生活の基盤を整え国の発展を コソボ

コソボの今

自立的な道を歩み始めて10年が経過したコソボ。
課題を克服すべく、生活インフラの整備をはじめ、雇用促進、民族融和につながるJICAの協力が実施されている。

文:久保田真理 写真:阿部雄介

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ごみ収集車前に「エコリージョン公社」のスタッフらが集合。現在203人のスタッフが、プリズレンの生活環境を日々守り続けている。

CASE1 美しい町を美しく保つ

急がれる経済発展と置き去りにされる環境問題

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プリズレン、首都:プリシュティナ

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日本から供与されたごみ収集車のドアには日本の国旗が印されている。

コソボは、2008年にセルビアからの独立を宣言して誕生したバルカン地域で最も若い国だ。長年にわたってユーゴスラビアとセルビアに経済的に依存し、自立的な経済構造が築かれていなかった。そのため、独立後は経済復興が最優先され、環境分野への取り組みにまで手が回らず、特に廃棄物処理は深刻な課題の一つだった。ごみ収集率が低く街中で不法投棄が増え、公衆衛生が悪化していた。

そこでJICAは、コソボ第二の都市プリズレンで廃棄物の管理能力を向上させるプロジェクトを2011年から2015年まで実施した。その成果として、収集車の到着を知らせる音楽を聞きつけて住民がコンテナまでごみを持ち寄ることが習慣化され、市内にごみが散乱して悪臭を放つような環境は見られなくなった。

プロジェクト実施前には、同市でごみ収集業務を担う「エコリージョン公社」は、収集車の老朽化や財源不足などさまざまな理由から、ごみ収集を十分に実施することができていなかった。そこでコソボ政府の要請を受け、日本はプロジェクト実施と同時に無償資金協力も行い、収集車25台を供与して効率的な収集の実現に努めた。あわせて、廃棄物管理計画の立案支援などソフト面の協力も実施。

「新しい収集車にはごみを圧縮する機能があり、収集能力が格段にアップしました。それにより、一度に収集できる距離が延びて、収集車の1日の稼働台数を減らすことができ、作業の効率化と費用の削減を同時に達成できました」と、支所長のアルバート・ガシさんは話す。旧型の収集車はごみからもれ出る液体で道路を汚すこともあったが、液体をためるタンクが付いた機能的な収集車に替わったことで、衛生的な収集業務が実現した。

収集車はその日の業務を終えて同公社の駐車場に戻ると、高圧洗浄機で毎日隅々まで清掃され、点検で不具合が見つかると倉庫にそろえたスペア部品で修理が施される。日本人専門家から伝えられたメンテナンス方法に従い、スタッフは作業の要となる収集車を大切に扱っている。

効率的にごみを回収

また、プロジェクトでは同市の区域を五つに分け、収集場所と時間を細かく設定したルートを作成した。「定時に収集車がやって来ることで定期的なごみ出しに対する住民の意識が上がりました」と語るのは同社のオペレーションを管理するリザン・ポニックさん。ごみ収集車にGPSを搭載して現在地を把握し、タイヤがパンクしたなどの緊急事態にも素早く対応して定時運行に努めている。

「収集がうまくいくようになったことで、われわれ203人のスタッフとその家族も安心して暮らすことができて、心から感謝しています。今後はプリズレン以外の地域にもこのシステムを広げられたらと思っています」とガシさん。今後、経済発展とともに増えるであろう廃棄物処理の問題に、同公社で培われたノウハウが役立っていくに違いない。

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収集率はほぼ100%に。

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倉庫にはタイヤなどのスペア部品を備え、トラブル発生時にも迅速に対応する。

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ごみ置き場のコンテナの統一化を進めたことで、車両による自動収集ができ、人力から作業効率が向上。

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レストランなどが集まる商業的なエリアでは景観を優先し、コンテナは置かず到着を音楽で知らせる。

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オペレーションスタッフのリザン・ポニックさん(左)とヴェテム・シャラさん。「GPS導入で時間の重要性を学びました」。

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GPSにより、ごみ収集車の現在地や収集場所での作業時間を記録。

エコリージョン公社 支所長 アルバート・ガシさん

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アルバート・ガシさん

同公社は、プリズレンにおけるゴミ収集サービスのほか、道路の清掃、除雪作業、公園や河川・湖畔などの自然環境の清掃も担当する。収集率アップのための住民の理解や意識の醸成にも取り組み、学校で課外授業を行うこともある。

CASE2 番組制作を通じて育む民族間理解

異なる民族が一緒に働く

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特定の民族への偏りがない中立的な情報を放送するため、『ジャーナリストハンドブック』を作成。英語、アルバニア語、セルビア語で記載されている。

コソボの人口比率は92パーセントがアルバニア人で、セルビア人が5パーセント、トルコ人などの民族が残りの3パーセントを占めている。コソボ紛争終結から20年、今もなお民族間には心情的なわだかまりが残るとされる。コソボ唯一の公共放送局である「コソボ ラジオ・テレビ局(RTK)」では、2013年にセルビア人向けチャンネルを開設したが、スタッフの交流はなかなか進まなかったという。

JICAのプロジェクトでは、偏った情報は民族融和を阻害するという考えのもと、2015年からRTKが正確・中立・公正な情報を提供するマスメディアのモデルとなるための取り組みを進めた。特定の民族への偏りがない番組制作のため、日本の番組を教材にして制作方法を理解してもらい、ジャーナリストの心得を明記した手帳も作成。さらに、放送環境整備に取り組み、RTKが持つ5チャンネルすべての放送設備を統合した。

また、プロジェクトの提案によって共同制作番組が二つ誕生した。ディレクター長のロリック・アリファイさんは、「情報番組の『In Focus(イン・フォーカス)』は、今では放送回数が30回を超え、政治や選挙などのデリケートな話題も取り扱うようになりました。もう一つの『UMAMI(ウマミ)』は、食と野外劇に関するドキュメンタリーです。どちらも民族混成チームで共同制作しています」と話す。

このような取り組みを通じてRTK内でも民族融和の意識が高まり、今では夕方の時間帯に8言語に対応した10分ずつのニュース番組を企画・制作するまでになった。よりよい放送を目指して正確な情報を伝えるため、バックグラウンドの異なる人たちが同じ職場で仕事に励み、新たな試みを続けている。

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JICA供与の機材により全チャンネルの放送設備が統合されたマスターコントロールラウンジ。パソコンによる制御システムで操作性がよい。

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「RTK 2」内のスタジオ。家庭用モニター6台を組み合わせて巨大モニターとして使用し、コスト削減の工夫をしている。

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トルコ語、エジプト語、ロマ語を含む8言語による一般チャンネル「RTK 1」の夕方のニュースを担当するスタッフたち。話せる言語が異なるため苦労はあるが、スタッフ間の情報共有に力を入れている。

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番組制作ではデジタル化が進んでいるが、インフラ整備の遅れにより、現在でもアンテナ送信によるアナログ放送を行っている。

コソボ ラジオ・テレビ局(RTK)ディレクター長 ロリック・アリファイさん

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ロリック・アリファイさん

一般チャンネルの「RTK 1」、情報番組チャンネルの「RTK 3」、アート・文化チャンネルの「RTK 4」の3つを統括する。「プロジェクト実施後は、技術面や編集面について異なる民族間でコーヒーを飲みながら話をしてより親密になり、番組制作がやりやすくなりました」。

RTK2ディレクター代行 アレクサンドラ・エヴァノビッチさん

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アレクサンドラ・エヴァノビッチさん

2013年に開設されたセルビア人向けチャンネル「RTK 2」を担当。「RTK 1」と協力しながら番組制作を行い、国際的なグランプリを受賞した番組もある。「アルバニア人の間で起きていることや彼らの主張を番組視聴を通じてセルビア人が知ることが両民族のつながりを生むと思います」。

コソボ共和国(Republic of Kosovo)

【画像】2008年に独立。EU加盟を目指す同国は自立的な経済の構築を最優先に進めたため、都市部では人口の増加もありごみ処理の問題が深刻化していた。