信頼でつながる中東と日本

文化遺産を地域の発展の一助に パレスチナ・ジェリコ

資金を提供するだけでなく、相手の立場にたって技術を伝え、人材を育てる-
この姿勢が日本人や日本企業への信頼を熟成し、中東と日本は良好な関係を築き上げている。

文:光石達哉 写真:阿部雄介

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歴史的な遺産を守るためJICAの協力が進むパレスチナの観光名所、ヒシャム宮殿。

歴史的遺産を両国でともに守る

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建設現場では日本人とパレスチナ人合わせて約25人が働く。現場では日本のように標識の掲示なども徹底している。安全文化を輸出・定着させることも重要なミッションだ。

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標識の掲示。

パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区の町ジェリコは、紀元前1万年には人が住んでいたとされる世界最古の都市で、聖書にもたびたび登場する。8世紀にはイスラム王朝のウマイヤ朝が、この地にヒシャム宮殿を建設。初期イスラム建築の代表的な文化遺産で、単体では中東最大級といわれる大浴場のモザイク床が当時の栄華を今に伝える。

しかし、以前はこのモザイク床は保護のため砂や布がかけられていて鑑賞できず、そのため観光客が許可なく砂を掘り起こして傷つけるおそれもあった。そこで、モザイク床を保護しつつ観光客が鑑賞できるようにするドーム型シェルターの建設を、JICAが支援している。シェルター内にはモザイク床を見下ろすための観賞用通路を張り巡らせる予定で、2020年5月の完成を目指して工事が進められている。

シェルターの設計・施工管理を受諾したマツダコンサルタンツの髙木政一さんは「パレスチナ観光遺跡庁は自分たちの意見を聞いてくれる協力相手を求めていて、私たちはその点でいい関係を築けていると思います」と話す。「たとえば、設計のときには、現地の考古学者や大学の先生、国連教育科学文化機関(UNESCO)、建築家などを招いて、3度にわたる有識者協議会を開き、遺跡保存や観光資源活用、景観への影響などの視点でさまざまな意見を取り入れながら進めました」と語るように、計画では現地の意見が尊重された。同社の常駐監理者、賀上眞久さんは「この地の地中にはまだ遺跡が埋まっている可能性があるので、できるだけ地面を掘らずに上に置くような形の設計の基礎を採用しています。建物の強度は基礎同士をつなぐことで確保しています」と遺跡を傷つけない工夫を語った。

また、パレスチナにはほかにイエス・キリスト生誕の地など豊富な観光資源がある。紛争のイメージが強いことや観光に関するノウハウの不足により観光産業が停滞していたことから、JICAは2008~2016年に観光振興の支援も実施。観光案内所の設置や住民とお土産品の開発などに取り組んできた。

「『JICAの仕事をしているのか?』と、市民から親しく声をかけられることもあります。このプロジェクトについても信頼や期待を感じます」と賀上さん。

日本の誠実な取り組みが、パレスチナの人々にも認められ、実を結ぼうとしている。

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【シェルター建設中のため、モザイク床をカバーで保護しています】モザイク床は面積825平方メートル。モザイク床鑑賞用のドーム型シェルターを建設中。

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【床のカバーをはがすと、8世紀のイスラム王朝の大浴場の遺跡が!】工事前に披露されたモザイク床。広大なスペースは入浴後にくつろいだり歓談したりするスペースだったといわれている。

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シェルターは55×45メートルの大きさで、高さは約13メートル。

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上はシェルターの模型と設計図。下はモザイク床。

パレスチナ観光遺跡庁 ジェリコ支所長 イヤッド・ハムダンさん

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イヤッド・ハムダンさん

「パレスチナには2019年、約200万人の観光客が訪れました。日本からは、観光振興のため過去10年間、さまざまな研修やワークショップの開催、市内の観光案内所等の施設設備の協力を得ています。今後も未整備の遺跡の修復を進めて、観光客がもっと長期滞在できる街づくりを目指します」

マツダコンサルタンツ 賀上眞久(かがみ・まさひさ)さん、髙木政一(たかぎ・まさかず)さん

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賀上眞久さん(写真右)、髙木政一さん(写真左)

賀上眞久さん

「遺跡を傷つけないように、地面から30センチメートル以上掘る場合は観光遺跡庁の了解を得ることになっています。実際に陶器の破片などが出てきたりしましたが、その場合は工事を止めて観光遺跡庁の指示をあおぎ、慎重に進めています」

髙木政一さん

「シェルターが完成した後は、モザイク床や遺跡自体の修復という作業が必要になってきます。それも観光遺跡庁は引き続き日本に協力してもらいたいという意向を示しているので、今までの仕事が評価されているのかなと思います」

地域の観光業を後押し パレスチナ/イスラエル/ヨルダン

日本政府は、「平和と繁栄の回廊」構想の一環としてパレスチナ、イスラエル、ヨルダンの観光業を促進する取り組みを行っており、ヒシャム宮殿でのプロジェクトもそのひとつ。JICAは2019年に、外務省と日本旅行業協会との共催で日本の旅行業者向けにパレスチナをPRするセミナーとツアーを開催した。2020年は、この地域を周遊するツアー企画などを行うプロジェクトも始まる。

バンクシーのアート

【画像】覆面芸術家バンクシーが手がけた、ベツレヘムにあるホテル「ザ・ウォールド・オフ・ホテル」。ホテル内や街中ではバンクシーのアート作品が鑑賞できる。

ヨルダンの円形劇場

【画像】こちらはヨルダンの首都アンマン。手前は6,000人収容できるローマ時代の円形劇場で、奥の丘の上にはアンマン城が見える。

キリスト生誕の地

【画像】ベツレヘムの生誕教会。教会の地下の祭壇にはイエス・キリストが誕生した場所を示すとされる星形の印がある。

誘惑の山

【画像】イエス・キリストが40日間の断食苦行を行ったとされるジェリコの「悪魔に試みられた誘惑の山」。切り立った崖肌に修道院があり、観光名所のひとつとなっている。