信頼できる警察とともに暮らしを守る

住民と警察で治安のよい地域に エルサルバドル

安全で安心できる暮らしを送るには、治安のよい生活環境が不可欠である。
JICAはブラジルとの三角協力(注1)により、中米のエルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラにおいて地域警察の導入・普及に力を入れている。

(注1)三角協力とは、途上国が他の途上国に対して行う南南協力を、先進国や国際機関が資金・技術・運営方法等で支援すること。

文:久保田 真理 写真:松木雄一

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地域住民にハンモックの作り方を教えている警察官のアリアサさん。技術を身につけて収入を得ることで、若者が犯罪に近づくことを防ぐ。

日本式の地域警察がお手本!

日本の地域警察をブラジルから学ぶ

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首都サンサルバドルの中心部にある大聖堂。

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サンサルバドルの郊外の風景。日本に似て火山が多い。

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私たちが治安を守ります!

中米の北部三角地帯と呼ばれるエルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラは、治安が世界最悪レベルといわれている。2018年に、これらの国々からアメリカを目指す移民の大集団「キャラバン」が発生したが、その背景には経済的な貧しさとともに、ギャング集団の活動による治安の悪さがある。2017年の人口10万人当たりの殺人件数(以下、殺人件数)は、エルサルバドルが61.8、ホンジュラスが41.7、グアテマラが26.1と、世界平均6.1を大きく上回っており(日本は0.2(注2))、治安の改善は各国政府にとって最重要課題の一つになっている。

かつてはブラジルも治安が悪く、都心部を中心に殺人、強盗、傷害などの発生率が高かったことから、1997年にサンパウロ州警察は日本の交番を中心とした地域警察活動を参考に、独自に地域警察システムの導入を始めた。JICAは2000年から、日本の警察庁・都道府県警などの協力の下、日本での研修やサンパウロ州への専門家派遣を通じて、州警察の取り組みを支援してきた。「治安改善のためには、犯罪発生後の対処だけではなく、犯罪を予防できるようふだんから警察官と住民がコミュニケーションをとることが非常に重要です」と、ブラジルでの地域警察活動プロジェクトで2006年9月から1年半専門家として警察官らの指導に当たり、現在はJICAの安全対策技術顧問を務める石井孝さんは話す。地域警察の活動が浸透した結果、ブラジルでは犯罪率が低下し、交番を中心とした地域警察の取り組みはサンパウロ州から全国に広がっていった。

現在は、サンパウロ州警察がこれまでの協力の経験を生かして、エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラに対する地域警察の導入・普及をJICAのパートナーとして支援する三角協力が実施されている。エルサルバドルでは2008年から、同国の治安維持を担う国家文民警察(PNC:Policia Nacional Civil)に対して地域警察活動を根づかせるための支援が開始された。これまでサンパウロ州警察が、エルサルバドルの警察官を研修に招いたり、警察官をエルサルバドルに派遣して現地指導を行ったりしてきた。

(注2)国連薬物犯罪事務所(UNODC)、2017年。

JICA安全対策技術顧問 石井 孝(いしい・たかし)さん

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石井 孝さん(写真右)

神奈川県警察川崎市警察部長を経て、現職に就く。「対決型の治安維持には限界があり、住民協力を得るためにも警察官からの地域への歩み寄りが必要。ブラジルの地域警察の成功例が、社会的背景が似ている中米諸国の励みになっています」。

犯罪の摘発から防犯に重点を置く

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地域にサッカー場が整備され、ユニフォームを着た子どもたちがサッカーを行っている。警察官らがスポーツマンシップも教えている。

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警察官と話をする子ども。警察官と身近に接することで、日常生活から犯罪の芽を摘むことにもつながる。

PNCが地域警察活動を取り入れる一方で、若者を中心とするギャング集団「マラス」による凶悪犯罪が深刻化し、2015年には殺人件数が100(注3)を超えた。地域警察課長のオリバレス・リベラさんは、「近年では、若者犯罪集団の勢力が増して家族や近隣住人を巻き込む組織犯罪が横行したため、PNCではこれらの摘発を優先してきました。しかし、治安の根本的な改善には地域警察による犯罪予防が重要です」と説明する。そこでPNCは、住民とともに地域の課題を解決して防犯につなげる新しい警察モデルを全国に普及させるプロジェクトをJICAに要請し、2015年から開始している。

PNCでは、地域警察活動に関するマニュアルを作成・配付したほか、地域警察活動について指導を行うインストラクターを育成し、地域警察の活動を全国で強化しようとしている。また、警察学校の初任科教養で地域警察が正式な科目となり、新たに採用されたすべての警察官が地域警察の理論と実践を身につけている。「地域警察活動の認識や知識は深まっていますが、理論どおりには実践できないこともあります。また、都市部と農村部では地域コミュニティの状況が異なるなど、地域の特性をふまえることが必要です。そこで、地域警察活動の好事例を体系化して警察官が共有し、状況が似た地域で取り入れることで、実践を強化しようとしています」と、リベラさんは現状を説明する。

さらに、地域警察の活動を強化するために警察官の勤務環境を改善するとともに、住民が気軽に訪れて警察官と対話できる環境にするため、これまでに全国32か所の派出所の整備・改修が行われた。

(注3)国連薬物犯罪事務所(UNODC)、2015年。

国家文民警察 地域警察課長 オリバレス・リベラさん

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オリバレス・リベラさん

警察学校の副校長を経て現職に就く。「エルサルバドルの社会的・経済的発展のためには、治安の安定が重要。警察が地域に積極的に関わり、警察と地域住民が相互に信頼関係を築くことで、犯罪を未然に防ぐ社会が構築されます。

コミュニティ活動に積極的に取り組む

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ハンモック作りに熱心な青年たち。ハンモック製作を通じて、資材に投じる支出や販売による収入についても学ぶなど経済的自立を助けている。

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派出所を訪ねてきた住民の名前や来訪目的などを記録する警察官。住民が訪ねやすい派出所にするための改修が進められている。

エルサルバドルでは地域警察活動が実を結び、コミュニティが変化した地域がいくつかある。かつて全国でも最も犯罪率の高い10市のひとつとされたサンミゲル県チャぺルティケ市では、約40人の警察官が地域警察活動に従事している。かつては暴力事件が多かったフワラ村で行われている活動でユニークなのが、ハンモック製作プロジェクトだ。子どもの頃からハンモック作りに携わってきた警察官のマリオ・アリアサさんが、同村の住民に作り方を教えている。アリアサさんは「2019年は40人に教えて、販売できるまでになりました。2020年はさらに多くの人を巻き込み、経済的な自立のためのサポートを行っています」と語る。これまで、午前中に学校を終えて手持ち無沙汰にしていた子どもたちは犯罪に巻き込まれやすい状況にあったが、このハンモック製作を通じて技術を身につけ、収入を得て生活が安定することで、防犯につながっているという。

また、青少年が非行に走らないようにするための教育プログラムを行う警察官のマルタ・ガルシアさんは、ブラジルでの研修で多くを学んだ。「地域との関係を深めるために、警察官の電話番号を開示したり、地域のリーダーとSNSのグループチャットをしたりする実例を知ってたいへん驚きました。帰国後、不安な気持ちながらも実行に移したところ、今では住民から犯罪につながる情報が寄せられるようになりました」と話し、住民との信頼関係の重要性を再認識できたという。

ハンモック作りに参加する住民の声

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ビッグレル・グッディアレスさん

ビッグレル・グッディアレスさん

ハンモック作りで、警察官と住民がたがいを知ることができました。

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ミマニセラ・ベニーテスさん

ミマニセラ・ベニーテスさん

作り方を学べて楽しい。警察に守られている安心感があります。

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エリザベス・アルゲータさん

エリザベス・アルゲータさん

若者が学べること、そして経済的な支援にもなっていることに感謝!

警察官

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マリオ・アリアサさん(写真左)、マルタ・ガルシアさん(写真右)

マリオ・アリアサさん

「ブラジルでの研修に参加し、警察官と地域が連帯していることに感銘を受けました。ハンモック製作では、昨年と今年を合わせて約100人に作り方を教えることができました」

マルタ・ガルシアさん

「ブラジルでの研修では、警察官と地域がどのように対話をするのかを学ぶことができました。エルサルバドルでも地域の自立が治安改善の鍵となると実感しています」

施設の改修や清掃活動で信頼関係を築く

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地域の拠点として使われているコミュニティセンター。警察官も住民と一緒に清掃や改修作業にあたり、住民との信頼を築いている。

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コミュニティセンターの横にある運動場でサッカーを楽しむ青年たち。警察官も整備に加わり、観戦するためのスペースも設けた。

サンサルバドル県アポパ市にあるハカランダス地区では、地域の清掃活動や、コミュニティセンターやバスケットコートの改修作業を一緒に行い、警察官が地域住民との信頼関係を築いている。同地区の住民代表のケリー・マルティネスさんは、地域の治安が改善されたことに感謝しているという。「以前は暴力事件が多く発生していましたが、警察がここに派出所を開いてからは犯罪が大幅に減り、安心して暮らせるようになりました」と話す。

エルサルバドルでの殺人件数は2015年の103(注4)から2019年には36(注5)までに改善された。さまざまな方法で住民の信頼を得ることで犯罪の予防につなげようとする地域警察の取り組みは、同国の治安改善に効果を発揮し始めている。

(注4)InSight Crime、2015年。
(注5)InSight Crime、2019年。

ハカランダス地区住民代表 ケリー・マルティネスさん

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ケリー・マルティネスさん

警察官の地域活動によって、地域住民は警察官にかなり厚い信頼を寄せています。地域の治安が不安で引っ越しせざるを得ない人もいるなか、このような状況で暮らすことができて幸せに感じています。

エルサルバドル

【画像】国名:エルサルバドル共和国
通貨:アメリカ・ドル
人口:約664万人(2018年、統計局)
公用語:スペイン語

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首都:サンサルバドル

1979年以来、政府軍とゲリラ勢力の間で内戦が続いていたが、1992年に終結。約250万人の在米エルサルバドル人による家族送金はGDPの約20%に相当するといわれ、同国の経済を下支えしている。

三角協力 コラム ブラジルの経験を中米の国々へ

三角協力により地域警察のノウハウが伝えられている。

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グアテマラ

2016年6月から2019年5月まで、JICAによる「コミュニティ警察の普及を通した警察人材育成プロジェクト」を実施。警察官は小中学校を訪問して薬物の危険性や防犯知識を定期的に説明するほか、ごみ拾い運動や植林活動などで地域住民と協働することで互いに信頼を深めている。

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ホンジュラス

2016年4月から2021年3月まで、JICAによる第三国専門家派遣「地域警察活動を通じた地域活性化」を実施。警察官と地域住民の定期会合や地域の子どもたちを対象にしたイベントの開催、日々の巡回や個別訪問の実施などにより、警察官への住民の信頼を培い、地域課題をともに解決することで防犯につなげている。

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