「JICAシニアボランティアの活動を通じて見たタジキスタン」浅田 滿智子さん

2019年7月17日

2019年3月

JICAタジキスタンでは2010年からボランティア派遣が始まり、これまで累計14名の短期シニアボランティアが派遣されてきています。そのうちの大部分が日本語教育の分野での派遣となっています。タジキスタンの首都ドゥシャンベには日本語を学べる高等教育機関が2つあり、そのうちの1つが第二外国語として日本語を選択できる国立ロシア・タジク・スラブ大学であり、もう1つの教育機関が日本語を主専攻として学べる日本語学科を持つ国立言語大学です。今回のインタビューでは、2018年8月にJICAシニアボランティアとして国立言語大学に派遣されている浅田さんに、タジキスタンにおける日本語教育の現状と展望についてお伺いしました。

多様なボランティア活動

-本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。まずは、浅田さんの所属先である国立言語大学でのJICAシニアボランティアとしての活動について教えてください。

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国立言語大学での授業の様子(左端が浅田さん)

JICAシニアボランティアに要請された活動内容は、タジク人日本語教師への指導支援が中心です。現地の先生のスケジュールを把握したうえで、授業の合間に教授法を指導したり、タジク人日本語教師向けの勉強会を開いたりしています。大学の試験前には、現地教師の作成した日本語テストの内容にアドバイスをしたりします。現在、国立言語大学には日本語中級の授業を担当できる先生がいないため、私がそれらのクラスを受け持っています。授業以外にも、日本語教育関連イベントの準備を手伝ったり、日本語教育のカリキュラムの改善などにも取り組んだりしています。

-一口にボランティアといっても、多岐にわたる活動があるのですね。タジク人日本語教員への指導が中心ということですが、国立言語大学の日本語教員の方々はどのような状況ですか。

現在、国立言語大学には、1年ほどの日本語教育の経験がある先生、その先生の紹介で日本語を教えている先生、そして当大学を去年卒業したばかりの先生と合計3名の日本語教師がいます。どの先生も日本語教師としての経験が少ないため、自分のことで精いっぱいになってしまい、広い視野で全体を見ることが難しいようです。残念なことに、長期間に渡って日本語教育に携わっている先生が、国立言語大学にはいないのです。

-日本語教員の方々は、先生になったばかりなのですね。継続的に働く日本語教員が少ない理由は何でしょうか。

タジキスタンの大学で、教員として教鞭をとるためには厳密に言うと修士号を取得していなければならないのですが、このような条件を満たす人がそもそもいないのです。現在の言語大学の日本語教員3名は修士号を持っていない状態です。大学側も新たな日本語教師の雇用や、現在教鞭を取っている教員が修士号を取得できるような支援に積極的ではないのかもしれません。

-そうなのですね、今のところ国立言語大学はタジキスタン国内で唯一日本語を専攻できる教育機関ですが、学生の様子はいかがですか。

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学生の質問に答える浅田さん(左から3人目)

授業に対する意欲は学生によって差がありますね。国立言語大学は日本語の通訳や翻訳家の養成を目標としているため、1年生時から通訳や翻訳の授業があります。カリキュラム自体は立派なのですが、教員の不足、学内外での各種行事の準備、突発的な授業の変更などのためにカリキュラムに従って授業をするのが難しい状態です。そのため、授業への信頼が低くなり授業を受けるだけで日本語を習得できると学生は思うことができず、真面目に日本語を勉強したいと思っている学生の中にはお金を払って日本語教員に頼んで個別学習をしたりしています。

日本語教育の質の向上を目指して

-国立言語大学の日本語学科の学生は、日本政府(文部科学省)奨学金留学生の候補に選ばれたり、日本語スピーチコンテストで優勝したりと日本語習得レベルが高いことがうかがえます。こういった学生の中には、学外でプライベートの日本語教師として働いている人もいると聞いています。そうした活動については、どう思われますか。

学生の間は、お金のために学外に日本語を他人に教えることにあまり力を入れないほうがいいと思っています。自分自身の日本語の授業の復習として教える分にはいいと思いますが、まだ日本語のレベルがあまり高くない状態で日本語を他人に教えるという習慣を一般化してほしくないですね。「ちょっと日本語を学んで他人に教えれば、お金を稼ぐことができる」と勘違いされてしまうと、初級の教科書をかじった程度で「日本語を教えます」などとそのうち言い出すのではないかと懸念しています。日本語文法の規則をきちんと習得して、様々な質問にも答えられるレベルになってから日本語を教えるようになってほしいですね。

-日本語の学習期間が僅かな学生が気軽に日本語教師を名乗ってしまうことで、日本語教育そのものの質の低下につながる懸念があるのですね。国立言語大学での日本語教育の質を上げるためには何が大切で、そのために浅田さんはどのような工夫をされていますか。

やはり、タジク人日本語教員の日本語習得レベルの向上が大切ですね。当地の日本語教員の質の向上が無ければ、授業を工夫する方法も思いつかないですし、学生からの思いがけない質問にも臨機応変に答えられないでしょう。彼らは、義務教育ではないのに大学に進学し、しかも日本語を専攻した結果、今は何かの縁で日本語教師となっているのです。だからこそ、日本語を教えることに面白みを見いだせれば、授業をより充実させることは可能だと思っています。私は、日々の合間に、当地の日本語教員向けに日本語勉強会も開催しています。勉強会での学びを通じて、タジク人日本語教員自身が日本語能力に自信を持つようになることが、日本語教育向上に欠かせないと思っています。

さらなる日本語教育普及に向けた支援とは

-タジキスタンでの日本語教育環境には、様々な課題があることが分かりました。そこで、未来の展望として実現可能性を問わない仮定上の質問をしたいのですが、日本語教育を向上させるために何かできるとしたら、どのような取り組みができたらよいと思いますか。

当地の日本語教師会のメンバーから、日本語センターを設立したいという声が上がっています。これが実現すれば、専門的な日本語教育機関が国立言語大学しか存在しないことに起因する根本的な問題への解決方法を提示できるかもしれません。つまり、大学以外でも日本語を学べる場所があれば、高校生でも社会人でも日本語を学べるようになります。もしも、大学に入学する前から日本語を学び、さらに大学で日本語を専門的に学ぶという学生が出てくれば、日本語学習者の日本語能力レベルの底上げにつながると思います。そのような積み重ねが繰り返されていくことで、国立言語大学の日本語教育も何かしら改善されていくと思いますよ。

敢えて言えば、そのような日本語センターに日本人が常駐できることが理想です。現状では、タジキスタンにおけるJICAシニアボランティアの滞在は11ヶ月という短期に限られています。可能であれば、日本語教育を専門とする人が当地の日本語教育に長期的に携わり、タジキスタンにおける日本語教育の全体像を捉えて各種課題に取り組めるような仕組みになれば理想的ですね。

おわりに

浅田先生は、業務中にも関わらず快く取材に応じてくださいました。このインタビューを通して、タジキスタンでの日本語教育の現状や、また今後の日本語教育の発展の可能性について少しでも伝えることができれば幸いです。

プロフィール

浅田 滿智子さん
国内の複数の大学、日本語学校、及びトルコの大学で日本語講師として教鞭を取る。JICA長期ボランティアとしてブラジルとインドネシアで日本語教育の活動に携わったベテラン。

聞き手
稲川 翠
早稲田大学大学院 商学研究科 開発経済学専攻
JICAタジキスタン事務所インターン
活動期間2019年2月~2019年3月