暮らしやすいパレスチナ難民キャンプを目指して:女性や若者、障害者も、みんなで進める生活改善

2022年1月20日

「いつも、かくれんぼやサッカーをして遊ぶんだ!」。こんなふうにパレスチナ難民キャンプの小学生が話すと、日本の小学生たちは「ぼくたちと同じだねー」といった面持ちで白い歯を見せました。昨年12月に開催された日本の小学生とヨルダン川西岸地区のパレスチナ難民キャンプの子どもたちによる「オンラインおりがみ交流会」での一コマです。

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JICAが生活改善に協力しているパレスチナのヨルダン川西岸地区3つの難民キャンプの小学生と日本の小学生たちとのオンラインおりがみ交流会の様子

おりがみを初めて体験したパレスチナの子どもたちは「紙を折ることがこんなに楽しいとは思いませんでした」と目を輝かせます。そして最後に「日本のみんなには、『僕らは故郷に帰れない。占領下で暮らしている』ことを知ってくれたら嬉しいです」と語りました。日本の子どもたちにとって、その言葉はどんなふうに響いたのでしょうか。「オンラインおりがみ交流会」の様子は朝日小学生新聞でも取り上げられました。

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資料提供:朝日小学生新聞(2021年12月28日一面掲載)

パレスチナの人々が故郷を離れて70年以上の年月が過ぎています。ヨルダン川西岸地区とガザ地区に点在する難民キャンプでは建物や施設が老朽化し、劣悪な環境の中で生まれ育った二世や三世の失業や貧困など、パレスチナ難民キャンプの経済社会問題は日に日に深刻さを増しています。JICAは、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ難民キャンプの生活環境改善に向けた取り組みを通じ、難民キャンプの住民たちが、明日への希望を胸に一歩ずつ前進していけるようサポートしています。

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ヌールシャムス難民キャンプの街中:無秩序に建て増しされた建物が並んでいます

長期化するパレスチナ難民問題

「パレスチナ難民は1948年のイスラエル建国と第1次中東戦争以来、世界で最も長期化している難民問題の一つです。難民キャンプと聞くと、戦果を逃れる一時的なテント暮らしをイメージしてしまいますが、仮住まいとして建てられた住居内では三世代目、四世代目と人口が増え続け、住居は改修や増築が繰り返された結果、今日ではいわゆるスラム街のような様相を呈しています。そのため、建物の老朽化に加え、上下水道や電気などのインフラ整備もままならず、悪化の一途をたどる生活環境の改善は喫緊の課題です」

このように難民キャンプの「今」を概説するのは、JICAのパレスチナ難民キャンプの生活改善プロジェクトに取り組んでいる関口正也専門家です。

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オールドアスカール難民キャンプの細い路地。人がすれ違うことも困難です

パレスチナ難民は、国連総会決議でも言及のある帰還権(*1)に基づいて、いつの日か故郷に帰ることを願いつつも、イスラエルとパレスチナの和平交渉が停滞する中、今では難民キャンプを離れて周辺の町に住宅を買い求めたり、住居を借りたりして暮らしている人々が多数派です。

「とはいえ、移住ができない貧しい人々は難民キャンプに住み続けるしかありません。その数はヨルダン川西岸地区19か所のキャンプだけでも約26万人(*2)。その人口増は今も続いており、6畳2間ほどの広さに家族10数人が暮らしている世帯もあります。居住区では秩序のない住居建築の影響で、歩いてすれ違うことさえ難しい狭い路地が入り組んでいて、危険な場所もたくさんあります」

こうしたなかJICAは、2016年12月からパレスチナ解放機構・難民問題局(DoRA)とともに、ヨルダン川西岸地区のアクバットジャバル、オールドアスカール、ジャラゾンの3つの難民キャンプにおいて、難民キャンプ改善プロジェクト、略称PALCIP(パルシップ)という取り組みをスタートさせました。

それまでは少数の男性リーダーが中心となって進めていたキャンプの運営管理などを、あらゆるコミュニティ、例えば女性や若者、障害者などの代表者、つまり「みんなで」キャンプ改善に参加できるような仕組みづくりの構築を推進していったのです。

*1 国連総会決議で認められた「パレスチナ難民が居住していたもとの土地に戻る権利」。
*2 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)推計/1キャンプ当り2,500人~27,000人程度

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オールドアスカール難民キャンプの住宅の状況について説明するプロジェクトを率いるDoRAのヤセル・アブキシュクさん

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ジャラゾン難民キャンプの劣化した舗装道路

住民自らが参加することで、当事者としてのやりがいや交流が生まれる

この難民キャンプの生活改善プロジェクトでは、まず住民自身が難民キャンプの改善点について話し合い、住民の中のさまざまなグループから選ばれた代表者によるキャンプ改善フォーラム(CIF)がキャンプ改善計画を作ります。JICAの技術協力では、こうした住民参加型の活動が円滑に行われるよう日本人専門家が支援をし、立案された改善計画の実施もサポートしています。

ジャラゾン難民キャンプ障害者センター長のフッサム・アラヤンさん

CIFメンバーの一人、パレスチナ自治区の首都機能を有するラマラ北部のジャラゾン難民キャンプにある障害者センターのセンター長のフッサム・アラヤンさんは、「今までは私自身の一存でいろいろな活動を進めてきましたが、キャンプ改善フォーラムに参加したことで周囲の人々の意見を幅広く聞くことの大切さが理解でき、障害者センターでの活動にも活かしています」とプロジェクトの成果を語ります。

オールドアスカール難民キャンプで若者活動に参加したマディハ・オバイドさん(中央)

また、パレスチナ北部ナブルスにあるオールドアスカール難民キャンプの女性CIFメンバーのマディハ・オバイドさんは、「キャンプ改善フォーラムの活動を通して、女性の自分も地域のために貢献できることが分かり、とても嬉しく感じました」とやりがいを口にしました。

こうして実現したのは、例えば難民キャンプ内の公共ホールに車いす用のスロープを設置したり、公園を整備して子どもたちが安全に遊べる遊具を設置したりするといった、まさに地域生活に密着したインフラの改善でした。

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(左)オールドアスカール難民キャンプでキャンプ改善計画(CIP)について議論するDoRAとCIFメンバー
(右)アクバットジャバル難民キャンプでユニバーサルデザインを取り入れ改修した公共施設

プロジェクトを支える関口専門家は、「住民参加」「ユニバーサルデザイン」「インクルーシブ(包摂)」がプロジェクトの鍵となるキーワードとし、印象深かった出来事を次のように振り返ります。

「日本でもパレスチナでも同じですが、若者はあまり地域活動に積極的ではないですよね。そこで、試験的に若者のリーダーシップ育成活動を実施してみました。すると、参加した若者たちと難民キャンプ内のさまざまなグループのリーダーたちとの間で良好なコミュニケーションと信頼関係が築かれていき、従来ではほとんどなかった“世代を超えた協働”が盛んになったのです」

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アクバットジャバル難民キャンプの若者によるコミュニティ活動。世代を超えてコミュニティのために汗を流します

どんな状況下でも、誰もが安全で尊厳のある暮らしができるように

パレスチナでも新型コロナの影響は甚大ですが、パレスチナ解放機構・難民問題局(DoRA)とともに、さらなる生活改善に向けた取り組みがスタートしています。難民キャンプ改善プロジェクトのフェーズ2(PALCIP2)では、アクバットジャバル、オールドアスカール、ジャラゾン3か所の難民キャンプを対象にコロナ禍の緊急対応策を実施するとともに、コロナ禍でストップしていた策定済みのキャンプ改善計画の改訂作業を行いました。昨年10月からは関口専門家も現地でのサポートを再開しています。

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昨年10月、再度現地に入り、DoRA新規職員に日本のコミュニティ活動について紹介する関口専門家

「いま取り組んでいる難民キャンプ改善プロジェクトフェーズ2では、旧来の資金協力のみならず、クラウドファンディングなどの新しい資金調達方法もトライしています。当初DoRAは新しい手法に懐疑的でしたが、試していく過程でその重要性や有効性に気づいてくれました。今後も既存の枠にとらわれず、DoRAといっしょにチャレンジし、難民キャンプの方々の未来を少しでも切り拓いていければと考えています。『仮住まいである難民キャンプを快適にしてどうする!』というご意見もあります。しかし、パレスチナ難民を取り巻く環境がよりいっそう厳しくなる中、安全で尊厳のある暮らしができるように協力することはきわめて重要な事だと感じています。生活環境の改善は、帰還権に矛盾することのない協力活動です」

難民問題に長らく取り組む関口専門家は、自身に言い聞かせるように言葉に力を込めて前を見据えます。

昨年11月から新たに2か所の難民キャンプでも活動を開始しました。今後もDoRAとともにより多くの難民キャンプで「みんなで進める」生活改善の取組みを広げていく予定です。

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アクバットジャバル難民キャンプでのクラウドファンディング研修。改訂したキャンプ改善計画への資金調達を目指します