正しい情報を得る権利を実現

信頼される公共放送を目指して ウクライナ

2017年、ウクライナに新たな公共放送局が誕生した。
ここを拠点に、正確・中立・公正な情報を得る「国民の知る権利」を守ろうとするプロジェクトが始まっている。

【画像】

キーウにある本部で行われた教育番組『DODOLYKI』の撮影風景。

迅速な報道、多様な番組

国民の知る権利を守るために

【画像】

キーウにある公共放送局本部の外観。

【画像】

『DODOLYKI』に登場する人形。ウクライナで身近な動物などがモチーフになっている。

2004年のオレンジ革命、2014年のロシアによるクリミア併合、最近ではアメリカのトランプ大統領をめぐるウクライナ疑惑など、ウクライナに国際的な注目が集まる出来事が続いている。こうしたなか、ウクライナでは市民が正確な情報を得て状況を判断することが特に必要とされてきた。しかし実際には、少数の財閥が主要メディアを独占して情報を統制しており、内容が偏向していると国際社会から指摘されてきた。

正確で中立・公正な情報を得るという「国民の知る権利」の保障が十分でないこの状況を変えるために2017年に設立されたのが、首都キーウの元・国営テレビ局を本部としたウクライナ公共放送局(以下、PBC)だ。これにともない、独立して存在していた22の地方放送局がPBCのネットワークに統合された。

だが、本部や地方局で働いている職員のほとんどは公共放送やジャーナリズムに関する知識が乏しく、ウクライナ国内の力だけでは、市民から信頼される放送局を目指すのは難しい状況だった。そこでJICAは、知見が豊富なNHKインターナショナルに委託して、職員の能力向上と公共放送の体制づくりを目指すプロジェクトを始めた。「今まで政府から言われたことだけを放送するのが当たり前の環境だったため、公共放送としてのあり方を一から伝える必要がありました」とプロジェクトを総括する宮尾篤さんはふり返る。

変わってきた職員の意識

【画像】

日本での視察の際は、NHKのスタジオや機材室も見学した。

今回のプロジェクトには、三つの柱がある。一つ目は、市民生活に大きな影響を与えるような災害や大事件、大事故が起こった際における緊急報道の態勢の確立だ。広域での取材や放送が不可欠となる緊急報道では地方局と本部とのスムーズな情報伝達が何よりも重要となる。そのネットワークづくりのため、地方局のニュース責任者を集めたワークショップを定期的に開催している。このワークショップでは、過去に公共放送にふさわしい選挙報道のあり方なども取り上げた。

二つ目は、国民の多様なニーズに応える公共放送ならではの番組の開発・制作だ。「ウクライナ初となる子どもを対象とした教育番組と、障害者を主人公にした番組の制作を行っています。こうした番組は公共放送だからこそ作る意味があるのです」と語るのは、番組制作のバックアップを行う土谷雅幸さん。かならずしも高い視聴率を得られるわけでなく、これまで民間放送では制作されてこなかったジャンルだ。人形劇『DODOLYKI』(12回シリーズ)、障害者ドキュメンタリー番組『RAZOM』(16回シリーズ)がすでに放送された。「番組を観るのも作るのもウクライナの人たちです。だからこちらの意見を押しつけずに、彼らで答えを見つけてもらうようにしました。新しいものを作ろうとする熱意が現場にはあふれています」。

三つ目は、質の高い番組を制作するために必要な技術・機材面での支援だ。PBCの本部や地方局にある機材は老朽化したものが多く、その管理も不十分な状況にあった。そこで、新たな機材管理システムを構築するなどして、必要なときに必要な機材をすぐに使える態勢を整えた。

この三つの柱に加えて、番組制作のノウハウをまとめた職員用のハンドブックも作る予定だ。緊急報道ハンドブックはすでに完成し、本部や各地方局のニュース現場で活用されている。「いちばん変わったのは、職員のジャーナリストとしての意識。公共放送で働くことの使命感やプライドが育っているのを感じます」と宮尾さんは語る。日本の協力を得ながら、ジャーナリストたちは今日も道なき道を切り開いていく。

ワークショップを開催

ワークショップで公共放送や緊急報道などをテーマに熱い議論を交わす職員たち。

【画像】

職員が使うハンドブックを作成

緊急報道についてのハンドブック。情報を得てから放送するまでに必要な行動や知識がまとめられている。

【画像】

福祉番組も制作

障害者が主人公のドキュメンタリー番組が好評だったため、新たにウェブサイトでの展開を予定している。

【画像】

機材の管理を支援

本部、地方局ともに古い機材が多い。新しいものと交換しながら整備していく。

【画像】

【画像】

NHKインターナショナル

【画像】

宮尾 篤さん(写真左)、土谷雅幸さん(写真右)

宮尾 篤(みやお・あつし)さん、土谷雅幸(つちや・まさゆき)さん

プロジェクト開始当初から総括として全体を取りまとめてきた宮尾さんと、長年日本で携わってきた教育番組制作の知識を生かして番組制作のサポートを行っている土谷さん。「地方局の質の底上げも長期的な目標として目指しています」と宮尾さんは言う。

ウクライナ

【画像】国名:ウクライナ
通貨:フリヴニャ
人口:4,205万人(クリミアを除く)(2019年ウクライナ国家統計局)
公用語:ウクライナ語

【画像】

首都:キーウ

1991年のソ連邦崩壊に伴い独立。2014年の東部情勢悪化の影響を受けて、経済状況は深刻に。マイナスだった経済成長率は2016年にプラスへ転じたものの、今後もドナー国・機関の支援が必要とされている。