ともに前進を Case1

知を結集して道路や橋を守る ミャンマー/ザンビア/ラオス

道路や橋の老朽化は生命に関わる事故につながりかねない。
適切な維持管理をリードする人材の育成に、大学や学会と連携したプラットフォームが存在感を増している。

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長井さんらが行ったヤンゴン工科大学、ミャンマー建設省との合同調査で。

先端技術や知見を一つに集約

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歩道部分が隆起しているザンビアの橋。このまま放置すれば、橋本体を傷めることになる。

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岐阜県の各務原大橋で留学生を対象に行われた特別プログラム研修。先端技術を使った点検のデモンストレーションが行われた。

プラットフォームとは、物事を動かし、つないでいく"土台"。JICAは2017年に「道路アセットマネジメントプラットフォーム(RAMP)」を設立。道路や橋梁(きょうりょう)といったインフラを社会の資産(アセット)と位置づけ、老朽化が進み損傷や損壊の危険もある途上国の道路や橋梁の長寿命化を目指していく。

今では、日本の土木分野の最上位学会である土木学会、その学会の会員でもある国内16大学、土木に関わる多数の民間企業などと連携し、道路や橋梁の維持管理に関する日本の先端技術や、大学や産業界の経験と知見をRAMPという土台に集約。適切な点検、補修や補強に協力するとともに、その維持管理をリードできる人材を育成している。

RAMPでは、途上国で道路の維持管理などに関わる行政職員や技術者を、日本の大学院に修士・博士課程の留学生(長期研修生)として受け入れている。修了後、留学生が自国へ戻り、その国の道路行政や維持管理に関するマネジメントを担う中核人材として活躍してもらうことを目指す。2020年3月末時点で、6か国からのべ10人の留学生を7大学で受け入れている。

みんなで連携し研究力や知見を橋の安全につなげる ミャンマー

大学のメリットは現場へのアクセス

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首都:ネーピードー

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長井さん(写真右)が指導して2020年3月に修士号を取得したカンボジア人留学生のソビソスさん(写真左)。

RAMPの枠組みのもとで途上国への技術協力プロジェクトに参画することは、日本の大学にとってもメリットがある。

東京大学准教授で、土木学会では日本のインフラマネジメント技術を海外に広める「国際展開小委員会」の委員長を務める長井宏平さんは、「途上国におけるJICAへの信頼はとても厚く、長年にわたって培われた相手国政府との関係性があります。日本の大学の一教員として調査協力を申し出ても相手にされないこともありますが、RAMPをとおせば道路や橋梁の劣化や損傷の現場に"最短"でつないでくれます。現場で、新たな研究テーマが生まれることもあります」と話す。

長井さんは過去にもJICAの技術協力プロジェクトに参画。近年は特にミャンマーとの関わりが深く、2019年度までは災害から国を守るための産官学の連携体制を構築するプロジェクトに、ミャンマー建設省やヤンゴン工科大学とともに取り組んだ。プロジェクト実施中にはミャンマー国内で吊り橋の崩落事故があり、その原因調査や同じ形式の橋の安全確認も担当した。

「道路や橋梁は、場所ごとの使用状況の違いから同じ構造でも傷み方はさまざまで、維持管理にはケースバイケースの対応が求められます。大学の研究者には多くの知見があるうえに、学会のつながりで研究者同士の情報交換もできるので対応力が高く、さまざまな問題の解決に貢献できます」と大学連携の意義を語る。

またRAMPの留学生として来日したカンボジア人の行政職員を、長井さんが2年間指導した。その職員は修士号を取得し、2020年3月にカンボジアの公共事業省へ戻り、橋梁の維持管理の職務に就いている。「彼がいることで、日本の学生も調査・研究などでカンボジアへ行きやすくなります。RAMPは日本と海外とをつなぐ"種まき"をしているとも言えます」。

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東京大学生産技術研究所准教授の長井さんらがミャンマーで行った橋梁調査 その1。日本の維持管理技術をミャンマーに伝える。

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東京大学生産技術研究所准教授の長井さんらがミャンマーで行った橋梁調査 その2。

メンテナンス技術で橋の長寿命化を! ザンビア

ザンビア大学との共同事業がスタート

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首都:ルサカ

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木下さん(写真左)。ザンビア大学で橋梁を専門とする教員と。

岐阜大学もRAMPに深く関わる。ザンビアでのJICA技術協力プロジェクトの調査に参加したことで、同大学はザンビア大学との学部間協定を締結。ザンビアの橋梁維持管理技術者を育成する別のJICAプロジェクトに参画し、同大学工学部内に橋梁維持管理センターを2大学共同で立ち上げることになった。

担当する岐阜大学准教授の木下幸治さんは、「岐阜大学には社会基盤メンテナンスエキスパート養成講座(ME養成講座)や橋などの実物大模型が並ぶ『インフラミュージアム』があります。その実績を生かし、新たにアフリカで展開していけることに喜びを感じます。学生には、これからは研究のフィールドを地球規模でとらえる時代だと教えています」と話す。また、同大学では留学生の受け入れもしている。

「学生にはRAMPの留学生のチューター(研究などの助言役)にもなってもらっています」

2019年8月には、RAMPの留学生を対象にした特別プログラムが岐阜県内で行われた。同県各務原(かかみがはら)市にある各務原大橋での、点検支援ロボットやドローン、非破壊検査装置など日本の民間企業の最先端技術を使った橋梁点検のデモンストレーションだ。

木下さんは「国内では初めてに近い、点検支援ロボットやドローンを使った点検で、ひび割れの1年間の経過を参加者にも見せることができました。最先端の技術で得られたデータであり、今後もずっと生かせます。これもRAMPがあったから実現できたことです」とその意義を語った。

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ザンビアの橋を視察する岐阜大学工学部社会基盤工学科防災コース准教授の木下さんら その1

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ザンビアの橋を視察する岐阜大学工学部社会基盤工学科防災コース准教授の木下さんら その2。

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岐阜大学とザンビア大学は2019年3月に学部間協定を締結。

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ザンビア大学工学部内に立ち上げる橋梁維持管理センターのための改修スペース。

日本の最先端技術で実際に点検研修

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岐阜大学にあるインフラミュージアムを留学生たちが視察。左端の女性は木下さんが指導するモンゴル人留学生。

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2019年8月に岐阜県で行われた留学生対象の特別プログラム研修 その1。ドローンや移動計測車両、非破壊検査など、最先端技術による橋梁点検のデモンストレーションが行われた。

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2019年8月に岐阜県で行われた留学生対象の特別プログラム研修 その2。

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2019年8月に岐阜県で行われた留学生対象の特別プログラム研修 その3。

まずはベイリー橋の使用実態を調査 ラオス

大学や国の枠組みを超えた連携

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首都:ビエンチャン

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ラオス国立大学、ラオス公共事業運輸省、ラオス人留学生、長崎大学学生が共同で研究している。

長崎大学准教授の西川貴文さんは、多くの途上国に架かるベイリー橋と呼ばれる仮設橋の研究を行っている。もともとベイリー橋は軍事用に開発された橋で、簡易に架けられるが、恒久利用は想定されていない。しかし、実情としては途上国では日常的に使われ、過積載車両の通行などによる落橋事故が多発している。

西川さんとRAMPのラオス人留学生は、土木学会の研究助成(注)を受けて、ラオス国立大学と連携してベイリー橋に関する研究を進めている。ラオスでは今年から新たに橋梁維持管理強化のJICA技術協力プロジェクトも始まり、大学・学会の研究とJICAの協力が連携した取り組みがさらに進む。西川さんは「ベイリー橋は世界中にあり、ラオスでの研究成果は各国で役に立つものと期待しています」と話す。

RAMPで得たつながりが、新たな取り組みも生み出しているという。「連携面では、長崎大学で受け入れているRAMPのエジプト人留学生が、ラオスで行われたJICA技術協力プロジェクトの成果を活用し、エジプトの道路維持管理能力の強化・向上に向けた研究を進めていることが好例です。JICAのこれまでのプロジェクトのデータなどを掘り起こせば、他国での新たな活用法も見つかるかもしれません」。

「また、大学は研究開発機関であると同時に教育機関でもあります。長崎には県と長崎大学が連携した『道守(みちもり)』という道路インフラ維持管理の技術者養成プログラムがあります。レベル別に提供される講座には一般の市民に対して開かれたものもあり、市民が地域の道路インフラを見守ることで、市民自身がその維持管理に貢献できるのが特徴です。海外からの関心もとても高く、道守をモデルにした人材育成プログラムを開始する国もあります。岐阜大学のME養成講座ともたがいにノウハウを学び合っています。研究開発では競争で切磋琢磨し、教育面では協力・連携しない手はありません」

(注)土木学会インフラマネジメント技術国際展開研究助成。

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長崎大学総合生産科学域(工学系)准教授の西川さんらが、ラオスのベイリー橋の実態を調査するために行った実験や計測 その1。

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長崎大学総合生産科学域(工学系)准教授の西川さんらが、ラオスのベイリー橋の実態を調査するために行った実験や計測 その2。

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「道守」の技術者養成プログラムの仕組みをJICAの研修で講義する西川さん。

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JICAによる研修の橋梁点検実習に参加した留学生ら。