孤立した元難民を“水”でつなぐ ザンビア

長期化する難民問題の解決に向けてザンビア政府は画期的な取り組みを開始した。
難民と国民に新天地を提供して共生を図る、現地統合政策だ。
AAR Japanは、再定住先で分断された人びとを、水衛生を通じたコミュニティ形成支援で結びつけた。

文:光石達哉

【画像】

井戸水はパイプのサビの影響で臭い、味、色に問題があった。80基の井戸で揚水管パイプを鉄製からプラスチック製に交換したところ、水の透明度などが大きく改善した。

NGOの強み 難民支援を生かす

“元”難民に土地を与え定住させる新たな政策

【画像】

運動会のようなレクリエーションイベントも企画。さまざまな土地から再定住地に集まったアンゴラ元難民とザンビア人とが交流を深めた。

アフリカ南西部のアンゴラでは2002年まで約40年にわたって内戦が続き、約55万人もの難民が国外に流出。そのうち約25万人が隣国ザンビア北西部のメヘバ地区で受け入れられた。

しかし、内戦終結から10年が経った2012年に難民資格が停止。難民の多くは帰国したが、数十年間離れた母国に戻るよりも、ザンビアに留まる決断をした“元”難民も約1万8000人を数えた。

彼らの居場所を確保するため、ザンビア政府と国連は「元難民現地統合政策」という取り組みを2014年に開始する。元難民に法的な滞在許可と居住・農業生産を行うことのできる土地を与えたのだ。

「もともとザンビアでは失業問題や都市部の人口増加に対応するため、地方回帰・農地の開拓を目的に、1988年から『再定住事業』と呼ばれる政策を実施していました。アンゴラ元難民の再定住もこの一環として位置づけられ、ザンビア人と元難民の“調和”を重視しています」と説明するのは、JICAからザンビア政府に派遣されている副大統領府再定住局アドバイザーの前川貴恵さん。難民状態の長期化が世界的に問題視されるなかで、社会統合という解決策を示したこの政策は国際的に大きな注目を集めた。

一方で、元難民たちは国際的な難民支援の対象から外れ、新たな生活を始めることが求められていた。与えられた5~10ヘクタールの土地は給水施設などのインフラ整備が大幅に遅れ、隣人が誰かもわからない状況だった。ザンビア政府はこの問題を開発課題と認識し、また国際社会では支援策が模索されていた。そんななか手を差し伸べたのが、日本のAARとJICAだ。

井戸を通して新たな“町内会”づくり

【画像】

住民から選ばれ、AARの研修を受けた井戸修理工たち。JICA予算でプラスチックパイプを調達し、自分たちの手でパイプ交換を行った。

【画像】

井戸水。揚水管パイプを鉄製からプラスチック製に交換する前(写真左)、交換した後(写真右)。

AARは1984年から2004年まで、メヘバ地区で難民の職業訓練、子どもの教育、医療などの支援に取り組んでいた。支援はアンゴラ内戦の終結により一時停止するが、元難民の困窮を知り、経験を生かしてふたたび支援に乗り出すことになった。

AARの粟村友美さんは「再定住地域では元難民もザンビア人も住民がおたがいに助け合えるようなつながりが必要でした。ただ、単にグループをつくるだけでは関係が持続しません。計画段階ではJICAと打ち合わせを重ね、グループとして何か一つの目標に向かって活動する機会をつくれないかと考えました。そこで生まれたのが、緊急性の高い水や衛生の整備を通じて、地域の人たちがともに働ける仕組みをつくるというアイデアでした」と話す。

この事業はJICA草の根技術協力事業として2017年3月にスタート。現地では以前の支援活動を覚えていた元難民が、AARを温かく迎えてくれた。その一方で中央政府の能力強化を目的としてJICAから前川さんが派遣され、地方と中央、両面からの支援が実現した。

AARは活動地区の約260世帯を11の自助グループに分け、それぞれにリーダーや会計、書記、水管理委員、衛生啓発委員、井戸修理工などの役職を設け、具体的な活動につながる研修を実施。住民たちは自ら井戸の維持管理や衛生改善活動に取り組むようになり、その結果、対象地域の6割の世帯で1日に使える水の量が増加した。

当初の目的であった住民同士の横のつながりも強化された。自助グループのリーダーのひとり、ノア・カホロさんは「以前は同じ再定住地の住民でもおたがいのことをまったく知らなかった。今はおたがいの顔も名前もわかるし、困ったことがあれば助け合うこともできる」と喜ぶ。

粟村さんも「アンゴラ元難民、ザンビア人の垣根なく、住民同士で一緒に畑を耕したり、お年寄りの様子を見に行ったりといった町内会のような関係が生まれてきています」と成果に目を細める。

AARの活動は、世界的な難民政策の新たな取り組みのひとつとして、確かな第一歩を刻んだ。JICAは現在、メヘバ地区を含む再定住地域を対象とした元難民の現地統合を支援するプロジェクトを計画している。AARの成果は、次のステップへと引き継がれていく。

【画像】

ご近所同士のアンゴラ元難民とザンビア人がともに井戸の保守管理など身近な課題を話し合い、おたがいに助け合う。

【画像】

各自助グループから総勢66人の衛生啓発委員を選出。衛生知識や住民にわかりやすく伝える方法などを学んだ。

【画像】

再定住地ではこれまでトイレがない家庭が多かったが、衛生啓発委員が世帯を回って指導した結果、多くの家庭で新設された。

【画像】

トイレが新設される前。

AAR Japan ザンビア事業担当 粟村友美(あわむら・ともみ)さん

【画像】

粟村友美さん

「JICAは、すぐには成果が見えにくいコミュニテイ支援事業をよく理解して支援してくれました。井戸の修理では技術的なアドバイスをいただき、追加的な活動のために必要な予算も副大統領府アドバイザーの前川さんが確保に協力してくださいました」

ザンビア政府 副大統領府再定住局アドバイザー 前川貴恵(まえがわ・きえ)さん

【画像】

前川貴恵さん

「AARから現場の声、現場の課題を挙げていただくことで、迅速に副大統領府・JICAザンビア事務所と検討する態勢が取れたことは非常によかったです。住民組織が順調に機能していることは、AARの地道な活動の成果です」

ザンビア

【画像】国名:ザンビア共和国
通貨:ザンビア・クワチャ
人口:1,709万人(2017年、世界銀行)
公用語:英語

【画像】

首都:ルサカ

1964年に独立して以来安定した内政が続くザンビアは、紛争の多発する周辺地域の中で中立を維持しつつ地域平和の構築に尽力。アンゴラをはじめアフリカ各国からの難民を積極的に受け入れてきた歴史を持つ。