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【10月13日は国際防災の日】国連交渉の場で “Mr. Build Back Better” と呼ばれた男—信念と確信を持って、日本の防災知見を世界の常識に:竹谷公男JICA防災分野特別顧問に聞きました

2021年10月8日

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竹谷公男JICA防災分野特別顧問。これまでの防災分野での功績から、令和3年度外務大臣表彰を受賞

「これまで経験のない大雨」「命を守る行動を」—日本でもそんな自然災害に関するニュースを耳にすることが増えています。気候変動などの影響に伴い、世界の自然災害リスクが高まるなか、特に途上国では、国の施策として防災への取り組みが未整備な部分も多く、ひとたび自然災害が発生すると、国民の命やそれまで積み上げられた経済資本が危険にさらされることに直結します。

そのような状況のなか、いかに自然災害のリスクを低減するために事前に投資をして準備をするか、また、自然災害が起こってしまった場合は、それを機に、いかに自然災害に強い国や社会をつくることができるか—。自然災害への取り組みにおいて「Build Back Better(より良い復興)」という考え方を、途上国はもちろん、世界で根付かせていくことが、国や社会を持続させていくためには欠かせません。

その旗振り役として世界をリードしてきたのが、竹谷公男JICA防災分野特別顧問です。これまで40年来、自然災害の現場で各国のリーダーたちと「災害に強い社会」を目指して格闘してきた経験から生まれるゆるぎない確信と信念がその原動力です。

※「国際防災の日」は、自然災害によるリスクを低減するために、何ができるかを考える国連が制定した国際デーです。

防災大国の日本だからこそ、役立つ災害支援を確信もって提唱できる

「事前の防災投資が重要であると同時に、それができない状態で災害に遭った場合は、災害を奇貨としてより強い社会に復興するBuild Back Betterという考え方について、防災のプロなら皆がぼんやりとは認識していたと思います。復旧(原状回復)だけでなく復興(原状を回復させつつさらに強くする)も重要というのは当たり前です。ただ、国際的な議論の場で、きちんと用語として明確に定義して、説得して、合意を得る形でBuild Back Betterを提唱する人がそれまでいなかったんです」

2015年3月、宮城県仙台市で開催された「第3回国連防災世界会議」で、向こう15年の国際的な防災の枠組みとして策定されたのが「仙台防災枠組2015-2030」。竹谷さんは日本政府の交渉団として1年近く粘り強く、熱意をもって交渉を続け、各国の参加者との合意のもと、仙台防災枠組のなかに事前防災投資の重要性及び次善の策としてのBuild Back Betterの定義を盛り込んだのです。これこそ、竹谷さんがMr. Build Back Betterを呼ばれる所以です。

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左:第3回国連防災世界会議に出席した潘基文(パン・ギムン)国連事務総長(左)とマルガレータ・ワルストロム国連事務総長特別代表(防災担当)※役職は会議開催当時

右:タフで粘り強い交渉の末、竹谷さん(左)は事前防災投資の重要性と次善の策としてのBuild Back Betterの定義と重要性について、第3回国連防災世界会議の場で合意を得ました

【画像】「なぜBuild Back Betterなのか。それは、同じ被害を二度と受けないようにして社会全体を持続可能にするためです。事前に防災投資を行い、災害を未然に防ぐのが理想的です。しかし、それができる前に災害に遭った場合は、単に防災対策だけを行うのではなく、災害によって、誰が、そしてどんな産業が一番ダメージを受けたのかを見極め、それを踏まえて社会全体をより強靭にしていかなければなりません。社会の脆弱性を置き去りにして、形だけの復旧をしていてはダメなんです」

力強く語るその言葉の背景には、世界有数の防災大国である日本が積み重ねてきた防災への知見があります。日本では、河川沿いの氾濫原(洪水時に氾濫する範囲)に人口の約5割が暮らし、資産の75%が集中しています。そこに住み続けるため、洪水への応急対応だけでなく、治水の安全度を高めるといったさまざまな工夫をしてきました。戦後まもなく、まだ国が貧しいときにも、日本は事前防災への投資を繰り返し、今に至ります。

「世界で起こる自然災害による被害額の約75%が洪水によるものとされています。洪水が起こるのは、ほとんどが日本などアジアモンスーンの国々です。自然災害の発生が比較的少ない欧米諸国とは異なる知見があるからこそ、先進国のなかで役に立つ災害支援を語れるのは日本だけなのです」

国のリーダーがまず、防災への準備を牽引することが大事

竹谷さんはこれまで約40 年にわたり、防災分野のプロフェッショナルとして、民間コンサルタント、アジア開発銀行の専門家、JICA国際協力専門員といったさまざまな立場で、Build Back Betterの意義を訴えてきました。

そのなかでも、2013年にフィリピンを襲い、壊滅的な被害をもたらした巨大台風ヨランダの復興支援にJICAの一員として携わった当時を振り返ります。

台風ヨランダの復興支援計画書ドラフト案の表紙には、左記の会議を経て、急遽「Build Back Better」の文字がキャッチフレーズとして世界で初めて記載されました

「それまで、アジア各国の災害復興時などでは明確な定義付けはしてないものの、Build Back Betterの重要性については受け入れられつつありました。ヨランダ復興支援計画策定に向け、支援団体が集う会議で、『国民に対して将来希望の持てる国にするため、将来の同種災害を防ぎ、より強靱な社会に復興させるという復興哲学を持った計画を早く提示することが何よりも大事』とJICAは提案しました。大統領も同席したその会議で、他の支援機関は支援できる復旧予算の金額を提示するなか、日本だけは、災害に強い社会をつくるべきという復興哲学を強く打ち出したのです」

その重要性を真摯に受け止め、行動に移したのが当時のベニグノ・アキノ大統領です。Build Back Betterを軸にしたヨランダ復興計画を策定。その後、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領になってBuild Back Better より事前防災投資の方が効率的であることを理解し、”Build Build Build”のかけ声のもと、2017年から2022年までの災害対策予算を5倍に増やし、事前の災害対策に力を入れ続けています。

「国の政治的リーダーが率先して、事前防災投資の重要性を理解し、行動することで、国全体の防災意識が変わります。今ではフィリピンは、防災対策の優等生です」

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台風ヨランダの襲来から1年後、復興状況について副大統領、復興大臣、公共事業・道路大臣などフィリピンの政府要人と肩を並べて発表する竹谷さん(左)

2020年にフィリピンのマニラ首都圏を襲った台風ユリシーズでは、事前の洪水対策が功を奏し、浸水面積と経済被害を85%軽減することができたと試算されています。

日本も今後、過去に経験したことがない災害が起こる可能性は否定できません。これまでの事前防災投資の蓄積によって被害を免れ、まだまだ災害を他人事と考えてしまう人も多いかもしれませんが、改めて、次の災害に備えてより強い社会をつくるために何をしなければいけないのか、考えることが求められていると言えます。

災害に強い持続可能な社会の実現に向けて、JICAに課せられた役割

仙台防災枠組に基づき、2015年から2020年までの5年間で、各国は事前防災投資を含んだ国家防災戦略・地方防災戦略の策定を加速させました。

「途上国のなかには防災計画が完成していない国もあり、各国の事情に合わせて、災害時にいかにその国のGDPの低下を防ぐ投資を計画的に行うことができるか、防災計画策定に向けた協力もJICAに課された役割です。日本の防災の取り組みを振り返ると、すべての施策が100%正しかったとは言い切れません。そのため、相手国の事情や資産規模にあわせて、日本の防災技術から必要部分を組み合わせ、ベストミックスにしていく必要があります」

そして2021年からは、各国が新たに策定した防災計画を実行に移し、持続可能な社会を形作る大切な期間になります。

「国際協力機関のプロフェッショナルとして、各国のリーダーたちと事前防災投資、及び災害が発生した場合にはBuild Back Betterの哲学で復興を行うことの重要性をしっかりと議論し、災害に強いよりよい社会を構築するための道を示していくことこそ、JICAに求められています」

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竹谷公男JICA防災分野特別顧問
民間コンサルティング会社社長、アジア開発銀行持続的開発局水災害管理上席専門家、JICA上席国際協力専門員などを経て現職。東北大学災害科学国際研究所客員教授として教壇にも立つ。高校時代はサッカーに打ち込み、全国高校サッカー選手権優勝、U20日本代表アジア大会にも出場した。今年の秋は状況が許せば、学生たちと東日本大震災の被災地を自転車で巡る旅も計画中。京都市出身。