人材育成

【ICT×地方創生】日本で活躍するIT技術者を育成 バングラデシュ

バングラデシュの若くて優秀なIT技術者が日本語などを学び、日本の企業に就職して日本の人材不足を救う。
バングラデシュと日本双方の雇用問題を解決し、日本の地方にも活力を与えている。

文:久保田 真理

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バングラデシュ人の日本語教師による授業。3か月間集中して学べるよう、遊びの要素を持たせながら実践的な授業内容にしている。

日本語と企業文化の習得に励む

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首都:ダッカ

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課外活動のダッカ日本人学校訪問では、生徒たちが研修生の名前を漢字で書いてプレゼント。交流で日本文化への理解も深まる。

バングラデシュは、日本の約4割の面積に約1億6000万人が暮らす人口密度がきわめて高い国である。全国IT化を目指す政府はICT(注1)・ソフトウェア産業を優先し、人材育成にも力を入れてきた。しかし同国では、給与面や雇用の不安定性から魅力ある就業機会が少ないという課題を抱えている。一方、日本ではIT分野の人材不足が深刻である。こうした両国の課題を解決するため、JICAは2017年から日本のIT企業で働くバングラデシュ人エンジニアを育成する「B-JET」と呼ばれるプログラムに取り組んでいる。同プログラムでは、バングラデシュの首都ダッカで日本語、IT技術、ビジネスマナーの研修を3か月間行い、これまでに174人が日本での就職を果たしてきた。

筆記試験や面接を受けて合格を勝ち取った研修生は、週5日間朝から夕方まで授業を受けて過ごす。日本語とICTに関するテストが毎日実施され、さらに出席率は85パーセント以上を求められる厳しい研修内容だ。「日本で働くことを前提にしているため遅刻にも厳しく対応していますが、日本式ルール導入の際にはまずは現地スタッフに内容を理解してもらい、ルールの重要性も含めて彼らから研修生に伝えています」と語るのは、プログラムの全体運営を担当するJICA専門家の森下祐樹さん。

また、授業においても研修生に寄り添う工夫を重ね、学習意欲を高める内容にしているという。「歌やゲームの要素を盛り込んだ実践的な日本語を学ぶ授業のほか、日本文化に親しむイベントや、バングラデシュを日本語で紹介する動画制作も行っています。また、研修生が教師に質問や相談をしやすい雰囲気づくりにも心がけています」と、日本語教育を担当するJICA専門家の江口清子さんは説明する。

最初の6週間は授業に集中するが、その後は授業と並行して日本企業と面接をし、修了試験に合格してようやくダッカでのカリキュラムが修了となる。修了生の約8割は日本での就職が内定し、ほかの研修生はバングラデシュ国内の日系企業などに就職する。

(注1)Information and Communication Technologyの略。

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日本語のテキストの一部。日本人との会話ですぐに使える内容は宮崎大学の監修。

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漢字の授業もある。漢字の偏をイラストにして覚えやすくした。

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課外授業で絵馬作りを体験。願いごとは日本語で書いた。絵馬に添えた折り紙作りにも挑戦。

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研修中、ランチタイムを楽しむ宮崎大学特別講師の江口清子さんと研修生たち。質問しやすい関係づくりに努めている。

B-JETとは

Bangladesh-Japan ICT Engineers' Training Program

B-JETは、JICAが技術協力プロジェクトの一環として実施する、バングラデシュICT人材向けの研修プログラムのこと。日本のIT企業への就職を目標として、ダッカで3か月間、日本語やITスキル、ビジネスマナーを習得する。

B-JET研修生のブログ、フェイスブック、動画はこちらから

【画像】実践的な日本語学習として、バングラデシュを日本語で説明する動画の制作のほか、ブログやフェイスブックでの発信も行う。多様な学習方法が学びの継続につながっている。

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B-JETプログラム全体運営担当 森下祐樹(もりした・ゆうき)さん

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森下祐樹さん

2017年9月にバングラデシュに着任。プログラムの立ち上げから携わる。

B-JET修了生の日本での活躍は、バングラデシュのイメージアップにも貢献しています。このプロジェクトを通じて、日本とバングラデシュの友好関係がますます深まることを願っています。

"宮崎-バングラデシュモデル"で就職支援

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2019年11月に宮崎市が開催したB-JET第5期生の歓迎セレモニー。宮崎市長、宮崎大学副学長、受け入れ企業の代表が歓迎の言葉を述べた。

B-JET修了生の就職先は日本全国に広がっているが、宮崎市では、市、市内の採用予定企業、宮崎大学の3者が連携し、独自の受け入れの仕組みである"宮崎-バングラデシュモデル(以下、宮崎モデル)"を構築している。市内の企業への就職内定者は、短期留学生として来日後、最初の3か月間は宮崎大学でさらに日本語やビジネスマナーを学び、市内企業でインターンシップ(就業体験)を経験するという内容だ。この間、日本での生活や就労に慣れるようさまざまな取り組みが用意されている。

宮崎大学では地域に根ざす国立大学として、産業を支える人材の育成、地域の産業や企業の振興、国際化を支援しており、宮崎市と協力して生活面のサポートも行う。またB-JET修了生の寮生活を支援するほか、防災対策を学ぶワークショップや、彼らが地元高校生にプログラミングを教える講座も実施している。最近では、宮崎市外の企業に就職するB-JET修了生も受け入れることがあるという。

宮崎市は、若者の県外流出によって人材不足が深刻化していることから、高度なIT技術者を確保して市内企業の技術力を向上させようと、B-JET修了生への支援に積極的だ。彼らに日本での生活ルールを知ってもらう機会をつくり、市内企業には採用費用の助成を行っている。さらに、この支援の広報を通して市民がバングラデシュ人を理解することで、バングラデシュ人を受け入れやすい環境づくりにも努めているという。

「この宮崎モデルの場合、企業、大学、市のいわゆる産学官それぞれにこの事業に取り組みたい理由があり、強い思いを持って行動しています。市内の人材紹介企業ビーアンドエム代表の荻野紗由理さんが調整役として全体をまとめていますが、誰か一人がリーダーとなって事業を推し進めているわけではありません。それぞれの意志ある行動に加え、関係者が頻繁に情報交換を行っていることも、この取り組みを円滑にしている理由です」と、このプロジェクトを総括するJICA専門家の田阪真之介さんは説明する。

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宮崎大学での研修の様子。大学はB-JET修了生の寮生活もサポートする。

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宮崎市内のIT企業でインターンシップを体験するB-JET修了生たち。バングラデシュとは異なる企業文化にも徐々に慣れていく。

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防災講座には、B-JET修了生とともに、受け入れ企業や地域住民が参加。外国人が災害時に直面する問題や解決手段をたがいに確認できる。

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市内の高校で行われたプログラミング教室。B-JET修了生が教え、幅広い世代との交流を図っている。

B-JETプログラム総括 田阪 真之介(たさか・しんのすけ)さん

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田阪 真之介さん

行政や民間の立場でバングラデシュに約10年にわたって関わり、2017年から本プログラムに携わる。

"宮崎-バングラデシュモデル"のおかげで、宮崎の企業ではB-JET修了生が活躍しています。2021年以降はこのプログラムを現地の大学や企業等が引き継いでいく予定です。

日本で経験を積み 夢は「世界のダッカ」に

現在25歳のサードマン・チョードリさんは、B-JETプログラム修了生だ。現在は、宮崎市にあるIT企業のグローバルテクノロジー宮崎(GTMI)でエンジニアとして働いている。「子どもの頃から日本に興味があり、日本で働きたいと思っていました。雪が珍しいので実は北海道に住んでみたいと思っていたのですが、日本に住み始めてから自分は寒いところが苦手だということが分かりました。宮崎は暖かくていいところですね」と、チョードリさんはすっかり日本での生活になじんでいる様子だ。

チョードリさんは、2019年3月にB-JET第5期研修生となり、日本語の勉強に励んだ。授業以外にも自主的に他の研修生とグループ学習をしたり、中間・最終試験前には週末もテスト勉強に費やしたりと努力を重ねたという。その間、GTMI代表の中村和博さんと面接を行い、内定通知を受け取ることができた。「背筋がすっと伸びていてしっかりされている印象を受けました。相手の要求を汲み取って話をしたり、複数人で議論をするときに進んでまとめ役を担ったりと人間性にも優れているので、彼なら日本で一緒に仕事ができそうだと思いました」と、中村さんはチョードリさんを採用した理由を説明する。

チョードリさんは2019年5月にB-JETプログラムを修了した後、現地でさらに日本語研修を受けて2019年10月に来日した。宮崎大学での研修を終えて、2020年1月から同社で働き始めたところだ。「IT企業向けにエンジニアの雇用を管理する仕事をしています。人員不足や、偶発的に仕事が空いたことで余剰人員が生まれて困っている企業を助けることができてうれしいです」と、チョードリさんは今の仕事にやりがいを感じている。中村さんはチョードリさんの仕事ぶりについて、「慣れないフレームワーク(注2)を用いた開発の際に、最初は苦戦しながらも完成させました。仕事をしながら自信をつけて、大いに活躍してほしい」と話す。

チョードリさんの夢は、日本で経験を積み、将来的には自国に戻って首都ダッカを世界的なIT産業の街にすること。このプログラムを通じたIT産業におけるバングラデシュと日本の雇用問題の解決が、日本の地方創生とともに、長期的にはバングラデシュの発展にもつながっていく。

(注2)ソフトウェアを機能させる構造。

B-JETプログラム修了生 サードマン・チョードリさん

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サードマン・チョードリさん

日本語、文化を猛勉強しました!

グローバルテクノロジー宮崎代表 中村和博(なかむら・かずひろ)さん

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中村和博さん

サードマンは性格が明るく、慎重派の面も。
日本でどんどん活躍してほしい!

サードマン・チョードリさんが日本で働くまで

B-JET

バングラデシュで3か月間研修。

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ダッカにある研修所で、B-JET研修生たちとグループ学習中。

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日本で働くことを目標にがんばった仲間とダッカの街中で。

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3か月の猛勉強の末、無事にB-JETプログラムを修了。

日本語×ITインターンシップ

宮崎市で3か月間研修。

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宮崎大学で研修中、地元の高校生たちにプログラミングを教えた。

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研修修了。就職先のグローバルテクノロジー宮崎代表の中村さん、同僚のB-JET修了生のスマイヤ・ハビブさんと一緒に。

日本企業(グローバルテクノロジー宮崎)

いよいよ社会人に!

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オフィスでは6人の仲間と一緒に開発に取り組んでいる。

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オフィスのメンバーで食事へ。週末には日本でできた友人らと遊びに出かけることも。