ここからが本番 浄化槽を生かす要は“メンテナンス” インドネシア

下水道がないところでも、浄化槽があれば汚水をきれいにして自然に戻せる。
欠かせないのは、"メンテナンス"。
浄化槽の能力を生かすための取り組みがバリ島で始まっている。

文:小西威史

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バリ島の川には十分に浄化されていない排水も流れ込み、異臭が漂う“ドブ”化しているところもある。

かつては日本も通ってきた道

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浄化槽の実態調査。

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ホテルのほか、家庭排水が集まる地域の排水状況を調べた。

「神々の島」とも称され、美しい海、世界遺産の寺院や自然などがあり、世界中から観光客が集まるインドネシアのバリ島。ただ、ここでも生活排水や産業排水による水環境の悪化が問題になっている。

バリ島観光の中心地でもあるバリ州デンパサール市の場合、下水道普及率は約14パーセント。下水道につながっていないところでは、川など公共水域に汚水を流す前にまず浄化槽で浄化しなくてはならない。そして、その浄化槽の機能を十分に生かすためには維持管理、つまり"メンテナンス"が重要なポイントとなる。

浄化槽は微生物の働きで汚水をきれいにする。つまり、微生物が適切に汚水分解できるような状態をつねに保たなければならず、定期的な検査や管理が必要となる。そのメンテナンスを行うのは、日本では国家資格である浄化槽管理士だ。だが、インドネシアにはその資格制度がない。

「バリ州でも浄化槽は各所で設置されています。ただ、四つ星や五つ星クラスの高級ホテルであっても、そのメンテナンスは客室や館内の設備管理を担当するスタッフが兼務していて、専門的な知識は持ってないのが実情でした」

そう話すのは、アースクリエイティブ社長の栗原和実さんだ。山口県宇部市に本社がある同社は浄化槽維持管理などを業務とし、2016年度にJICAの「中小企業・SDGsビジネス支援事業」の案件化調査に採択され、日本のメンテナンス技術を現地の実情に適応させる「水環境改善のための事業構築」を目指した。

「まず現地のバドゥン県環境局の担当者に『環境面で困っていることを教えてほしい』と伝えると、町なかにある川に案内され、『この臭いで、住民や観光客から苦情が出るのです』と言われました。近くのホテルから排水が流れ込み、異臭が漂っているのです。ただ、そのような光景は30~40年前の日本にもありました。排水に残った有機物が腐り、いわゆる"ドブ"になります。当時は日本人もドブさらいをしていました」

かつては日本も通ってきた道。「これなら自分たちの技術を生かし、環境改善のための事業化もできると感じました」と栗原さん。

日本では下水道普及率が上がり、浄化槽が残る地域では人口減少が進む。「知識と経験を持った浄化槽管理士も日本では仕事の場が減っていますが、下水道普及がまだ進んでいないアジアの国では、その知識を伝える役目を果たせます」。

現地の事情に合わせ、デジタル技術を開発

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同社は現地法人を設立。今後はバリ島内のホテルや病院、学校などを対象にした事業を展開していく予定だ。

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バリ島にあるリゾートホテルの浄化槽でメンテナンス作業。

JICAの調査を経て同社は2019年9月、インドネシア投資調整庁から現地法人設立の許可を得た。

現在は現地で社員二人を雇用し、本格的な業務のスタートに向けて準備中だ。

またそれに合わせ、二つの挑戦も続けている。一つはバドゥン県観光局、地元のウダヤナ大学、そして山口大学との連携による汚水処理技術向上を目指した教育と人材育成事業だ。これまでに複数回、セミナーなども開催してきた。

もう一つは、浄化槽の状態を遠隔地から監視できる「IoTセンサー」の開発だ。「IoT」とは、「Internet of Things」の頭文字をとったもの。世の中のあらゆるものにセンサーと通信機能を搭載し、連係させようということだ。山口県の支援を受け、県内の電子機器製造企業との連携で、安価に設置できる機器を開発する。そのパソコン管理は日本語に加え、英語やインドネシア語などでもできるようにしていく。

IoTセンサー開発の背景には現地の交通事情がある。「渋滞がひどく、浄化槽の保守点検へも1日で1軒しか行けないことがあります。それではあまりに効率が悪い。センサーがあれば、必要なときにだけ現地に出向けばよいのです」。

人が汚した水を人の責任としてきれいにすることで、生命力豊かな川や海が保たれる。それが雲になり雨となって、また人に戻ってくる。その要にあるのが浄化槽のメンテナンス。栗原さんは「汚水処理は人の目には触れにくく、後回しにされがちですが、人が健康的な生活を送るうえでなくてはならないものです。浄化槽が持つ能力を最大限に引き出すサポートをすることで、社会に貢献したいです」と、事業の本格化に向けた意欲を語った。

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バドゥン県環境局やウダヤナ大学、山口大学と開催した「排水セミナー」の様子。

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ホテルなどでメンテナンスを担当するスタッフ、行政職員らを対象にしたセミナーで。

循環型社会をつくる アースクリエイティブ

アースクリエイティブ 代表取締役社長 栗原和実(くりはら・かずみ)さん

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栗原和実さん

アースクリエイティブは1957年に創業。山口県宇部市全域の水質保全に関わる浄化槽維持管理などを行ってきた。海外への事業展開は、今回のインドネシア・バリ島での取り組みが初めて。「何度もバリ島へ行き、現地社員も雇用して関係ができ、世界はつながっていると実感するようになりました。循環型社会をつくっていくため、これからも自分ができることを続けていきます」。

インドネシア

【画像】国名:インドネシア共和国
通貨:ルピア
人口:2億6,766万人(世界銀行、2018年)
公用語:インドネシア語

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首都:ジャカルタ

バリ島全域を含むバリ州はインドネシアの観光産業の中心で、同国の経済発展に寄与する。美しい海岸などが観光資源だが、近年は処理が不十分な排水による水環境悪化が問題になっている。