ともに前進を Case2

世界レベルの研究ができる大学へ ミャンマー

教育、研究、大学運営それぞれに課題を抱えていたイエジン農業大学(YAU)。
その課題解決に協力すべく、日本の農学分野で国際協力をリードする大学間のネットワークと連携。
ASEANへの展開も見すえる。

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大学内でもイネなどを育て、生長の具合などをしっかりと計測する。

学生や教員自らが大学を変える意思を持つ

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首都:ネーピードー

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日本からの専門家の指導で実験を行う学生たち。

ミャンマーの首都ネーピードー近郊にあるイエジン農業大学(YAU)の歴史は古く、設立は1924年。国民の約7割が農業に従事しているこの国で、農業技術者や普及員、研究員を育成する唯一の大学と位置づけられてきた。しかし教育機関としても研究機関としても、十分な設備投資や人材育成が行われてこなかった。そんな状況を打開し、「世界レベルの研究ができる大学にしたい」というYAUの要請を受け、JICAは2013年から研究棟・実験施設の整備と、実験・研修機材の導入を実施。2015年の研究棟2棟の完成を受け、2015年から5年間、大学運営と教育、研究の三つの分野の能力を上げるプロジェクトも開始した。

教育や研究の指導を行う初代チーフアドバイザーとして赴任した京都大学名誉教授の田中耕司さんが見たのは、前時代的な大学の姿だった。「軍事政権下のトップダウンの大学運営が残り、教育は座学中心の決められたカリキュラム。学生の自主性は育まれず、研究者が育たないと感じました」。そこで、YAUの教員とともに、教員や学生を対象に大学の改善点などを調査し、自分たちで問題を掘り下げて解決方法を考える手法を伝えていった。「大学とは自由な学問の場です。自分たちが取り組みたい教育の姿や研究の課題を追求することが大事だと、少しずつ先生の意識が変わってきました」と田中さん。「2年間の任期で成果が出るまではいきませんでしたが、種はまけたと思っています」。

その種は、プロジェクトの後半に日本の大学から専門家としてYAUに派遣された教員によって育てられた。現在は単位制が導入され、学生が自分で学びたいことを選べるようになっている。研究分野では、学科の枠を超えた20から30の研究チームが作られ、イネの品種改良や栽培管理、農作物のサプライチェーン(生産から消費者に届くまでの流れ)など多彩なテーマで研究が行われている。国際的な専門誌や学会への論文発表数も飛躍的に伸びている。研究分野の能力向上に携わる特別チームの一人、セイン・サン・エーさんは、「論文発表などにより、研究結果から得られた知識を大学内や地域で共有できるようになりました」と喜ぶ。

京都大学 名誉教授 田中耕司(たなか・こうじ)さん

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田中耕司さん

ミャンマーの農業を支える大学に!

イエジン農業大学 教授 セイン・サン・エーさん

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セイン・サン・エーさん

プロジェクトによって、必要な設備がそろった環境で授業や研究ができるようになったことはとても大きな成果です。世界的な知見とミャンマーの知見、その両方に目が向くようになりました。将来的には、ミャンマーの農業課題を解決する研究のできる国際基準を満たした大学にしていくことを目指しています。引き続き日本と協力していきたいと願っています。

日本の大学ネットワークと全面的に連携

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生物顕微鏡の使い方を指導。

YAUへは多くの日本の大学から人材が派遣されている。それを可能にしたのが、知識や人材を広く途上国での協力に活用しようという日本の大学間連携による「農学知的支援ネットワーク(JISNAS)」だ。JISNAS運営委員長で、YAUのプロジェクトにも2012年から関わっている九州大学副学長の緒方一夫さんは、JISNASとプロジェクトとの連携を次のように語る。

「農学の研究をしている日本の大学は多く、それぞれに得意分野があります。そこでプロジェクト開始前にJISNAS内で協力できる分野や協力の意思を聞きました」。こうしてYAUに足りない知見を持ち、ミャンマーのために協力したいという熱意ある人材を派遣することができた。

またJISNASとの連携で、YAUの教員が日本に留学する際の受け入れ大学が増えた。「自分の研究に合った大学を選べますし、チームによる研究の進め方や自由な大学の雰囲気を知ることで、YAUの未来像を描く参考になります」と言う緒方さん。日本の大学にとっても、農業の成長可能性が高いミャンマーの農業開発に貢献できる意義があり、日本の農業支援や食品産業などへの波及も期待される。

また、ASEAN諸国からの専門家招聘や、JICAが大学協力プロジェクトを行っているタイやベトナムの大学との交流も行われている。共同セミナーやシンポジウムのアイデアもあり、今後はASEAN諸国との連携がより強化されていくだろう。

そしてプロジェクトは第二段階へ。「ミャンマーでは初等・中等教育の改革が進み、これから大学改革が待っています。次の協力を意味あるものにするためには、SDGsの達成につながる研究を推進するなど、時代に合った協力の内容にしていかなければならない」と緒方さんは考えている。「コロナ禍で大学を取り巻く環境も大きく変わっています。制度の変化やテクノロジーの活用を余儀なくされるのは日本もミャンマーも同じ。おたがいに経験を共有しながら、これからも交流が継続することを願っています」。

九州大学 副学長 緒方一夫(おがた・かずお)さん

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緒方一夫さん

YAUの変革はこれからが正念場です。

ミャンマー唯一の農業大学 イエジン農業大学(YAU)

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上空からドローンで撮影したYAU。

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プロジェクトのオフィスも入っている研究棟。

農業分野で国際協力! 農学知的支援ネットワーク(JISNAS)

日本の大学にある人材、研究などのリソース(資源)を国際協力の場で生かすために設立された農学系の大学ネットワーク。2019年9月時点で、53大学と120人の個人会員がメンバーとなっている。イエジン農業大学のプロジェクトでは、自らの学びも多いため、メンバー大学が総力を挙げて協力しているほか、JICAのアフリカ地域稲作振興の研修や、アフガニスタン、ミャンマーからの留学生の受け入れなどにも協力している。