適切な森林管理が災害を防ぐ 北マケドニア

北マケドニアの今

洪水や土砂災害が頻発する北マケドニアで、森林の保水力を取り戻し防災につなげる挑戦が始まっている。

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治山工事が行われる予定の山をドローンで撮影。こうした画像から詳細なデジタル地形モデルを作成し、治山工事の範囲や施工方法の検討に利用する。

森林保全と治山技術で災害を防ぎます

洪水や土砂災害が多発

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ラドビシュ、首都:スコピエ

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専門家として北マケドニアで活動する稲田さん。

北マケドニアは自然災害が多く、近年は洪水や土砂災害が多発している。2015年8月、西部のテトボ市で鉄砲水が発生し7名が死亡、5000人が被災、2016年8月には首都スコピエ市を大洪水が襲い、23人が死亡、約3万人が被災し、住宅地、交通インフラ、農地などにも深刻な被害を与えた。

そこで2017年から行われているのが、洪水や土砂災害に対する防災・減災能力の向上を目的とするJICAのプロジェクトだ。専門家として現地に派遣されている稲田徹さんによれば、今のプロジェクトの前身プロジェクトでは、同国の政府機関と森林火災情報システムの整備が行われたという。「これによって森林の乾燥度や火災発生場所を関係機関で共有できるようになり、森林火災への対応や防災・減災の能力が強化されました。今回は、危機管理センターと森林公社を相手国機関として、森林火災情報システムに土壌侵食、地すべり、洪水などの情報も管理できる機能を加え、被害の軽減を目指しています」と、稲田さんは説明する。

森林の力で防災

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保水力の観測施設。

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土砂をせき止め、山を安定させるチェックダム。

さらに、洪水や土砂災害の発生そのものを抑えるために、もともと生態系が持つ機能を活用した防災・減災(Eco-DRR)が取り入れられた。その理由を稲田さんはこう語る。「災害の大規模化は地球温暖化による気候変動の影響もありますが、流域の森林が健全に保全されず、保水力が低下していることも要因のひとつです。そこで、森林機能を向上させるための森林保全と治山工事などを組み合わせて防災・減災するEco-DRRの手法が有効だと考えられ、採用されました。」

プロジェクトの現場の一つ、ラドビシュでは2019年2月から森林管理計画の更新と治山工事が進んでいる。災害に対する森林の機能(水源涵養(かんよう)(注1)や土砂防備)を生かすため皆伐(かいばつ)面積を少なくしながら、その場所に適した樹木を育てる計画に更新。同時に植林などを実施した結果、森林の保水力が上がり、土砂くずれや地すべりなどの防止につなげることを目指している。

さらに、植林によりどの程度保水力が上がっているかを調査するためモニタリングの機材を6か所に設置した。水と土壌、両方の流出量を観測するもので、データは森林公社が収集。大学と協同で解析し、洪水や土砂災害に対する森林の効果を測る。「プロジェクト終了後も大学での研究が続けられることになっています」と、稲田さんは今後の展開に期待する。

(注1)雨水を吸収して水源を保ち、同時に河川の流量を調節すること。

日本の経験を生かし還元を目指す

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京都・嵐山での研修。

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西バルカン諸国の担当者が集まるセミナーでプロジェクトの現場を訪問。

プロジェクトでは2019年11月にEco-DRRのコンセプトと北マケドニアでの具体的な取り組みを広くバルカン諸国に知ってもらうための国際セミナーを開催。2022年には最終セミナーを予定している。

「バルカン半島は多くの山地や河川が複雑に入り組み、関連性が強いため地域全体で防災に取り組むことが重要です。セミナーをきっかけに、各国でEco-DRRの考え方の普及や具体的な施策につながれば」と稲田さんは語る。2019年4月から5月にかけて、北マケドニアの防災担当者が、西バルカン諸国とブルガリア、クロアチアを訪れ、本プロジェクトの紹介と国際セミナーの開催案内を行った。どの国も森林管理や防災対策に同様の課題を抱えていて、関心は高かった。

「プロジェクトの実施地域では住民たちへEco-DRRの啓発活動も行われ、理解が深まっていると感じています。日本は急峻な山が多く、毎年のように豪雨や土砂崩れが発生していますが、経験をふまえて備えも続けてきました。そんな日本の知見を北マケドニアで生かすと同時に、当地での経験を日本へも還元したいと考えています」

Eco-DRRは自然を生かした防災

2011年ごろから、自然環境の劣化が災害リスクを高めているとの報告が国際的になされるようになり(注2)、環境保全、気候変動対策、防災・減災は密接に関係があるため、統合的に取り組む必要があると指摘されてきた。

そこで出てきたのが「生態系を活用した防災・減災(Ecosystem-based disaster risk reduction:Eco-DRR)」という考え方だ。

自然を利用した防災は、歴史的に日本を含めた世界中で行われてきた。たとえば、日本でもよく見られる防風林はEco-DRRの一例で、スロベニアから北マケドニアまでの西バルカン地域にも存在する。自然を利用した防災・減災の取り組みを昔から行ってきた日本は、Eco-DRRの経験・事例が他国と比べて多い。その知見は、途上国でも生かされていく。

(注2)UNEP and CNRD(2014)The Ecosystem-based Disaster Risk Reduction, Case Study and Exercise Source Book

危機管理センター長官 プロジェクトディレクター アグロン・ブジャクさん

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アグロン・ブジャクさん

「防災・減災のためにはマケドニアの諸機関、住民と協働して活動することが重要だと感じています。今後も危機管理センターの総力を挙げて取り組んでいきます」

危機管理センター分析評価戦略計画局長 プロジェクトマネージャー ステフコ・ステファノスキさん

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ステフコ・ステファノスキさん

「森林火災危機管理能力向上プロジェクトのときから引き続き、今回のプロジェクトでもシステム開発を担当しました。森林火災だけでなく、洪水、土砂災害へと取り組みが広がっています。私たちの国に本当に必要なシステムとして育っていくと感謝しています」

森林公社副社長 兼森林管理計画部長 ミレ・トライノビッチさん

【画像】「日本での研修で治山などの事例を視察し、森林を含む流域をデザインする機関の必要性を感じています」

北マケドニア共和国(Republic of North Macedonia)

【画像】1991年旧ユーゴスラビアより独立。国土面積は九州の約3分の2。その約8割が山岳・丘陵地帯で、森林が約4割。毎年のように洪水や森林火災、集中豪雨に伴う土砂災害、寒波・熱波などの自然災害が発生している。