貧困を加速し、人びとは栄養不良に陥っている。わずかな現金収入は食費で消え、それも遠隔地から町へ買い出しに行くため、食料は保存が利くものが中心になる。家庭の食事は栄養のバランスが悪く、量も不足しがちだ。学校では“給食が一日のおもな食事”という生徒が多数を占めている。

(注1)南アフリカ統計局(2011年)。

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有機農業塾

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「Organic Farming, Our tradition our Future(有機農業は私たちの伝統、私たちの未来)」と書かれた有機農業塾のプレート。

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有機農業塾では運営に携わるボランティアたちが育苗についての研修を受けていた。

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ボランティア最年長のンギティさん。「正しい知識を教えるためにも学び直しは大事」と話す。

農村が消えた土地に農業を伝える

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有機農業塾では収穫した野菜を地域の人びとに販売する即売会も開く。「新鮮な野菜が食べられる」と評判も上々。

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有機農業塾の敷地内には育苗場があり、育てた苗を地域の人びとに販売して収入を得ている。

地域の教育支援を行うなかでこういった状況を見聞きしてきたTAAAは、有機農業の普及が若者の自立と家庭の栄養事情改善につながると考えた。有機農業では、化学肥料や農薬の代わりに身の回りにある家畜の糞や灰などを使う。生産コストが低いため、資金に余力がなくても始めやすく続けやすいという利点がある。

しかし、地域の人びとの多くは土に触った経験すらなく、彼らに一足飛びに営農者になってもらうことは現実的ではなかった。そこでTAAAは、学校を通じた有機農業の普及に取り組んだ。2010年からJICAとともに3回にわたって行われた草の根技術協力事業では、授業や課外活動で学校菜園を作り、生徒たちは作物を育てることを学んだ。一部の生徒は家庭でも菜園を始め、やがて地域には家族で自給的な農業を営む人びとや、就農を目指す若者が現れ始めた。

彼らを地域農業のリーダーとして育てて家庭菜園をさらに広めていくため、TAAAは次のステップを考えた。現地で事業を率いた平林 薫さんは、当時のことを次のようにふり返る。

「有機農業への認知が徐々に広まり、活動を地域へと広げていく必要を感じていました。はじめ私たちが考えたのは『有機農業トレーニングセンター』という研修事業です。しかし、農業との多様な関わり方が求められる地域で、きっちりとした“センター”というかたちで一律の成果を追求するのはどこか違うと感じていました。JICAの担当の方から『個々のニーズにフレキシブルに応える“有機農業塾”というのはどうでしょうか』とアイデアをいただいたときは、『私たちはそれをやりたかったんだ!』と膝を打つ思いでした。以来、専業農家を目指す人にも家庭菜園で自給したい人にも、それぞれに合った指導を彼らが必要としているときに提供することが支援の目標になりました」

拠点となる施設には小学校の建屋を借り受けていたが、老朽化が進んでいた。「活動を持続するためには地域のランドマークとなる施設が必要」とのJICA・TAAA双方の判断で、草の根技術協力事業の経費の適用を受けて改修し、リソースセンターや実習用の畑、育苗所を設けた。開所式では、日本の大使館とともにJICAは現地事務所と東京の両方から出席し住民にエールを送った。日本の熱意を知った住民は、大いに意気が揚がったという。

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JICAの資金で供与された貯水タンク。雨季にためた雨は乾季に利用できる。

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JICAの資金で供与された農具。

地域を盛り上げる“地元愛”と“農業愛”

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町から遠く離れた山間部のある家庭ではキャベツやホウレンソウを栽培していた。「菜園を始めてから家計がとても助かっている」と子どもを育てる女性は語る。

事業は26の学校・保育園での菜園作りと、農業塾での研修や技術指導、遠隔地への出前講座を中心に行われ、21日間もしくは14日間の有機農業トレーニングコースは2019年4月に事業が終わるまでに112名が卒業した。

ボングムーサ・グメデさんは事業を支えた中心人物の一人だ。種苗の育成・販売から、研修会の開催、農家への個別のフォローアップまで、事業終了後の現在も農業塾の運営に奮闘していて、地域の信頼も厚い。地元に愛着を持つ彼は、「『何も変えられない』と無力感に包まれていた地域が自信を取り戻しつつあるのを感じています。人びとが自分たちの力で生活をよりよくしていけることに気づいたのです。農業塾の指導員としてそのサポートができたことは、とても幸せでした。今では道を歩いていても『来月は何を植えたらいい?』などとアドバイスを求められ、みんなに必要とされることにやりがいを感じています」と、地域の変化に顔をほころばせる。

農業塾の卒業生たちは、友人同士で有機農業協同組合を組織したり、シングルマザー同士で野菜栽培グループをつくって生計を助け合ったりと、目覚ましい活躍を見せている。卒業生の一人のシヤボンガ・チリザさんは、家の敷地で始めた農業から、会社を起業してスーパーに作物を卸すまでに拡大させた。2018年からは農業塾の紹介でより広い土地を借り、2019年7月には1万株近い作物を作付けしたという。

「『小規模農業がビジネスになるなんて知らなかった』と言っていた彼らがここまで来られたことが、自分のことのようにうれしい」と平林さんは目を細める。

カウンターパートとして、行政手続きのサポートや、時に自ら研修会で教鞭を執ることもあった州環境省のムタンデニ・ザマさんは、地域農業の未来を次のように語る。

「2019年2月、JICAの主催したSHEPアプローチ(注2)の研修に参加し、販路の開拓や加工品の生産など、今後やるべきことがはっきりしました。この地域は南アフリカで多数を占めるズールー民族の豊かな伝統があり景観も美しい。将来的には農業を体験できるエコツーリズムの展開も視野に入れています。南アフリカでは大規模農園の拡大による過剰伐採や化学肥料の多用による土壌の劣化が問題視されており、その点でも有機農業の普及は重要。地域の力で、今後も農業塾をしっかりと支えていきたいと思います」

(注2)"Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion"の略。"作って売る"から"売るために作る"への意識変革を起こし、農家の所得向上を目指す小規模園芸農家支援のアプローチ。

アジア・アフリカと共に歩む会(TAAA) プロジェクトマネジャー 平林 薫(ひらばやし・かおる)さん

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平林 薫さん

「10年前はTAAAも“有機農業初心者”でした。そのおかけで素晴らしい人たちに手を貸していただくことができ、地域の人びとと同じ歩幅で歩んでくることができました」

有機農業塾 農業指導員 ボングムーサ・グメデさん

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ボングムーサ・グメデさん

「有機農業塾では、高齢者のための農業指導や子どもたちのための体操教室など、新たなプロジェクトを計画中です。地域に自立する力を与えてくれたこの事業を今後も継続していきます」

クワズールー・ナタール州環境省職員 ムタンデニ・ザマさん

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ムタンデニ・ザマさん

「農業塾が今後も持続・発展していくためには、サービスの収益化やより多くのボランティアの助けが必要です。また、環境省に事業の価値への理解を促し、省の管轄下で運営していく道も探っていきたいと思います」

農業塾の卒業生-有機農業が拓く地域の未来-

シヤボンガさん

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経営者となったシヤボンガさん。「最近、南アフリカでも規模が大きいNPOによる小規模農家に向けた2年間の助成プログラムに受かることができ、いよいよ事業を大きくできます。仕事はハードですが、愛する農業ができて幸せです」。

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農地確保に四苦八苦していたシヤボンガさんと、以前の活動で出会った広い土地を持つ農業グループをTAAAが結びつけて借地が決まった。地域に根ざした長年の取り組みの成果だ。

シヤボンガさんの畑で育てられていた作物

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トマト

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ピーマン

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ホウレンソウ

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トウガラシ

卒業生の青年

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「次のシーズンはニンジンを栽培して、売ったお金で牛を買う」と夢を語ってくれた卒業生の青年。自分専用の畑の前でニッコリ。

ボノさん

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学校菜園をきっかけに農業を志したボノさん(写真左)は友人5人を誘って有機農業協同組合を設立した。「TAAAの支援がなければ、今の自分はいない」と話す。柵を立てる資金がなかったという畑には、イノシシに食べられにくいジャガイモを植えた。

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ジャガイモを植えた畑。

南アフリカ共和国

【画像】国名:南アフリカ共和国
通貨:ランド
人口:5,672万人 (2017年、世界銀行)
公用語:英語、アフリカーンス語、バンツー諸語の合計11言語

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首都:プレトリア

全人種参加の総選挙によりアパルトヘイトが撤廃されてから25年。アフリカ屈指の大国として大陸の発展を牽引する一方で、人種間の経済格差や若年層の高い失業率が大きな社会問題となっている。