【東日本大震災から10年Vol.2】 福島の知見をチョルノービリと共有し、科学的な研究で被災地の未来をつくる

2021年3月2日

「3.11」の福島第一原子力発電所事故から10年。いまだ帰還困難区域が残り、故郷に戻れない人々がいます。そこからさらに25年前の1986年4月、ウクライナ(旧ソ連)でチョルノービリ原子力発電所の事故は発生しました。原発近くの町は無人と化し、35年の歳月が流れた今もなお、ウクライナの国土だけで約2,577平方キロメートル(東京都の面積の約1.2倍)の立入禁止区域が広がっています。

原発事故で汚染された環境を科学的に調査研究して未来に役立てる—そんな目的のもと、福島とチョルノービリを結ぶ国際共同研究プロジェクトが進んでいます。福島大学の環境放射能研究所が主体となり、最新の環境モニタリング分析技術などを駆使し、放射性物質の調査を実施。そんな汚染された土地の再利用に向けた動きを追いました。

【画像】

チョルノービリ立入禁止区域内の観測・調査を行うウクライナの研究機関と福島大学・筑波大学のメンバー

福島のモニタリング分析手法を活用。立入禁止区域再定義のためのデータを集める

最新機器や分析手法の共有でウクライナの政策決定や福島の未来に役立つ研究を進めるプロジェクト責任者の難波謙二専門家(左)とウクライナ国立生命環境科学大学(NuBIP)のスタニスラフ・ニコライエンコ学長(右)

「福島における定期的でかつ継続的な放射線モニタリング(計測・監視)やその分析手法などの知見が活かされ、チョルノービリの放射性物質の状態や動きがこれまでよりも明確になってきました。国際学会や学術誌などでの発表も進んでいます」

プロジェクトの進行状況についてこう語るのは、福島大学環境放射能研究所所長の難波謙二教授です。同研究所は福島第一原発の事故を契機として2013年に設立。放射性物質が森林や河川・海洋などの生き物の生態系にどのような影響があるのかなどを調査・観測し、最新のシミュレーション技術などを駆使して科学的知見につなげる研究を行っています。

チョルノービリ立入禁止区域内での放射能動態調査に向け土壌を採取

難波教授は「当然ですが、先に発災したチョルノービリには調査の歴史と知見があります。一方で、福島第一原発事故までの25年間で、科学技術は大きく進歩しました。とりわけ1990年代からストロンチウム90やセシウム137などを効率よく高精度に測定できる手法や機器が格段に進化した背景もあり、環境モニタリングの分析や、そのデータに基づく放射性物質の動態モデリング(模式化)などについては、後発であり最新でもある福島の知見が活用できるわけです」と、相互の基本的な関係性を語ります。

福島とチョルノービリ、双方に学びや気づきが生まれている

多岐にわたるプロジェクトの一例をあげると、事故で汚染されてしまった冷却用水池の周辺環境調査があります。廃炉にともない2014年に水源供給が停止され、池の水位低下が進んだことによる環境変化を確認するため、池の水質や周辺土壌の調査を実施。魚類など水生生物や水位低下で出現した陸地の野生小型哺乳類を捕獲した生物影響の調査研究や、井戸を掘り地下水を観測するなど、環境中の放射性物質に関するさまざまな観測と分析が進められています。

【画像】

立入禁止区域内の河川調査の様子(左)。冷却用水池で捕獲された大ナマズなど魚類への影響を調査(右)

1986年のチョルノービリ原発事故直後から周囲の河川などの環境調査や研究を続け、2013年からは福島大学環境放射能研究所に籍を置くマーク・ジェレズニャック特任教授は本プロジェクトの意義を次のように語ります。

「チョルノービリ事故から35年近くが経過し、石棺を覆うシェルター(新安全閉じ込め構造物)建設も行われ、ウクライナ政府は立入禁止区域の再編を計画しています。その取り組みを安全かつ適切に実施していくためには、まずは区域内の放射性物質の量やその移行状況を正確に把握するのが肝心です。日本との共同研究によって、ウクライナで最先端の分析機器類を活用した研究やモニタリングを実施できます。また福島の環境モニタリングに基づいた避難区域の設定や避難指示解除の情報を共有できるなど、学ぶべきことがたくさんあります」

チョルノービリ原発の南およそ100kmに位置する首都キーウには約290万人が暮らしており、住民の安心・安全のためにも、放射性物質の再飛散を常にモニタリングできる体制の強化が求められているのです。

被災地の未来を見据えるための科学的データの提供が重要

2020年4月、チョルノービリ立入禁止区域で森林火災が発生し、域内面積の約1/3が焼失、鎮火まで約1か月を要しました。その際、「放射性物質の大規模な再拡散」という誤った情報が、正確な実証のないまま世界に流れました。

【画像】

2020年4月に立入禁止地域で発生した森林火災の様子

2020年4月に立入禁止地域で発生した森林火災による大気中セシウム137濃度のシミュレーション結果 (Тalerko et al.,2021 Atmos. Pollut. Res. より引用)

「チョルノービリ地域の森林火災による放射性物質のモニタリングは当初からの課題の一つで、私たちもドローンを活用して詳しく観測しました。また、キーウ市の大気もインパクターという装置で捕集して調べたところ、たしかに火災以前よりセシウム137の増加が見られたものの、その量はウクライナの許容レベルをはるかに下回ることが観測できました。共同研究機関である福島の環境放射能研究所から報道機関に向けて科学的根拠に基づく情報を発信することで、誤った情報が拡散してしまう危険性に一定のブレーキかけることができたと感じています」と、同研究所の五十嵐康記特任助教は本プロジェクトの成果の一部を述べます。

東日本大震災から10年の節目を迎え、難波謙二教授はプロジェクトのこれからについて、次のように語りました。

「この国際共同プロジェクトでは、両国で積み重ねたさまざまな研究成果がウクライナ政府の政策決定につなげられることを目標です。チョルノービリと福島を比較研究することで、これまで分からなかった事象の解明や福島の未来を予測する手がかりとすることも期待されています。今後もチョルノービリと福島の原発事故から得られた教訓や科学的知見をウクライナと日本とで協力しながら両国内だけでなく,世界へ発信していきたいです。さらに、環境放射能研究所は、グローバルな研究者同士の交流だけでなく、福島を中心に一般の方々との研究成果の話題を中心に懇談の場を設ける活動も続けています。学術論文だけでなく、市民講座や中・高校生向けセミナーなどで、研究成果の分かりやすい報告やきめ細かな発信を心がけていきたいと考えています」