プロジェクトが生まれるまで 築いた信頼が未来へつながる

A(アクション=フィードバック)
P(プラン=事前段階)

JICAが協力するプロジェクトはどのようなプロセスを経てつくられるのだろうか。
2019年の4月から始まったコンゴ民主共和国の技術協力プロジェクトを例に追ってみよう。

文:坪根育美

【画像】

森林の生態調査研修での胸高直径の測定の様子(写真は前身プロジェクト)。

コンゴ盆地の森林を守るための支援活動

今回取り上げるプロジェクト

【画像】

前身のプロジェクトの様子。超音波測高器で樹木の高さを計測していく。

コンゴ民の森林保全と持続可能な森林経営を目的とした技術協力プロジェクト。国レベルの「国家森林モニタリングシステム」の構築・運用をサポートし、同時に同国クウィル州でREDD+(レッドプラス)(注1)活動実施に取り組む。プロジェクトが終了したあとも、培われた技術と知識によって継続して持続的森林管理に取り組めるようになることを目指している。

(注1)開発途上国における森林減少や劣化を抑制し、温室効果ガスの排出量削減または吸収量増大を達成した実施者に対し、一定のインセンティブを与える気候変動対策のひとつ。

【画像】

本プロジェクト形成の流れ

広大な森林を一致団結して管理する

始まりは相手国の"声"を聞くことから

【画像】

コンゴ民をはじめ7か国にまたがるコンゴ盆地は、熱帯性気候で多様な生態系を持つ。森林の中をコンゴ河が流れる。

【画像】

現地事務所は他の支援国関係者やNGO(市民団体)とも交流を深め、情報交換を密に行っている。

JICAはコンゴ民主共和国(以下、コンゴ民)に対する協力の重点分野の一つとして森林保全を掲げている。それはこの国が、世界第2位の森林面積を誇るコンゴ盆地の大半を有する一方で、違法伐採を含む商業伐採や鉱山開発などにより年間約30万ヘクタール以上の森林の減少が続いているといわれ、大きな問題になっているからだ。

JICAが手がけるプロジェクトは、途上国からの「自国の課題の解決に一緒に協力してほしい」という要請から始まる。とはいえJICAでは、要請を待つだけではなく、日ごろから途上国の政府関係者や住民とコミュニケーションを図るなどして、その国が抱える課題やニーズの発掘も行っている。おもにJICAの海外拠点がその役割を担っている。

今回紹介するコンゴ民における森林保全分野の技術協力プロジェクトが実施されるに至ったのは、JICAが2012年から5年にわたり森林保全に協力した前身のプロジェクトが大きく関わっている。

「ここでの成果がカウンターパート(相手国機関)であるコンゴ民の環境省から高く評価され、再びともに新しいプロジェクトを実施したいという声が上がっていました」と、コンゴ民事務所にいた栗元優さんは当時をふり返る。

JICAでは、現地日本大使館とのすり合わせなどを経て、現地事務所とJICA本部のアフリカ部、地球環境部による3者の話し合いが持たれた。アフリカ部はアフリカの国や地域が抱える課題に、地球環境部は世界の森林保全の課題に取り組むのが仕事だ。それぞれの見地から新しいプロジェクトの可能性を検討し、前向きに進める方向が一致することを確認しながら、コンゴ民政府は正式プロセスとなる要請書を日本大使館に提出した。

要請を受けた日本では、まずJICA本部で要請内容が適切であるか、ODA事業として実施すべき案件であるかが正式に検討される。また外務省は特に外交の観点からの意見を、案件に関係する他省庁からもらいつつ検討をすすめる。今回は森林保全が目的のため林野庁が関係省庁となった。この案件を実施することが最終的に日本政府として決定されると、コンゴ民政府との間で外交文書で確認される。

事業内容を具体化して合意する

【画像】

首都キンシャサからコンゴ盆地へ調査に向かう。未舗装道路を片道8~9時間。

【画像】

森林の荒廃が懸念されるコンゴ盆地で木々の間に分け入りながら各地の状況を見る。

次はプロジェクトの詳細な計画を策定するための調査が行われる。これは具体的な活動内容を決定していくためのものだ。地球環境部がプロジェクトを統括する主管部となって、コンサルタントと一緒にコンゴ民に赴き、現地事務所とともに約2週間の調査を行った。

「キーパーソンとなるコンゴ民政府の環境・持続開発省、持続開発局、園芸・植林局、クウィル州政府の関係者や森林保全の現場関係者らにインタビューも行いました。その数は20以上の機関・部局に上ります」と栗元さん。現地の人たちと顔を合わせて課題を共有し、状況をしっかりと把握した。こうした作業が、プロジェクトに必要な機材の調達などをスムーズに進めることにつながる。

地球環境部の見宮美早さんは次のように話す。

「私たちの仕事は、コンゴ民のプロジェクトで何を行い、それによってどんな成果が出せるのか、そのストーリーを綿密に描くことです。森林保全を周辺住民の生活向上にもつなげることが期待されており、住民のニーズをくみ取ることも重要な課題ととらえていました」

調査団の帰国後は、地球環境部が現地で得た結果をまとめてプロジェクトの内容、期間、予算を設定するとともに事前評価も行い、案件の形成を最終段階へと仕上げていく。そしてコンゴ民政府とJICAによる合意文書に現地事務所の所長が署名し、実施段階へ進むことになる。前身のプロジェクトのフィードバックをもとに、多くの人の知見を取り入れながら約2年かけて誕生した現在のプロジェクトは、大きな弾みをつけて飛び立った。

現場に寄り添い協力の手法を練る

相手国とJICAをつなぐ

「政府関係者や住民との対話、政治・経済の分析などを通じて現地でどのような支援が必要であるかを把握し、"プロジェクトの種"を探すのが海外拠点のおもな仕事です」

今回のコンゴ民のプロジェクトは以前行われた案件がきっかけになったため、そのとき築いていた人と人のつながりが生かされた。コンゴ民の各省庁の関係者の窓口となり、その要望を本部のアフリカ部や地球環境部と共有していった。また現地事務所はプロジェクトの実施段階でも、コンゴ民の事情に精通した部署として現地で働くJICA専門家やコンサルタントのサポートを行い、主管部の地球環境部をフォローする。

「コンゴ民で行われる国際会議の場では、他国の協力機関やキーパーソンとの関係づくりや情報交換も行うほか、JICAが取り組んでいる活動の必要性や役割を伝えていくことも大切な役目です」

コンゴ民主共和国事務所

コンゴ民事務所には日本人の所員が7名在籍する。JICAの事務所のなかでは比較的小規模だが、隣国のコンゴ共和国も併せて担当している。

コンゴ民主共和国事務所 栗元 優(くりもと・まさる)さん

現在は地球環境部に所属し、本事業を引き続き担当している。
「現地にいるから、できることがあります」

【画像】

栗元 優さん

アフリカを知り尽くし、協力を推進

"プロジェクトの種"を探す段階で、相手国政府からJICAのコンゴ民事務所に協力の打診があると、本部側の窓口としてまず頼りにされるのがアフリカ部だ。同部は国や地域の課題を分析し、各国への協力の方針を検討する「地域部」の一つで、JICAがアフリカ各国で進めている協力を熟知している。

「その国と日本の関係やプロジェクトがどう友好関係に貢献するのか、依頼のあった開発課題がJICAの協力方針のなかでどのような位置づけにあるか、実施するための十分な予算があるかなどを見ていきます」

プロジェクトをつくる段階では、途上国の開発の課題を分野ごとに担当する「課題部」の地球環境部から「もっとも優先すべき課題は何か」「協力に適した人材を派遣できるか」などの相談を受けて解決策を出し合った。

「サブサハラ(注2)・アフリカ各国のことはアフリカ部が一番よくわかっています。その強みをプロジェクト案に反映していくことが私たちの重要な役割です」

(注2)サハラ砂漠より南の地域。

アフリカ部

アフリカの国々が抱えるさまざまな課題(貧困削減、平和構築、気候変動対策など)を網羅し、分野を横断する協力方針を国や地域ごとに作成している。

アフリカ部 アフリカ第四課 島田亜弥(しまだ・あや)さん

現在は内閣官房出向。
「担当する国に住む人々のことをつねに考えています」

【画像】

島田亜弥さん

外務省

海外への支援活動は国同士のやり取りにもなる。アフリカ部は外務省ともコンタクトを取って情報の共有をしていく。

課題解決を中心となって動かす先導者

地球環境部は持続的な森林管理と、それに通じた気候変動対策をミッションの一つに掲げている。前身のプロジェクトに引き続き、主管部として案件形成・実施の指揮を執った。

「調査では現場となる森林のほかに地元のマーケットや集落も訪れます。案件の内容を決めていく際は、ただ森林を守るだけではなく、この活動が現地に根づくように地域の住民に寄り添いながら理解を求める視点が大切だからです」

また、JICAと相手国政府が最終的な合意を交わす際に使用する正式な合意書の作成も主管部の仕事だ。さらに本プロジェクトと共同で実施されている外部資金を活用した受託業務(注3)では提案書の作成も行った。

地球環境部

地球環境部は課題別の取り組みを担当する課題部の一つ。森林・自然環境、環境管理(大気汚染、水質汚濁、廃棄物管理)、水資源開発、防災、気候変動対策といった分野を担当している。

地球環境部 森林・自然環境グループ 自然環境第二チーム 見宮美早(けんみや・みさ)さん

「醍醐味は事業のストーリーを組み立てること」

【画像】

見宮美早さん

コンゴ民主共和国 環境・持続開発省 フランソワ・カイェンベさん

前身のプロジェクトの成果共有セミナーで発表するカイェンベさん。「日本の協力は私たち環境省の人材育成に大きく貢献しました。しかし、コンゴ盆地全体をカバーするにはまだまだ努力が必要で、パートナーとしての日本に引き続き大きな期待を寄せています」と語った。

【画像】

フランソワ・カイェンベさん

プロジェクトに関わる人々の安全を徹底的に考える

途上国の中には治安が不安定な国もあり、同じ国でも地域によって情勢が変わることもある。コンゴ民におけるプロジェクトの実施場所はどこで、どのような形態の活動が想定されるのかをもとに、適切な安全対策の検討や情報収集にあたるのが安全管理部だ。

「現地事務所の安全担当スタッフをはじめ、大使館、国連機関、他国の在外公館や援助機関、国際セキュリティコンサルタントとあらゆるソースを駆使しています。情報は鵜呑みにせず、私たちと現地事務所で治安の状況を見極め、適切な安全対策を立てていきます」

世界各国の安全対策措置を作成するとともに、不測の事態に備えて、組織を挙げて対応ができる体制を整えている。

安全管理部 安全対策第二課 岡田悦子(おかだ・えつこ)さん

「治安情勢には政治や経済などさまざまな要因が関係しています」

【画像】

岡田悦子さん

コンゴ民主共和国

【画像】国名:コンゴ民主共和国
通貨:コンゴ・フラン
人口:8,134万人(2017年、世界銀行)
公用語:フランス語

【画像】

クウィル州 首都:キンシャサ

国土面積は日本の約6倍でアフリカ大陸第2位、人口は約8,000万人と同4位。9か国と国境を接し、アフリカ大陸の中心部に位置する。流域面積世界第2位のコンゴ河が弧を描くように流れ、国土の多くは熱帯雨林に覆われている。