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- 西バルカン地域 成長力と魅力に出会う mundi 2019年12月号
- マリモスト 特別レポート 元サッカー日本代表 宮本恒靖が架けた“希望の橋”
いまだ民族感情のわだかまりが残るボスニア・ヘルツェゴビナに、子どもたちが民族の垣根を超えて通うスポーツアカデミーがある。
立ち上げから3年の今、現地語で"小さな橋"と名付けられたその取り組みは地域へと広がり大人たちをも結びつけようとしている。
文:光石達哉
「子どもたちに視野を広げてほしい」という思いから、2017年にはマリモストの子どもたちを日本に招待した。
"ともにボールを追いかける経験が平和への礎になる"
分断された街モスタルをスポーツでつなぐ
元サッカー日本代表主将の宮本恒靖さんが、スポーツアカデミー「マリモスト」を設立するためにボスニア・ヘルツェゴビナ南部の街モスタルを初めて訪問したのは2014年2月。その後、多くの関係機関との調整を重ね、マリモストは2016年10月に本格的に活動を開始した。宮本さんは現役引退後の2012年にFIFA(国際サッカー連盟)が主宰する修士課程「FIFAマスター」に進学。グループで作成した修士論文で、民族融和を図るスポーツアカデミーについて研究したのがマリモスト設立のきっかけだ。
1992~1995年のボスニア紛争が終結して20年以上経った現在も、同国ではボスニア人(ムスリム)、クロアチア人、セルビア人などの民族間に対立感情が残っている。激戦地だったモスタルでも、街の中央を流れるネレトバ川の西側にクロアチア人、東側にボスニア人、郊外にセルビア人とそれぞれに居住区が分かれている。学校のカリキュラムも異なり、子どもたちが他の居住区と行き来することはあまりない。街のスポーツクラブも民族によって分かれているため、他民族の子どもたちが仲良くなることはほとんどない。
ボスニア・ヘルツェゴビナ モスタル
宮本さんらが設立したマリモストは、あらゆる民族の子どもたちを平等に受け入れているのが大きな特徴だ。それぞれの居住区の小学校で説明会を行ったり、チラシを配ったりして子どもを集め、現在は5歳から14歳までの90人弱が通う。そして異なる民族の子どもたちが一緒にボールを追いかけ、垣根を超えて友達をつくっている。
マリモストの活動を支援するNPO法人Little Bridgeの代表理事・樋口昌平さんは「もともと子どもたち自身は、民族の違いを意識することはないと私たちは考えています。成長するにしたがって、さまざまな外的要因によって徐々に違いを意識するようになるのです。小さな頃から他民族の子と一緒にスポーツを楽しみ、自然に交流する機会をつくることができれば、対立感情は生まれないと思います」と説く。
2017年のモスタル訪問時に子どもたちを指導する宮本さん。
「マリモスト」は現地語で“小さな橋”の意味。モスタル市のネレトバ川に架かる、民族間をつなぐ「スタリモスト」という名の象徴的な橋がその名称の由来。
紛争を経験した親世代が一致団結
マリモストは、子どもたちだけでなく紛争を経験した親世代の融和にも取り組んでいる。
日本の支援により建てられたクラブハウスでは、子どもの送迎に来た親同士がお茶を飲みながら会話する機会も増え、保護者同士でフットサルも楽しむようになった。2018年に日本の子どもたちがスタディツアーで現地を訪問したときは、親同士が「お世話になった日本に恩返しを」と、民族を超えて協力し、バーベキューパーティを開いて歓迎した。2018年からは、モスタル周辺地域のサッカーチームが民族に関係なく集まって対戦する「マリモストカップ」を開催するなど、市民にもその活動は認知されつつある。
「マリモストに来ている子たちは、他民族の子もリスペクトすることができています。彼らが大人になったときに、そういう体験を次の世代に伝えていくことが私たちの願いです」と、樋口さんは未来を見据えている。
2018年夏に日本の子どもたちがマリモストを訪れた際には、民族の異なる保護者たちが団結して子どもたちをバーベキューでもてなした。
民族が違ってもみんな友達
Message from Tsune
仲間と協力し合い、相手の選手やチームメイトをリスペクトし合うスポーツには、国境や民族の壁を超えて人々を結びつける力があることを信じています。一生懸命にボールを追いかける子どもたちの顔からは、民族の違いによる偏見や対立感情を感じることはありません。彼らが大人になってからも友好を深め、平和なよりよい社会を築いてくれることを願っています。
宮本恒靖(みやもと・つねやす)さん
元サッカー日本代表主将。2002年日韓大会、2006年ドイツ大会と2度のW杯に出場。現役引退後にFIFAマスターに留学し、帰国後はJFA国際委員、Jリーグ特任理事などを務めた。2018年よりガンバ大阪監督。
宮本恒靖さん
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