【7月30日は人身取引反対世界デー】ベトナムで人身取引被害を最小限に食い止める電話相談「ホットライン」を強化

2021年7月27日

人身取引とは、労働力の搾取や性的サービスの強要などを目的にした人身の獲得・輸送・売買で、被害者の人権を侵害する凶悪な犯罪です。東南アジアで国をまたぎ発生する人身取引に対し、JICAは、被害者の社会復帰を支援するため、メコン地域(タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマーおよびベトナム)全体で連携を強化しています。

なかでも、貧困層の村人が出稼ぎに出る過程で人身取引の被害に巻き込まれることの多いベトナムで、JICAはベトナム政府と共に立ち上げた電話相談サービス「ホットライン」を拡充させ、被害発生の予防、被害者の救出と社会復帰に向けた協力を展開しています。

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(左)ホットラインを紹介するわかりやすいパンフレットも作成
(右)ホットラインはハノイを含め3カ所にコールセンターを持ち、24時間体制で電話に対応

電話相談員のカウンセリング力の強化や関連機関との円滑な連携を実現

人身取引はしばしば組織的な犯罪であり、巧みな証拠隠滅により摘発や逮捕が難しく、ベトナムの人身取引の発生件数は、過去15年間、増加傾向にあります。2020年以降は新型コロナウイルスの感染拡大防止のための国境封鎖に伴い、国境を越えた人身取引は一時的に減少しました。しかし今後、コロナによる経済的な困難の増加によるリスク上昇に伴い、犯罪の再燃が懸念されます。

JICAでは、2012年、ベトナムの労働傷病兵社会省の児童保護局と共に、同国初の人身取引対策電話相談窓口となるホットラインの立ち上げを含むプロジェクトを開始しました。このホットラインは、人身取引被害にかかわる各種支援の情報提供、救出支援、被害者への心理的サポートをすることが主な役割です。

「開始から9年目を迎え、ホットラインはより機能が拡充し、より強固な機能となっています」。ホットラインのプロジェクトに携わるJICAの岩品雅子総括が、機能強化を目指したこれまでの取り組みを話します。

電話相談員研修では、ペアワークでロールプレイを行います

「被害者が救出を求めてきた際は、現在位置、置かれている環境など、状況の正確な聞き取りと的確な判断が求められます。ホットラインは電話のみならず、Facebook等のSNSを通じてもやり取りができるようになっています。被害者の心理サポートをする際は、話をするなかで一緒に解決策を見つけられるよう、相手の心に寄り添ったカウンセリングが欠かせません。そのため、電話相談員の能力向上には、基礎から応用までをカバーしたカウンセリング力習得のための研修を実施しています。座学に加え、グループワークやロールプレイを取り入れており、相談員たちは様々なケースに対応する力を身に付けてきました」

また、児童保護局は、警察や国境警備隊、ベトナム女性連合などの関係機関と会合や研修を定期的に開催しています。「人身取引対策は様々な組織が連携して対応することが大切です。ホットラインにおいても、状況によって複数の関係機関に被害者救出の出動や情報の照会を要請します。一刻を争う場面での連携で物を言うのが、日ごろからの信頼関係の構築なのです」と岩品総括は述べます。

アニメーション動画で被害を予防

人身取引の防止や被害者保護の環境整備が進みつつある一方で、ホットラインの認知度は12.3%(2019年調査時点)と低く、継続的な広報活動が必要です。農村部に住む少数民族の被害者が多いことを受け、少数民族の言語でコマーシャルを制作したり、低年齢の被害者を出さないようアニメーション動画による被害予防を呼び掛けたりしています。

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幅広い年齢層に向けて身近に潜む危険を認知してもらうためにアニメーション動画も制作

アニメーション動画はこちらから

また、プロジェクトでは、ホットライン運営にとどまらず、被害に遭った人への支援内容が明記される政令の改定作業にも協力しました。

被害者への支援内容を明記した政令について、その成果などに関する質問に回答する政府職員ら

「過去5年間の支援状況を実際の被害者にヒアリングしながら評価し、支援金や医療支援等が受け取りやすくなるよう関連項目を大幅に修正しました」と、プロジェクトは被害者の社会復帰を後押しします。

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政令が現実的な支援策となるよう、被害に遭った方への対面ヒアリングも実施

コールセンターの人材育成に向けた教材作りが現地スタッフの発案でスタート

「現地で活動を進める児童保護局スタッフの発案により、ホットラインをより効果的に機能させるための取り組みを始めます」。新型コロナウイルスの影響で、この1年強、日本からJICA専門家の渡航が叶わなかったものの、現場の意識はますます高まっていると岩品総括は言います。

まずは、研修用の標準教材の制作です。電話相談員は様々なケースの相談を受けるため、精神的なストレスが強く、離職者が出てしまうという課題を抱えています。人材の入れ替わりがあるなかでも、コールセンターのクオリティを保てるよう、経験豊富な相談員が中心となりこれまでの研修の内容をまとめた標準教材のドラフト作りが始まりました。

そして、ドキュメンタリー映像の制作も始めます。被害者の多くは「まさか自分がトラブルに巻き込まれるとは思っていなかった」と話します。より多くの人に、身近に潜む人身取引のリスクを知ってもらい、被害の予防と最悪な事態の回避に貢献します。

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(左)業務にあたる現地プロジェクトメンバー
(右)プロジェクトチームと児童保護局、関係機関のスタッフら

岩品総括は、かつてJICAの教育プロジェクトでラオスに赴任した際、人身取引により性的被害に遭った女性が、村の男性たちに陰口を言われ差別を受けているのを目の当たりにしたと振り返りました。

「命からがら帰ってきた故郷で、村人から再び傷つけられるという現実にショックを受けました。その時の経験が、ベトナムでの人身取引対策に取り組むようになったきっかけです」と、使命感をにじませる岩品総括は、7月30日の人身取引反対世界デーに際し、次のメッセージを多くの人に届けたいと話します。

「人身取引は、日本では身近に感じることはないかもしれませんが、まったくないわけではありません。悪質な労働搾取や性的搾取のケースを目にしたら、ぜひ声をあげてください。そして、私たち自身が一人の消費者として、労働搾取や児童労働により生産された商品を買わないという選択をすることも、犯罪の間接的な抑止につながります」