「JICAシニアボランティアの活動を通じて見たタジキスタン」田村 阿弥さん

2019年7月25日

2019年3月

前回(末尾リンク参照)に引き続き、日本語教育職種のシニアボランティアの活動についてご紹介します。

2019年3月2日、タジキスタンの首都ドゥシャンベ市のロシア・タジク・スラブ大学(以下、「スラブ大学」)にて、日本語弁論大会が開催されました。大会には総勢31名が参加し、初級の部では日本語による物語の暗唱、上級の部では日本語スピーチの暗唱により日本語能力を競いました。初級の部では物語の登場人物になりきった臨場感あふれる暗唱がなされ、上級の部ではメッセージ性の高い力強いスピーチがなされました。審査員代表の北岡在タジキスタン特命全権大使は「昨年と比べ日本語学習者の日本語能力に確実な向上がみられる」と講評しました。このように、タジキスタンの日本語教育関係者にとって日本語弁論大会は年間を通じてもっとも重要なイベントの一つであり、JICAシニアボランティアの日本語教師にとっても、学生の日本語能力を伸ばすきっかけになる大切な行事となっています。

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日本語弁論大会終了後の集合写真(2019年3月2日、ロシア・タジク・スラブ大学にて)

今回のインタビューでは、2019年1月からJICAシニアボランティアとしてスラブ大学に派遣されている田村さんに、同大学での日本語教育の取り組みや、その課題などについてお話を伺いました。

コミュニケーションのために英語を封印する

-本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。まずはJICAシニアボランティアとして田村さんがどのような活動をされているのか教えてください。

私がタジキスタンに着任した時は、ちょうど1ヶ月後に日本語弁論大会という大きなイベントを控えていたので、ずっと弁論大会の準備を中心に活動を行ってきました。通常の日本語の授業をしつつ、合間を縫って弁論大会出場者の日本語作文や発音の指導などをしてきました。シニアボランティアとして私に求められている主な活動は、スラブ大学の日本語教師の授業を補佐するパートナーとしての役目です。また、タジキスタンの日本語教師会に出席することもあります。また、私の前任のシニアボランティアの方が、本大学の学生だけでなく学外の一般の方を対象とする日本語コースのようなものを開催していたので、今後はそうした講座を開催することも考えています。つまり、やろうと思えばシニアボランティアとしての活動はとても幅広いのです。

-スラブ大学では日本語を主専攻ではなく、学科により副専攻或いは第二外国語として日本語を学ぶとのことですが、日本語学習に対する学生の様子はいかがですか。

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音読する学生を見守る田村さん(右端)

スラブ大学の学生は英語能力が高く、英語を使って会話をしたがるのが特徴です。日本語を第二外国語として選択している学生の多くは、国際関係学や英語を主専攻としているので、ほとんどの学生は不自由なく英語を使えます。そこで、スラブ大学の現地日本語教師と相談して、私は英語ができない振りをし、学生とのコミュニケーションにおいて英語を封印しようということになりました。学生達は私に近づいてきてくれるのですが、私となんとかコミュニケーションをとろうと様々な工夫をしてくれます。「中国語はできるか?」と、第3の言語の可能性を模索したり、パントマイムをして意思疎通を図ったり、中には私の顔を見て逃げ出す学生もいます。できる限りの日本語を使ってコミュニケーションをとろうとしてくれる学生もおり、「私の日本語は地下1階」(=「私の日本語のレベルは低いです」)なんて言ってきた学生もいました。追い詰められた時の人間のとる行動がどのようなものであるか、見ていてとても面白いです。

-田村さんとコミュニケーションをとろうという意欲が学生達にあることは素晴らしいことだと思います。英語を得意とするスラブ大学の学生達にとって、日本語を学ぶ意義とは何でしょうか。

工夫する力が身につくことだと思います。言語というのは熱心に取り組まなければ、いつか忘れて消えてしまうものです。しかし、語学学習で困難に直面した時、どのように取り組み工夫したかという経験が、学生達の将来の人生において必要とされる「生きていく力」になればいいと思っています。また、日本語学習の思い出が彼らの脳裏に刻み込まれ、将来、日本に来たいなと思ってくれたり、彼らが日本について何かしらの印象をもつようになってくれたりすればいいなと思っています。

-田村さんのパートナーである現地日本語教員の方は、日本語教育に対してどのように取り組まれていますか。

私がパートナーを組んでいる日本語教員は、日本語教育について非常に熱心な方です。母国語話者ではないことの弱みを補完するため、発音の練習にオーディオを用いたり、ビデオを用いて学習の中に視覚情報を取り入れたり、様々な工夫を授業の中で行っています。我々シニアボランティアから新しいことを学ぶたびに、すぐにそれを授業の中に取り入れようとする意欲が感じられます。

-パートナーの日本語教員の方は、とても熱心なのですね。それでは、スラブ大学は教育機関として、日本語教育にどのように取り組んでいますか。

日本で研修を受けた先生らはタジキスタンの多くの人たちに日本について知ってもらうために様々な取り組みを目標に掲げています。その目標の一つは、スラブ大学内に日本語学科を設立しようというものです。また、昨年にはオリジナルの日本語の教科書を作ろうという目標も打ち立てられました。

人材の流出と日本語教員の不足

-スラブ大学側は日本語教育に積極的なようですが、多くの試みがある中で、何か課題などはあるでしょうか。

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休み時間に学生に囲まれる田村さん(左から5人目)

現実問題として、スラブ大学には日本語を教えることができる先生が現在一人しかいません。最近の「大学教員は修士号を取っていなくてはならない」という世界的な潮流に沿って、タジキスタンでも修士号を所持しているか否かが教員採用時の条件となっています。このために、日本語教員を雇いたくても、条件を満たす人材がいないというのが実情です。また、タジキスタンで日本語を勉強したいと熱心に思っている人は日本に留学してしまい、タジキスタンに帰って来ずに人材流出となってしまうので、日本語教育の人材が増えません。

さらに、日本から派遣されてくる日本語教育人材も不足しています。タジキスタンの日本語教育分野へは、これまで途切れ途切れにボランティアが派遣されてきました。JICAシニアボランティア応募者のうち、タジキスタンでの活動を希望する人が残念ながら少ないのは、日本国内でのタジキスタンという国の認知度の低さが一因となっているように思います。タジキスタンで活動していた元シニアボランティアの方から話を聞くまで、私はタジキスタンという国があること自体知りませんでした。タジキスタンについての情報はとても少なく、私にとっては全く未知の国でしたので、そんな国に行くことにはじめは不安を感じていました。また、2020年からはシニアボランティアの採用条件にこれまでよりもさらに豊富な経験年齢が求められるなど、派遣のハードルが更に厳しくなると聞いています。これまで、タジキスタンへ派遣されてきたボランティア同士は知り合いだったり友達だったりして、お互いに知人をスカウトしながらボランティアの輪を細々ですが脈々とつないできていました。しかし、今後は、私の後に続くボランティアの方が見つからず、日本語教育の発展への道がまた途切れてしまうのではないかと懸念しています。

日本語教育の発展に向けて様々な夢と計画があっても、それを実行に移すための人材不足が最も大きな課題だと思います。

-タジキスタン国内の日本語教員の不足という問題について、今後どのような取り組みがなされていくべきだと思われますか。

タジキスタンの国内に残って日本語教育に情熱を傾けてくれる人を育てなくてはならないと思っています。そのためには、日本語教育そのものを充実させていく必要があります。日本語教育に携わる次の世代を育成し定着させていくためには、JICA等からの日本語教師の派遣などの人的支援が引き続き必要であろうと思います。

おわりに

田村さんはシニアボランティアとしての業務で忙しいにもかかわらず快く取材に応じてくださいました。このインタビューを通じて、タジキスタンでの日本語教育の様子やその課題について少しでもお伝えすることができれば幸いです。

プロフィール

田村 阿弥さん
国際交流基金のプログラムにて、日本の看護師・介護福祉士を目指すフィリピンとインドネシアの人たちに日本語を教えた経験あり。JICA長期ボランティアとしてジャマイカで日本語教育の活動をした。

聞き手
稲川 翠
早稲田大学大学院 商学研究科 開発経済学専攻
JICAタジキスタン事務所インターン
活動期間2019年2月~2019年3月