切れ目のない復興支援を! インドネシア

応急対応、復興・復旧、抑止・減災、事前準備

2018年9月28日、インドネシアの中部スラウェシ州でマグニチュード7.5の地震が発生し、州都パルとその周辺は甚大な被害を受けた。
JICAは緊急援助から復興計画の策定支援、インフラ復興・復旧、住民の生活再建、そして今後の災害に向けた対策に至るまで、一連の支援を現在も継続中だ。

文:光石達哉 写真:吉田亮人

【画像】

多くの犠牲者を出した「Nalodo(ナロド)」のメカニズムは、日本の研究者たちによって特定されつつあるが、現在もなお調査が続けられている。旗の下には、今も行方不明者が埋まっているという。

支援物資の輸送で活躍!

インドネシア政府の要請を受けて自衛隊輸送機などを派遣

【画像】

【画像】

世界中から支援物資が集まるバリクパパン空港を拠点として、自衛隊も物資を輸送。JICAは緊急支援物資としてテント500張、発電機80機、浄水器20器と凝集剤2万本(水の汚れを沈殿させる薬品)の計7.5トンを提供。(写真引用:じゃかるた新聞)

中部スラウェシ地震の発生直後、インドネシア政府は国内対応を基本としたオペレーションを実施していたが、発生3日後の2019年10月1日、被害の大きさが明らかになると、インドネシア外務省は国際社会に支援を要請。これを受けて日本は自衛隊部隊のべ約70人とC-130H輸送機のべ2機を派遣して、被災地である州都パル市の西約300キロのカリマンタン島バリクパパン空港を拠点に同5日から支援物資の輸送を開始した。またJICAはインドネシア政府の要請に基づき、テントや発電機などの緊急援助物資を供与した。

自衛隊員と輸送機は約3週間にわたって、バリクパパンからパル市を往復し、支援物資約200トンを届けた。さらに、他の地域への避難を希望する被災者約400人をパル市から移送した。

また、JICAを通じてUNDAC(国連災害評価調整)メンバーとして派遣された髙田洋介さんが、バリクパパン空港で支援物資の輸送調整を担当した。

「世界中から多くの支援物資が送られてくるなか、どの物資を誰がどこに送るのかを関係機関と決めることが私たちの重要な仕事でした」

岡山大学大学院 助教 髙田洋介(たかだ・ようすけ)さん

【画像】

髙田洋介さん

2002年に国際緊急援助隊・医療チームに登録、看護師として被災地に赴く。2008年にUNDACの登録メンバーとなり、中部スラウェシ地震を受けて被災地に派遣された際には物資拠点のバリクパパン空港で輸送調整業務を担当。「各国が同じC-130輸送機を持ち寄ることで、貨物搭載用のパレット(荷役台)を共有でき、作業を迅速化できたのがよかったです」。

住民ファーストの復興計画を!

珍しい液状化の被害 復興の計画を日本に依頼

【画像】

JICAの案をもとにインドネシア政府が復興基本計画の元となる暫定版の土地利用計画を発表。レッドは居住禁止、オレンジは新築禁止などの規制がある。当初の政府案は、オレンジゾーンもほとんど赤く塗られ、大規模な住民移転が発生するものだった。

中部スラウェシ地震は、世界的に見ても例を見ない震災だった。

特に多くの死者を出した液状化についてJICA専門家の多田直人さんは、「これまで液状化で家が傾くことはあっても、人が亡くなることはほとんどないとさえ言われていました。地盤の変動が発生して、地すべりで多くの家屋が巻き込まれた今回は世界的にもきわめて珍しいケースと言えます」と説明する。

自衛隊機がバリクパパンに向かっていたころ、首都ジャカルタではインドネシア国家開発企画庁の局長のスメディ・アンドノ・ムリョさんから多田さんに、「JICAはどのような支援が可能か?」と相談が持ちかけられた。

多田さんとJICAインドネシア事務所は、災害リスク評価から復興・復旧まで一連の支援ができると提案。インドネシア政府と連日の協議を行った結果、2019年10月14日には国家開発企画庁のバンバン長官からJICAの北岡理事長に対し、複数の国際機関の関与による混乱を避けるべく、日本を信頼して唯一JICAに復興基本計画の策定を支援してほしいとの依頼があり、同日には災害リスク評価や地質調査を行うJICA調査団がインドネシア入りした。

「どうやって住民を移転させるのか、どうやって被害を減らすか、どうやって住民や私たちの防災の意識や知識を向上させるか、日本から学ぶことがたくさんあります」と、スメディさんは日本への期待を語った。

JICA専門家 多田直人(ただ・なおと)さん

【画像】

多田直人さん

国交省、内閣府で防災・災害復興を担当。現在は、インドネシア国家防災庁に長期専門家として派遣されている。「中部スラウェシで進めている、複数のハザードに応じた土地利用計画・住民移転を一度にするという試みは、世界的にもあまり前例のない難題です。しかし、必ず成し遂げるという覚悟で取り組んでいます」

インドネシア国家開発企画庁 地域開発局長 スメディ・アンドノ・ムリョさん

【画像】

スメディ・アンドノ・ムリョさん

「住民を安全な場所に移転させるためには、話し合いが必要。進め方が日本から学びたいことのひとつです。多田さんはよきパートナーで、仕事への熱意が高く大和魂があり、建設的な関係を築くことができています」

次の災害に備えた復興・復旧

住民に受け入れられる防災・復興を目指す

【画像】

震災前は町のシンボルだったパル第4橋。JICAの無償資金協力で再建される予定。

【画像】

液状化が発生した地域ではボーリング調査を継続中。対策として、水抜き井戸の建設も計画されている。

復興計画の根幹となったのは、被災地の土地利用計画の作成だ。

しかしインドネシア土地・空間計画省が最初に作った土地利用計画案は、土砂崩れや液状化の可能性がある傾斜地を居住禁止とするレッドゾーンに広い範囲で指定していた。

「その案では住民に受け入れてもらえません。たとえば、漁師に内陸に住めと言っても、結局また海の近くに戻ってきます。住民に受け入れられない復興案は0点です」と多田さんは指摘する。地形を細かく見直し、住民移転を最小限にする土地利用計画案を短期間で作成し、それをもとにインドネシア政府は暫定版の土地利用計画を発表した。

加えてJICAは、インドネシア公共事業省配属の専門家を中心に、今回の中部スラウェシの災害のひとつである津波に対しても、東日本大震災の経験をふまえてハードとソフトの多重防御の対策を提案した。2018年12月に復興基本計画がまとめられ、現在、この計画に基づいて、住民の移転先選定やインフラ再建計画が進められている。

「復興は被災した住民に受け入れられやすいものにしなくてはいけない。それが日本が数々の災害から学んだ経験で、インドネシアに伝えたいことなんです」と多田さんは力説する。

【画像】

【道路を造る】液状化で多くの家屋が流され、道路も寸断された。JICAの支援で整備と舗装を行うことを計画中。

【画像】

【病院を建てる】耐震性が不十分であったために地震で一部倒壊したパル市の公立病院。現在は整地されており、再建に向けた計画が進められている。

【画像】

高台に建設中の復興住宅。建設は他の支援機関が行っているが、用地はJICAが支援した復興基本計画に基づいて災害リスクの低い場所が指定される。

【画像】

津波被害の大きかった海岸沿いで干しエビを作る女性たちは「先祖代々この仕事を続けている。この土地から離れたくない」と語る。こうした住民の声をくみ取ることが、復興で重要となる。

パル市地域開発企画局長 アルファンさん

【画像】

アルファンさん

「パル市ではJICAの支援により、橋梁の再建、かさ上げ道路の建設、公立病院の再建などインフラ面の整備を計画中です。2019年4月に仙台などへ視察に訪れ、日本の復興は防災・減災に力を入れていることを学びました」

八千代エンジニヤリング プロジェクト副総括 竹田善彦(たけだ・よしひこ)さん

【画像】

竹田善彦さん

「日本の災害復興経験に基づき、次の災害発生に備えた"より良い復興(Build Back Better)"の思想に基づいた計画を提案しています。たとえば橋梁の復旧も元に戻すのではなく、耐震性の強化などの工夫を行います」

「急がば回れ」復興の経験を伝える

【画像】2019年2月、岩手県釜石市と宮城県東松島市の職員を招いて、パル市とジャカルタで東日本大震災の復興経験を共有するセミナーが開催された。復興計画は「急がば回れ」の発想で、粘り強く住民の理解を得ることが重要と伝えられた。特に釜石市では集団移転を含めた土地利用計画の合意のために、地域住民とのべ168回もの話し合いが持たれたとの報告があり、インドネシア政府関係者から驚きの声が上がった。

正確な観測!迅速な情報発信!

地震・津波観測の体制を強化

【画像】

【画像】

JICAの支援でパル市に設置された地震計。

地震・津波が発生した際に被害を最小限にとどめる防災のためには、正確な観測、迅速な情報発信が重要だ。

インドネシアは、2004年のスマトラ沖地震の被害をきっかけに、津波早期警報システムの開発や地震観測網の整備に努めてきた。JICAも、地震計の増設を含む地震観測網の整備に今年19年まで協力してきた。インドネシアは、それらを活用して、地震や津波の観測、情報発信に努めているが、担当省庁であるインドネシア気象気候地球物理庁(BMKG)の能力がまだ十分でないために、中部スラウェシ地震でも津波警報の精度や速報性には課題も残った。BMKGの体制強化を図ることでその改善を図る技術協力プロジェクト開始に向けた準備が進められている。

同庁のムハマド・サドリさんは「観測機器の充実によって収集できるデータをさらに有効に活用するためには、オペレーター自身の努力だけでなく、能力の向上が必要です。その後押しを日本の協力に期待しています」と話す。

そうしてつくられた地震や津波の速報は、BMKGから通信事業者、マスメディアや関係省庁などに素早く伝達することで、実際に被害の最小化に役立つことが可能となる。情報ICTシステムが必要であり、それも含め、実際に防災効果までに至る協力をJICAは予定している。サドリさんは「われわれの技術は世界標準から遅れている面もあり、日本の協力を得ることで、自らの手で地震・津波による被害を最小限に抑えることを目指す」と決意を語った。

【画像】

2004年のスマトラ島沖地震をきっかけに開発されたインドネシア津波早期警報システム。インドネシア各地に設置された地震計のデータを収集分析して津波警報を発令する。

【画像】

今後、情報の伝達能力の向上も図られる。

インドネシア気象気候地球物理庁(BMKG)次長 ムハマド・サドリさん

【画像】

ムハマド・サドリさん

「災害発生時には、その地域の電力や通信が途絶えることもあります。その場合、どうやって情報伝達を行うかを日本から学んでいきたい。将来的には海底火山や土砂崩れが原因の津波も予測できるように、日本の気象庁や東北大学と研究しています」

世界でもまれな例だった中部スラウェシ災害

【画像】

被災地パル市のタドゥラコ大学で液状化について説明する石原教授(中央大学)と安田名誉教授(東京電機大学)。

今回、中部スラウェシ州で発生した海岸部の土砂崩れによる津波も、液状化を起因とした地すべりも、世界的には非常に珍しいものだった。このためJICAは、津波分野では東北大学の今村文彦教授をはじめとする研究者の、液状化分野では中央大学の石原研而(けんじ)教授をはじめとする研究者の助言を受け、被災地の復興支援を進めている。

大きな被害をもたらした三つの要因

震災後のタイムライン

2019年10月5日から
2019年10月25日まで
国際緊急援助隊(自衛隊部隊)・緊急援助物資
2019年10月14日から 復興基本計画の作成
2019年12月26日から 「中部スラウェシ州復興計画策定及び実施支援プロジェクト」がスタート

【画像】

震災後のタイムライン

インドネシア

【画像】国名:インドネシア共和国
通貨:ルピア
人口:2億6,399万人(2017年、世界銀行)
公用語:インドネシア語

【画像】

スラウェシ島、首都:ジャカルタ

日本と同じく地震が多いインドネシア。これまでJICAは、2004年スマトラ島沖地震で津波被害の大きかったアチェ州や、2006年ジャワ島中部地震で被災したジョグジャカルタ特別州などにも支援を行ってきた。