ジャカルタの街づくりから取り組む下水道整備事業 いよいよ本格的にスタート! インドネシア

1,000万を超える人口を抱えるインドネシアの首都、ジャカルタ特別州(通称ジャカルタ)。
その経済成長に追いついていなかった下水道整備が本格的に動き出している。

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第1処理区の下水処理場建設予定地を視察するジャカルタの担当者。

現地にふさわしい下水道整備を

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第1処理区の処理水が放流される洪水調整池。

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ジャカルタは、慢性的な交通渋滞で下水管の工事が難しい。

高層ビルが建ち並び、多くの車やバイク、人が行き交うジャカルタは東南アジア有数の大都市。しかし現在の下水道普及率は、約12パーセントにとどまっている。「ASEAN諸国の主要都市で唯一、本格的な下水道整備が進んでいません。生活排水がそのまま川に流され、劣悪な水環境が目につきます。井戸水から大腸菌が検出されるなど、健康への影響も懸念されています」と、JICA東南アジア第一課の近藤崇さんはジャカルタの現状を説明する。

本格的な下水道の整備により生活環境を改善するため、ジャカルタ州政府はJICAの協力を得て2012年に汚水管理マスタープランの見直しを行った。マスタープランとは、国全体または特定地域での総合開発計画や分野別の長期開発計画で、その策定により複数のプロジェクトの整合性や優先順位が明らかになり、効率的に実施することができる。ジャカルタ全域を15の処理区に分けて段階的に整備する計画で、人口密度が高くショッピングモールなどの商業施設が多い第1と第6処理区を最初に整備することが決まった。

両処理区でどのような下水道整備を行うのか、JICAから委託された八千代エンジニヤリング社などのコンサルタントが準備調査を進めた。「人口密集地であり高度な水処理が求められますが、両処理区ともに用地制約が厳しいです。そのため、省スペースかつ効率的な処理ができる技術を取り入れる方針となり、日本の優れた膜技術(膜でろ過し汚染物質を除去する技術)や研究成果の活用が期待されています」と近藤さん。

また、下水管の設置方法にも日本の技術が生かされる。ジャカルタは慢性的な交通渋滞に悩まされており、道路を掘り返して下水管を通すことは難しい。そこで、地面を掘削せずに下水管を通す推進工法が採用された。2017年からJICA専門家として同国の公共事業・国民住宅省に派遣されている津森ジュンさんは、現地の技術者に向けた推進工法の技術セミナーを段階的に実施し、日本の技術ガイドラインをインドネシア語に翻訳して配付した。「実際の工事現場を見てもらおうと、日本とベトナムへのスタディツアーも行いました」。

ジャカルタの下水の現状

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住宅近くに流れる川にも生活排水が流れ込んでいて、浄化が課題だ。

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未処理の生活排水が直接流れ込み水面には泡が。

JICAの包括的な取り組み

処理場などのインフラ建設事業に、専門家派遣や、サービス提供の能力向上プロジェクトが包括的に連携している。

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処理場などの建設

ジャカルタ全域を15処理区に分け、第1、第6処理区を優先地区としてJICAが協力。
第1処理区
  • 面積:4,901ヘクタール
  • 2030年予測人口:123万6,000人
  • 用地面積:約3.9ヘクタール
  • 下水処理能力:24万立方メートル/日
  • 2020年 円借款「ジャカルタ下水道整備事業(第1区)」
第6処理区
  • 面積:5,874ヘクタール
  • 2030年予測人口:146万5,000人
  • 用地面積:約7.1ヘクタール
  • 下水処理能力:28万2,000立方メートル/日
  • 2019年 円借款「ジャカルタ下水道整備事業(第6区)(フェーズ1)」調印

政策立案、技術的助言など

下水部局の能力強化

JICA専門家 津森ジュン(つもり・じゅん)さん

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津森ジュンさん

1993年建設省(現・国土交通省)入省。おもに下水道分野の政策立案や調査研究、技術規格の国際標準化などに幅広く従事。2010年から2013年には、ベトナムへ下水道分野の初代JICA個別専門家として派遣される。

「下水道整備の関連法令や技術基準の整備・適用についてアドバイスしました」

「みんなの下水道」にしたい

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研修に参加した下水道関係者。

下水処理場や下水管きょ(下水管とマンホール)網の計画・設計の進行と同時に進められたのが、下水道を整備する機関の実施体制の強化だ。事業は、北九州市から派遣された事業運営の経験がある専門家チームと日本テクノを代表企業としたコンサルタントチームが協力して実施。専門家チームはおもに実際の下水道施設の設計・建設を行っていくうえで必要になる関係機関の役割分担の明確化や市民啓発活動の支援を担い、また下水道条例案策定にあたり技術的助言を行った。並行してコンサルタントチームは現地職員の下水道計画の策定能力を高めるための研修や、条例案や計画案の策定を専門家チームと協力しつつ担当した。

条例案などの作成には日本国内と海外での経験が生きたと日本テクノの井上弥九郎さんは言う。「下水道法・条例案は、現場でどう生かされるのかを理解しないと作成できません。日本が高度成長期に行ってきた下水道整備や、海外の下水道や環境分野に協力した経験を参考に伝えました」。

さらに、ジャカルタの下水道事業に関わる三つの部局(下水道公社、地方開発企画局、水資源局)を対象に、ベトナムやタイ、マレーシアなど近隣諸国や国内の他都市(バンドン、バリ、スラカルタ)から下水道事例を学ぶための研修やセミナーをくり返した。2年間で行った研修やセミナーは24回、のべ775人が参加した。「多くの若手下水道関係者が、ジャカルタの現状が遅れていること、自分たちが解決しなければならないことを自覚してくれました」と井上さんは手応えを感じた。現在、下水道条例や整備計画に基づき、下水道のサービス開始に向けた準備が進められている。「水資源局で詳細計画の策定に携わったエリザベス・タリガンさんと2018年に再会したとき、『私は下水道条例を作ったので、Ibu Air Limbah(インドネシア語で「ミセス汚水」)と呼ばれているんですよ』と誇らしげに話してくれました。自分たちがやってきたことが実を結んだと心からうれしく思いました」と井上さんは感慨深く語る。

先進都市の事例を調査し、学ぶ

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他都市での下水道状況を調査。研修でその成果を発表した。

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他都市の河川浄化施設を視察し参考にした。

課題を設定して考える

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部局を超えて具体的な課題について検討。

水の専門家集団 日本テクノ

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日本テクノの調査チーム

途上国での水と環境に貢献するコンサルタント企業。ジャカルタの下水道整備事業には1988年から関わる。「2017年ごろから、インドネシアにおける汚水処理・水環境管理などの事業の進展が加速しています。ジャカルタ州政府は日本のODAに加えて、ジャカルタ独自の予算で他地区でも下水道を整備する事業を検討しています」(井上さん)。今後ジャカルタで本格的に下水道整備が進むことが期待される。

処理場などの本格着工へ

2020年3月、インドネシア政府と日本政府との間で第1処理区の下水道整備事業の円借款契約が結ばれた。今後調達手続きを経て、下水処理場など施設の建設が始まる。

「日本の技術力を生かし、何百キロもの管きょ網を整備し、限られた用地で高度な水処理を目指す本事業にロマンを感じています。インドネシア側と協力し、ジャカルタの生活環境改善を目指します」とJICAの近藤さんは抱負を語る。津森さんは「ジャカルタの下水道整備には日本が取り組んできた推進工法が不可欠。日本企業の技術をインドネシア側に伝えていくとともに、工事が始まれば軟弱な地盤や降雨時の氾濫対策も課題になってくるでしょう」と、事業はこれからが正念場であることを示唆する。

下水処理施設の完成がゴールではない-と言うのは井上さん。「建設後、運用・維持・管理がうまくいってこそ、ジャカルタの人々は下水道の恩恵を受けることができます。そのためには多くの人材が必要です。下水道計画の策定、処理場や下水管の施工管理、維持管理、財務、住民との対話など、これからはさらに日本が人材育成に貢献できると思います」。

インドネシア

【画像】国名:インドネシア共和国
通貨:ルピア
人口:2億6,766万人(世界銀行、2018年)
公用語:インドネシア語

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首都:ジャカルタ

安定した経済成長を続け、巨大な人口を背景にASEAN地域経済を牽引する国として存在感を増している。一方、急速な経済成長に鉄道や港湾などの経済インフラや下水道など社会インフラの整備が追いついておらず、各国からの支援を必要としている。