マルチセクトラルな取り組み

子どもから大人までの健康を ガーナ

保健、農業・食料

JICAは保健分野や農業分野のガーナの機関とともに、人々の生涯を通じた栄養改善に協力している。
保健分野では、住民の栄養カウンセリングに取り組み、農業分野では、栄養価の高い米を生み出す加工技術の普及を進めている。

文:久保田真理 写真:阿部雄介

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子どもの成長に合わせて必要な栄養がとれるよう、食べ物や献立などを考えるグループワークを実施。

ガーナは政治的にも社会的にも安定し、西アフリカにおける民主主義の模範国とされている。2011年にはアフリカ最大の経済成長率15パーセントを記録するなど目ざましい発展を遂げ、低中所得国となった。そんなガーナでは、国家政策として1999年から地域保健サービスの推進を図る、CHPS(Community based Health Planning and Services)の活動が始まった。これは駐在するヘルスワーカーが現場に出向くアウトリーチ活動やコミュニティへの啓発を中心とした、妊産婦や母子そしてコミュニティ全体を対象にしたケア、疾病予防や健康増進活動である。JICAはCHPS政策を多方面から後押ししている。

正しい栄養の知識を学び、伝える

母子手帳を用いて栄養改善のアドバイスを

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研修の様子。毎日食べることが推奨される四つの食品群に食材を分類し、栄養の知識を身につける。

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生後2か月の子どもと定期健診に来たギフティー・オセイさん。「子どもの食べ物に関する役立つ情報を知ることができてうれしい」。

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妊娠8か月のギフティー・アドさん。「初めての子どもなので、ヘルスワーカーから正しい食事をとれていると言われ安心しました」。

現在、世界各国において母子の健康を守るツールとして活用されているものに、日本発祥でJICAが世界に発信し続けている母子健康手帳(通称、母子手帳)がある。ガーナの母子手帳には、産前産後の母体の健康状態や乳幼児の成長が記録できるとともに、食事や栄養について豊富なイラストで解説され、栄養カウンセリングの記録もつけられる。ガーナではJICAの協力により2016年から母子手帳の作成が行われ、2018年に完成して全国での配付が始まっている。JICAはこれを有効に活用してもらおうと、ガーナ保健省などと協力して全国のヘルスワーカーの研修を行っている。2019年11月までに1500名あまりのヘルスワーカーが研修を受講。同年の11月中旬、アクラに次ぐ大都市クマシを州都とするアシャンティ州では、ヘルスワーカー120名が30人ずつのグループに分かれて母子手帳を活用した栄養カウンセリングサービスの3日間の研修を受けた。

「ヘルスワーカーの多くは母子栄養の重要性の認識や知識を持っていますが、それぞれの妊産婦や母子に合わせたカウンセリングまでは行っていませんでした」と話すのは、栄養専門家の櫻井杏子さん。母子手帳の体重・身長の成長曲線を用いて子どもの身体発育や栄養状態を評価し、食事や衛生習慣について聞き取りを行ったうえで、ひとりひとりの子どもの状況に合わせた食事や衛生面のアドバイスをすることや、地域や生活環境、季節に応じて手に入りやすい食材を使って食生活の改善策を提案することなどの大切さが、研修では説明された。また、妊娠中の貧血や体重増加量、体調などをふまえて栄養カウンセリングを実施することも伝えた。妊婦や母親の話に丁寧に耳を傾け、実行に移しやすい対応策を提案できるようになるよう、保健施設での実習も行った。

また、母子手帳には妊産婦と乳幼児の食生活ガイドや、バランスよく摂取すべき食品群のイラストも記載されている。この情報を十分に活用・実践していくため、子どもの月齢に合わせて離乳食(補完食)のメニューを組み立てるグループワークも行われた。ベテランヘルスワーカーのハナ・フリッポンさんは、「絵が豊富な母子手帳を使うことでお母さんたちの理解が進みます。また、BMI(身長と体重から算出する肥満度指数)を計算し、妊娠中に推奨される体重増加量を考慮して栄養カウンセリングを行うことを、この研修で初めて知りました」と充実した表情で話してくれた。

研修講師を務めるグレイス・ビリー・カンピティプさんは「人々が健康になれば意欲的に働くことができ、経済的にも成長をもたらします」と国の発展にも期待を寄せる。特に妊娠期および0歳から2歳までの栄養改善はその後の一生に大きく関わることから、ガーナ政府も優先して取り組んでいる。

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ガーナで2018年から配付している母子手帳。

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乳幼児定期健診で栄養カウンセリングの実技研修をするヘルスワーカー。家庭環境や受診歴、食事の現状、子どもの栄養状態などをふまえ、それぞれに合わせた食事指導を行う。

ヘルスワーカー ハナ・フリッポンさん

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ハナ・フリッポンさん

地域に密着したサービス提供で8年のベテラン。「今回の研修で身につけた知識をカウンセリングに生かしていきたい。これまでも、低体重の子どもが体重も増えて元気になっていく姿に喜びを感じていました。カウンセリングによってお母さんと子どもがもっと健康になってほしい」。

州講師・クワダソ郡保健局長 グレイス・ビリー・カンピティプさん

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グレイス・ビリー・カンピティプさん

ヘルスワーカー対象の研修で栄養の講義を担当。JICAの「アフリカ地域女性指導者のための健康と栄養改善」研修の受講者でもあり、帯広で学んだ"食育"をガーナで実践している。「カウンセリング時に、それぞれの子どもの成長や家庭環境に合わせたアドバイスをするのに役立つ知識や方法を伝えました。栄養改善を通じて人々が健康になることで、さらにはガーナの発展につなげたい」。

栄養専門家 櫻井杏子(さくらい・きょうこ)さん

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櫻井杏子さん

2018年よりガーナのプロジェクトに参加。これまでにカンボジアの保健プログラムも担当。「妊婦や母親が食生活の改善を実行に移せるようにするための、継続的な働きかけとサポートが重要です。今後栄養と農業、水・衛生などの分野との協力が進めば、母子の健康と子どもの健やかな成長へのさらなる貢献につながるでしょう」。

栄養補助食品を提供

妊娠期からの1000日を栄養補助食品でサポート

海外協力隊員の小山裕美さんは、国連の食料支援機関である国連WFPが2019年7月にスタートさせた、妊産婦と母子を対象に栄養補助食品を提供する事業に参加。北部にある第3の都市タマレを中心に活動し、シリアル、油、塩、子ども用サプリメントを配っている。特にガーナでは、栄養不足から発育阻害が起こり、2歳児の約3割が標準の身長に満たない状況にある。「サプリメントを対象の子どもではなく他の兄弟に与えてしまうケースも。胎児の頃から2歳の誕生日までの1000日の栄養状態がどれだけ重要か、みなさんに地道にくり返し伝えています」と小山さん。テンペククオ地区のCHPSの施設長、アヤジ・アミナ・モハメットさんは「子どもの体重や身長に関心を持つお母さんが増えてきました」と、この取り組みの成果を感じ始めている。

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保健施設での定期検診に合わせて、月に1度栄養補助食品を配る。お母さんたちの栄養に関する質問にヘルスワーカーが答える時間も設けている。

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栄養補助食品の提供対象者は自身のカードを持参。子どもの年齢に合わせた食品が適切に渡っているか、情報を管理している。

CHIPS施設長 アヤジ・アミナ・モハメットさん

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アヤジ・アミナ・モハメットさん

「栄養や測定に関心を持つお母さんが増えてきて、低体重も改善されてきています」。

協力隊員(栄養士) 小山裕美(おやま・ひろみ)さん

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小山裕美さん(写真右)。国連WFPの発育阻害予防プロジェクトに携わるみなさんと。

管理栄養士。2018年3月よりガーナで活動。「栄養補助食品を受け取る人の情報を管理したり、食品の提供が適切に行われているかモニタリングしたりしています。栄養補助食品を摂取するようになってから母乳の出がよくなったという声もお母さんから寄せられています」。

いつもの離乳食に栄養をプラス

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ココプラス

ソーシャルビジネス立ち上げのため、事前調査を実施。現地の食習慣の尊重、低身長の問題の改善、おいしさの追求をコンセプトに、栄養サプリメント「ココプラス」が開発された。1袋10円ほどで1日1袋の摂取が目安。2018年からは、ヘルスワーカーらが栄養教育を行いながら、栄養改善のひとつの手段として紹介している。

公益財団法人 味の素ファンデーション 上杉高志(うえすぎ・たかし)さん

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上杉高志さん

2015年よりプロジェクトに参加。「まず"栄養の価値"を伝え、かつ効果を実感するために最低1か月くらい継続摂取してもらうことが、難しいけれども重要。ヘルスワーカーの力を借りて、お母さんたちの信頼を得ることが課題解決の鍵です」。

生涯を通じて健康に!

すべてのライフステージで栄養改善、健康増進を

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村の広場に出かけて大人を対象に血圧を測定。ガーナには大人向けの健康診断がないため、今後は定期的に検診を受けられる仕組みを作っていく。

対応は子ども以外にも広がっている。ガーナ北西部のアッパーウエスト州ではJICAの日本人専門家の支援で、CHPS地域保健サービスの実施の強化を他の州に先駆けて進めており、模範州となっている。住民まで届くこのCHPSシステムを活用して、母子保健の強化が2016年まで行われ、2017年からは母子保健サービスだけでなく、あらゆる年齢層のライフステージに合った疾病予防や健康増進のためのサービスを提供するために、ライフコースアプローチ(注1)の概念に基づいたサービスの導入を進めているのだ。

子供たちの栄養不足がある一方、社会経済的な変化により、先進国のように肥満、高血圧、糖尿病などが増加傾向にある。そのため、住民の健診による早期の疾病発見、健康増進のための栄養改善や運動の促進、疾病予防のためのサービスの充実を地域コミュニティベースで図っている。現在、バランスのよい食事のとり方を紹介する教材ビデオも制作中だ。

(注1)成人の疾病を、その人の胎児期や幼児期やそれまでの人生にわたる要因で説明しようとする考え方。

保健専門家 佐藤千咲 (さとう・ちさき)さん

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佐藤千咲さん

2018年よりプロジェクトに参加。フィリピンでも母子保健のプロジェクトの経験がある。「戦後の日本で地域の保健師が活躍してきたように、ガーナでもヘルスワーカーが地域に出かけて活躍していくためのさらなるサポートを行っていきます」。

農家の栄養を改善

栄養価を高めた米で農家の健康もアップ

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精米前(写真手前)と精米後のパーボイル米。

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パーボイル加工とは、籾を水または温水に浸したあとに水蒸気で蒸し、乾燥させて(写真)精米すること。

ガーナの北部では、伝統的に収穫後の米を"パーボイル"処理することで砕米の発生を抑制してきたが、これにより精米後の栄養価ロスが低くなるという特徴に着目し、さらに付加価値を高めて販売するための試みが進められている。

「栄養分析を行った結果、パーボイルすることで、精米のビタミンB類が約3倍にアップすることがわかりました」と技術指導や消費普及を行うババ・アブドゥライさんは語る。

ガーナ国内では、一人あたりの米の消費量が2000年から10年間で2倍に増加しているものの、北部では主食がトウモロコシのため、特に農村部では調理方法をあまり知らない人も多い。そこで同地域では、主食に使うトウモロコシ粉を米粉で代用できることを広めようと模索している。

「トウモロコシを多く食べる食習慣の人は、一部ビタミンB類が不足しやすいとされています。そのため、パーボイル米の消費を促進することで、栄養改善につながることが期待されます」とババさん。

異なるプロジェクト、異なる関係者、異なる分野で進む栄養改善へのアプローチ。かつて戦後の日本が健康的な食習慣を手にしていったように、ガーナ国民が栄養に着目し、食を通じて健やかに成長する日が訪れるよう多くの人が奮闘している。すべての人々が生涯にわたって健康でいられることは、同国の持続可能な発展にもつながっていく。

(注2)中部・北部の35郡を対象に、雨水を利用した稲作の普及を支援。米の生産量増加や安定を通じた農家の収入向上を目指している。

ノーザン州農業局 ババ・アブドゥライさん

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ババ・アブドゥライさん

2012年から2年間、日本の東京農業大学に留学。「農業の技術指導だけでなく、販売や栄養の知識も伝えることで、栽培計画をどう立てるかを農家が考えるようになり、意識が変わってきたと感じています」。

ガーナ

【画像】国名:ガーナ共和国
通貨:ガーナセディ
人口:2,976万人(2017年、世界銀行)
公用語:英語

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首都:アクラ

1957年に英国より独立。1990年代に民主化が進み、2001年にはガーナの歴史上初めて選挙による与野党間の政権交代が実現。経済は農業・鉱業等の1次産品依存型であり、カカオ豆、石油等を輸出する。