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南スーダン・アブラハム選手が自己ベスト更新で新記録達成!:「前橋市、横田真人コーチ…スポーツを通じた絆、互いを思いやる心を記録と共に母国へ」

2021年4月12日

「2着 グエム・アブラハム 南スーダン 3分42秒99」

電光掲示板の数字は南スーダン男子1500mの国内新記録達成を示します。4月4日、東京・駒沢陸上競技場で開催された「東京陸協ミドルディスタンス・チャレンジ」で、南スーダンのグエム・アブラハム選手が自己ベストを更新。バックストレートで惜しくも交わされ2着となりましたが、日本でもトップクラス級の記録を打ち立てました。

JICAの紹介がきっかけで、群馬県前橋市が南スーダンの選手団を受け入れ、東京オリンピックに向けた長期合宿が始まってから約1年半。前橋市の温かいサポートのもと、さまざまな人々との出会いが南スーダンの選手たちを勇気づけ、競技力の向上を支えます。その一人が、元男子800m日本記録保持者でロンドン五輪代表、現在、陸上プロコーチの横田真人さん、そして横田さん率いる中長距離トラッククラブ「TWOLAPS」のメンバーです。

同じ陸上選手として、スポーツには人種や国境を超えて理解し合える力があること、そんな勝ち負けだけではないスポーツの力を互いに共感し、刺激を受けながら高め合う姿がそこにありました。

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レース後、健闘をたたえ合うグエム・アブラハム選手(中央)と、TWOLAPSの楠康成選手(右:2020年日本陸上競技選手権男子1500m3位、所属:阿見アスリートクラブ)、館澤亨次選手(左:同1位、所属:DeNAアスレティックスエリート)

オリンピックに向け自信、さらなる記録更新を狙う

アブラハム選手は、今回のレースを次のように振り返ります。

「これまで参加してきた大会では独走することが多く、なかなかペースをつかむことができませんでした。今回はハイレベルな戦いで、さらに一緒に練習した(TWO LAPSの)楠選手がペースメーカーとして引っ張ってくれたので、自己ベストを更新することができました」

シーズン初戦の大会で記録を出せたことは、オリンピックに向け、大きな自信にもつながったと言うアブラハム選手。「風が強い中でも結果を出すことができました。今日のレースでラスト80mの強化が必要だと課題が明確になったので、トレーニングを積み、さらなる記録更新を狙います」と次を見据えます。

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ペースメーカーの楠選手(右)を追うアブラハム選手(中央)

前橋市を訪れ、アブラハム選手と一緒に練習する横田コーチ(中央)と楠選手(左)

アブラハム選手をこの大会に招いたのが横田コーチでした。昨年12月、JICAを通じてアブラハム選手を取材。母国南スーダンの未来と希望を胸に走るアブラハム選手の思いにTWOLAPSのメンバー楠康成選手らも共感し、今年3月には前橋市を訪れ、アブラハム選手と一緒に練習を行い、この大会へと導きました。

アブラハム選手は来日以降、記録が伸び悩むなか、この合同練習で、レースに対するモチベーションの保ち方に加え、ウォーミングアップの方法など、さまざまなことを学び、競技レベルの高い今回のレースで活かすことができたと言います。

アブラハム選手と楠選手の練習風景はこちら

「国の未来を背負って走る」—スポーツの意義を改めて知る

「『自己ベストを更新したい』とアブラハム選手は念入りな準備をしていて、レース前からその覇気が伝わってきました。ペースメーカーとしてレースを引っ張りながら、1000m付近で後ろを振り返ると、アブラハム選手が仕掛けてきているのがわかりました。でも向かい風が強い。これは自分がもっと行くしかない、と予定より100m長く走り抜きました」

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日本のトップクラス級の選手らと競うアブラハム選手(左)

そう語る楠選手は、2020年の日本陸上競技選手権で男子1500m第3位の実力者。現在、3000m障害で東京オリンピックを目指すなか、アブラハム選手との出会いは、自分自身にとっても、オリンピックやスポーツの意義を問い直すきっかけになったと語ります。

「約300人の子どもたちに陸上を指導するなか、子どもたちの夢や目標になるためオリンピックに出場したいという気持ちが自分にはありました。アブラハム選手のことを知って、オリンピックが国の平和につながる、その国それぞれにオリンピックの意味付けがあることに改めて心動かされ、日本での経験を自国の子どもたちに伝えたいというアブラハム選手の言葉にも同じ思いを感じました」

さぞかし使命感にあふれ近寄りがたい存在かと思いきや、実際に一緒に練習したアブラハム選手は、純粋に「速く走りたい」と努力する一人の若きアスリートでもあったと楠選手は笑みを浮かべます。すっかり意気投合した二人は、これからは友達として、お互いレベルアップしながら、共にオリンピックの場に立とうと誓い合います。

母国に示したいのは、殺し合うのではなく、思いやる心

レース後の記者会見で「オリンピックでどんなパフォーマンスを母国にみせたいですか?」というメディアからの問いかけに、アブラハム選手はこう答えました。

「自分が南スーダン人としてオリンピックに出場することで、部族の垣根を超えて誰もが応援してくれる。南スーダンが一つになるために走りたい」—アブラハム選手は語ります

「いい記録を出すことはもちろんです。そして何よりも、前橋市でサポートしてくれる方々をはじめ、さまざまな人々とのつながりから勇気をもらい、あきらめない気持ちを持つことができてこそ、その記録が生まれます。だから、記録だけではなく、このお互いを思いやる心も母国に示したい。紛争で殺し合うのではなく…」

南スーダンは長年の部族間の紛争などにより、現在も国民のほぼ3分の1にあたる約370万人が難民・国内避難民という状況のなか、アブラハム選手の日本での経験は母国に明るい未来を示してくれるはずです。

今後もアブラハム選手へのサポートを続けたいと言う横田コーチ。「TWOLAPSというクラブは、性別や国籍を超え、競技外でもスポーツを通じて社会を変えていくGame Changerでありたいです」と語り、勝ち負けだけではないスポーツの価値を築くなかで、アブラハム選手との出会いは、TWOLAPSのメンバーにとっても貴重な経験になっていると述べます。

南スーダン国内新記録が表示された電光掲示板を見るアブラハム選手と楠選手。二人の絆はこれからさらに深まっていきます

アブラハム選手、横田コーチ、楠選手、だれもが「この出会いはこれで終わりじゃない。オリンピック後も続けていきたい」と口をそろえます。

スポーツを通じた一つの出会い、そこで育まれた絆が、新たなパワーを生み出し、社会を変えるきっかけになる—そんな道筋をJICAはこれからも応援していきます。

今回のレースの様子はこちら