自治体と企業がサポート! 都市整備の経験を汚水処理に生かす フィリピン

急速な都市化で適切に汚水が処理されないままになっているフィリピン。
横浜市はこれまでの都市整備で培った技術や経験を生かし、市内企業の技術的な協力を得ながらフィリピンの汚水処理の改善に取り組んでいる。

文:久保田 真理

【画像】

横浜市を目指す都市に掲げて「メガセブビジョン2050」が定められた。

横浜市の経験をメトロセブの都市づくりに

【画像】

セブ市の河川には家庭から排出されたゴミや汚泥が流れ、水質汚濁、悪臭発生などの問題を引き起こしている。

【画像】

【情報交換】横浜市で立ち上げた横浜水ビジネス協議会では、定期的に市内の会員企業が集まり情報交換などを行っている。

フィリピン第二の都市園メトロセブは、セブ州の州都セブ市を含む7市6町からなる都市圏で、2010年時点で約255万人が暮らしている。経済発展と都市化に伴って交通渋滞や水不足、衛生環境が悪化しており、これらの問題を解決しながら包括的に開発を進めようと、2011年には自治体、政府機関、民間セクター、市民団体などの幅広い関係者による「メトロセブ開発調整委員会(MCDCB)」が発足した。MCDCBは2013年に持続可能な都市開発に向けた「メガセブビジョン2050」を、2015年にビジョン実現のための総合開発計画「メガセブロードマップ2050」をJICAの協力によって取りまとめた(事業委託先代表企業:日建設計総合研究所、アルメックVPI)。

その際、神奈川県横浜市は、市の職員が現地調査や協議に参加し助言したり、メトロセブ関係者の研修を市内で実施したりするなどの協力を行った。それに先がけて横浜市は2011年に、自治体としては初めてJICAと連携して開発途上地域の都市問題の解決などを進める協定(注1)を結び、翌2012年にはセブ市の持続可能な都市開発に向けた技術協力の覚書を同市と交わしている。

横浜市は約10年前から、市内の民間企業と連携して海外の国や地域に技術提供などを行う「Y-PORT事業」に力を入れており、市と企業が合同でメトロセブでの現地調査を実施してきた。特に上下水道分野では横浜水ビジネス協議会を設立し、自治体と企業がこれまでに蓄積してきた経験や技術を生かすため、海外都市の課題や解決策に関する勉強会などを開催している。

横浜市も、かつての高度経済成長期には人口集中による住環境の急速な悪化に対応するため、ビジョンを掲げて都市整備に力を入れてきた歴史がある。「横浜市で下水道整備に数十年を要した経験をぜひフィリピンで活用してもらいたいと考え、『メガセブロードマップ2050』では長期計画のみならず、短・中期計画を定めて段階的に整備できるよう提案しました」と、横浜市国際局の中村恭揚さんは説明する。

(注1)包括的連携協定。

【画像】

【視察の受け入れ】日之出産業が事業に取り組むカガヤンデオロ市から汚水処理の関係者が来日し、横浜市内の工場排水処理場を視察した。

【画像】

【視察の受け入れ】来日した関係者と。

横浜市国際局国際協力課 中村恭揚(なかむら・やすあき)さん

【画像】

中村恭揚さん

横浜市が培ってきた技術を活用したい。民間企業との連携も重要です。

市と企業の連携で改善案を見つける

【画像】

【改善前】事業開始前のセブ市内のラグーン(池)。水質が悪く、透明度も失われている。

【画像】

【改善後】導入した脱水処理機で絞り水だけを流し込むことで、浄化機能が大幅に改善した。

【画像】

絞り水。

メトロセブでは下水道(集中型汚水処理施設)が整備されておらず、キッチンや風呂場などから出る生活排水のほとんどは未処理のまま側溝や川に流されている。トイレからの排水は各家庭に設置された腐敗槽で処理され、腐敗槽に堆積した汚泥はバキュームトラックで引き抜かれるが、適切に処分されずにごみ処分場などにそのまま投棄されている。また、腐敗槽の汚泥が適切な頻度で抜かれていないため、トイレからの排水の処理が不十分なまま側溝に放流されたり、汚泥がそのまま流出して悪臭や虫を発生させたりするなど、衛生環境が悪化しているという。

横浜水ビジネス協議会の会員企業であるアムコンは横浜市とともにフィリピンで行った調査などを通じて、適切な頻度で家庭から汚泥が引き抜かれるためにも、まずは家庭の汚泥を適切に処理する施設が必要だと強く感じた。そこで、2014年からJICAの支援により「セブ市浄化槽汚泥の脱水装置の普及・実証事業」として汚泥脱水機を導入した処理施設の建設と試験運転を行い、あわせてマニュアル作成や運転指導による管理体制の強化にも取り組んだ。その結果、家庭から回収した汚泥を脱水して固形分と絞り水に分離したことで、絞り水はラグーン(注2)を経て川に放水できる基準を満たし、固形分についても適正に処分できることが確認された。

その後の調査を経て2020年からはJICAの協力で「メトロセブ水道区汚泥管理計画」も実施され、本格的な汚泥処理施設の整備などを通じて、より多くの市民の水・衛生環境を改善していく。汚水処理に関する一連の事業に携わりアドバイスをしてきた横浜市環境創造局の横内宣明さんは、「セブの方々の環境への取り組みに対する関心はまだまだ低い状況にあります。少しずつでも改善を実感できる成果を出し、汚水処理に対する理解と関心を深めることで次のステップにつなげていきたい」と話す。メトロセブは一歩ずつ理想的な未来に向かっている。

(注2)絞り水に含まれる有機成分を微生物の作用により分解するための池。

【画像】

これまで汚泥は未処理のまま廃棄物処分場などに捨てられていたが、処理施設に運び込まれるようになった。

【画像】

各家庭に設置される腐敗槽から汚泥を定期的に引き抜く必要がある。

【画像】

【高効率で省エネ型の汚泥脱水機】セブ市内の各家庭から集められた汚泥を脱水処理する試験。固形物と絞り水に分離して、効率的に汚泥を処理できることが確認された。

【画像】

脱水後の汚泥。堆肥などに再利用する方法が検討されている。

横浜市環境創造局 下水道事業マネジメント課 横内宣明(よこうち・のりあき)さん

【画像】

横内宣明さん

美しいイメージからかけ離れた川があるのが現状です。セブの方々の関心を高めていきたい。

現地の状況に合わせて汚水処理システムを開発

【画像】

ホテルの従業員を交え、汚水処理に関する話し合いを行う。

【画像】

調査を行ったホテルの横を流れる川。透明度も低い。

【画像】

ホテル内の汚水処理システム。既存のシステムでは、排水の新基準を満たすのが困難な状況にあった。

【画像】

【微生物と特殊装置を用いた汚水処理システム】既存の汚水処理装置に日之出産業の処理システムを連結することで、水質を改善することができた。

横浜市はメトロセブでの汚水処理の知見や経験をフィリピンの他の地域でも生かせるよう、市内企業と積極的に情報交換を行ってきた。これをきっかけに、横浜水ビジネス協議会の会員企業である日之出産業は、カガヤンデオロ市で「分散菌処理システムを用いた汚水処理改善技術導入案件化調査」にJICAの支援で携わった。

同市は、フィリピン第6位の人口規模の都市であり、民間の食品工場、ホテル、ショッピングモールが多数存在している。しかし、集中型、分散型いずれの汚水処理施設(注3)も普及が進んでおらず、住民たちは水質汚染や悪臭に悩まされている。さらには2016年に公共水域の汚染問題に取り組み始めたフィリピン政府が厳格な新排水規制を導入したことから、各商業施設では適切な排水処理を行う必要に迫られた。そこで日之出産業は自社技術が活用できると考え、同市内のホテルで、微細な気泡を発生させる装置と微生物を利用して汚れの原因物質である有機分を分解する処理システムの有効性を確かめる調査に取り組んだ。「汚泥の発生が少ないこのシステムなら、汚泥処理施設が不足する地域への負担を増やさずに、排水の水質を改善することができます」と同社の藤田香さんは説明する。

建物が密集する地域では場所の確保ができず、厳しくなった水質基準に合わせて新たな設備を導入するのが困難な場合もある。しかし同社は既存のシステムの改修や処理方法の変更により処理性能を向上させるなど、施設に応じた柔軟な対応が可能という。「ホテルでの試験では処理設備の構造をなかなか把握できず、有効な対策の提案まで試行錯誤をくり返しました。最終的には構造ではなく、取り付け方を変えるという発想の転換によって水質を改善することができました」と藤田さん。この方法では汚泥の回収回数を減らすことができるうえに設備の維持管理も容易となり、費用を低く抑えられる利点もあるという。

日之出産業は現地企業からの相談やアンケートの実施を通じて、「費用が見合えば導入したい」との声を聞き、調査終了後に低価格の処理システムの開発を手がけた。「高性能な設備も導入されなければ意味がないので、現地の水質基準を満たす性能に調整したり、価格を抑えるために設備の素材や製造方法を見直したりしました。小さい企業だからこそのスピードで意思疎通も円滑にいき、1年かからずに開発できました」と、藤田さんは同社の挑戦を語る。次はこのシステムを普及させる事業に取り組むことになり、公設市場などの汚水処理改善に携わる予定だ。「水・衛生環境を変えるには施設を導入するだけでなく、維持管理する技術者の育成も必要です。体力を要する仕事内容ではないので、女性の雇用を生むためにも女性技術者の育成にも力を入れていきたいです」と藤田さんは、持続可能な環境がつくられることを願っている。

(注3)汚水処理の方法には大きく分けて集中型、分散型の二つがある。集中型は、下水管で集めた排水を下水処理場で処理する方法。分散型は各家庭に浄化槽や腐敗槽を設置して排水を戸別に処理する方法。なお、分散型では各家庭の処理設備から発生する汚泥を集めて処理する施設も必要になる。

【画像】

新しい汚水処理システムを導入する予定のカガヤンデオロ市の公設市場。

【画像】

新しい処理システムを設置する場所について市場関係者らと検討を重ねた。

日之出産業 藤田 香(ふじた・かおり)さん

【画像】

藤田 香さん

限りある水資源を守るには、汚水処理も重要。現地の大学とも組んで現地に適した日本の技術を広げていきたい。

都市整備で世界に貢献する自治体 神奈川県横浜市

【画像】

神奈川県横浜市

人口約376万人(2020年5月現在)の政令市。2011年、開発途上地域の都市課題の解決などで連携を強化するため、JICAと包括的連携協力を締結。その翌年にはフィリピンのセブ市と持続可能な都市開発に向けた技術協力の覚書を交わした。同時期に下水道事業において世界に貢献する方針を定め、市内企業などと連携した取り組みを通じて、企業の海外展開を支援することや国際化を担う人材を育成していくことを目標に掲げている。

フィリピン

【画像】国名:フィリピン共和国
通貨:フィリピン・ペソ
人口:約1億9,800万人(2015年、フィリピン国勢調査)
公用語:フィリピノ語、英語

【画像】

首都:マニラ

2016年に新政権が発足。ドゥテルテ大統領は、違法薬物、犯罪、汚職対策、ミンダナオ和平を重要課題に掲げ、連邦制導入のための憲法改正を目指す。近年は、コールセンター事業などのサービス業が成長している。