子どもの学びを守る、児童労働撲滅に向けたブロックチェーンシステムの可能性

2022年6月24日

作業の合間に口にするチョコレートや、ほっと一息つくココア。原料であるカカオが、子どもが学校に行くはずの時間と引き換えに働いて収穫されたものだったとしたら——。子どもの教育の機会を守るため、世界最大のカカオ生産国である西アフリカのコートジボワールで、ブロックチェーン技術を活用した児童労働撲滅の取り組みが始まっています。

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世界の各地域における児童労働者数と子ども全体に占める児童労働者の割合

5人に1人が労働に従事。アフリカで増加する児童労働の現実

世界の子どもたちの10人に1人——国際労働機関(ILO)が推計した児童労働の割合です。最も多いアフリカでは5人に1人。世界で労働している子どもの7割が、カカオやコーヒー豆などを生産する農業分野に従事し、そのほとんどが学校に行かず親を手伝う家庭内労働に従事しています。児童の教育機会を奪う児童労働は今、世界的な問題になっており、2016年以降、アジア太平洋と中南米・カリブでは減少傾向にあるものの、サハラ砂漠以南のアフリカではむしろ増加しています。

児童労働の大きな問題のひとつは、子どもが学校に行けないこと。教育の機会を奪われた子どもたちは、将来十分な収入が得られる仕事に就く可能性が大きく狭められてしまいます。

世界のカカオ生産量の43%を占めるコートジボワールでは、カカオ生産世帯のうち5〜17歳の子どもの38%が、カカオ生産にまつわる児童労働に従事しているとの報告があります(注1)。児童労働が起きる原因はさまざまですが、生産者側から見ると家族経営の小規模農家が多く、労働力を子どもたちに頼っていること、またその慣習が代々引き継がれていることが挙げられます。消費者側が安い商品を求めることで、コスト削減のしわよせが生産者に及び、農家の収入が低くなっていることも大きな要因です。

注1:

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農村地域で学校に登校してきた子どもたち。コートジボワール最大都市アビジャンの小学校就学率が91.1%、中学校就学率が62.4%であるのに対し、農村地域の就学率は小学校74.1%、中学校38.5%と、低い数字になっている。(Integrated regional survey on employment and the informal sector 2017より、写真はいずれもコートジボワール中南部のガニョア)

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学校で授業を受ける子どもたち。コートジボワールの15歳以上の識字率は、2014年の統計では43.9%と非常に低かったものの、2019年には89.9%と大幅に向上している。ただ、農村地域では依然として読み書きできない人が多く見られる。(UNESCO Institute of Statistics:http://uis.unesco.org/en/country/ciより)

ブロックチェーンを活用した児童労働の抑止システムとは

児童労働をなくすためには、カカオの生産過程を透明化し、輸出業者や小売店、消費者といった購入者に児童労働や農家の貧困といった生産者側の課題を把握してもらうことが重要です。そして、生産地への問題意識を持った購入者に、プレミアム(奨励金)価格のついた持続可能なカカオを購入してもらう。児童労働を行わない農家にこのプレミアムを支払うことで、農家の収入向上を実現する。児童労働から解放された子どもたちが学校へ行き教育を受ければ、将来の生活の質の向上にもつながります。

こうした幸せの連鎖をつくるためにJICAが構築したのが、ブロックチェーンを活用した児童労働のモニタリングシステムです。児童労働の現状を透明化するため、まず、児童労働の有無や学校への出席状況を当事者である農家や学校がデータベースに入力。そしてモニタリングチームが正しく情報が入力されているかチェックします。現地事業者はデータベース上の情報から児童労働が行われていないことを判定し、そうしたカカオについてはプレミアム価格で買い取りをすることで児童労働を抑止するシステムです。ブロックチェーンを活用することで、共有する情報の信頼性を守ります。ブロックチェーンは、多くの参加者が同一データを分散して共有できるシステムで、登録されたデータの改ざんが非常に困難で消去ができないため高い透明性を確保でき、コストも低く運用できるのが特徴です。

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サプライチェーンの現状と目指す姿。現状(左図)は、農家などの生産者側と、小売店などの購入者側の情報経路が相互に繋がっていないため、購入者側から生産者側の情報を追跡することが困難で、生産地の問題を把握することができない。目指すのは、右図のように生産者側と購入者側が情報をリアルタイムで共有する環状のサプライチェーン。ブロックチェーン技術を用いて情報を保全しながらトレーサビリティ(流通の追跡可能性)を確保する。

コートジボワールの首都ヤムスクロから南西へ140 キロのガニョア。ここでJICAは、デロイト トーマツグループと協働で2021年11月から1か月に渡り、児童労働をモニタリングするシステムの実証実験を行いました。参加したのは、児童の親である農家、農家が所属するグループ、教師や学校、そしてモニタリングチームです。モニタリングチームは、西アフリカのカカオ栽培における児童労働の撲滅を目指すNGO Beyond Beansのメンバーが担いました。

まず、学校の先生は児童の出欠を、農家グループ代表者は農園での児童労働の有無をデータベースに入力します。この二つが整合しない場合、モニタリングチームが両者へのヒアリングや現地訪問などで事実を確認し、情報を修正します。児童労働の発生率が低く学校出席率が高い農家グループに対して、現地事業者がカカオ豆を高く買い取ります。同時に学校は、正確な情報入力の対価として、学校施設の保全や改修、充実した給食、教材などを事業者からの報酬として受けることができます。今回の実証実験では、インセンティブとして、事業者の代わりにプロジェクトチームから農家グループに現金またはモバイルマネーを、学校には学用品を支給しました。今回の実証実験には小売店や消費者は参加していませんが、将来的には商品に付与したQRコード等からデータベースにアクセスすることで、購入者側からも登録された情報が確認できる仕組みにすることが可能です。データベースにブロックチェーン技術を活用することで、生産者側と購入者側が信頼性の高い情報を共有することができます。また、農家が利用可能な金融サービス(決済、貸出)の提供など、このブロックチェーンの仕組みを拡張することも期待されています。

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ブロックチェーンシステムにおけるデータ入力とインセンティブのフロー

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データ入力用の端末を受け取った農家グループのリーダー。両手に持つのはカカオの実。

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端末でデータベースの情報を確認するモニタリングチーム

「子どもを学校に行かせたい」。共通する想いで実証実験は成功

現地調査を担当したデロイト トーマツ コンサルティングの小野美和さんは、「実験への協力をお願いした農家や学校は、大変協力的でした」と話します。新しいものに触れる事への好奇心に加え、多くの人が、実は児童労働はさせたくないという想いをもっていたといいます。そもそも、児童労働に対する世界的意識が高くなっている近年、チョコレートを販売する企業は、児童労働を行わず収穫したカカオを使用していることを示す必要があります。そこで欧米企業は、児童労働をなくすためのプログラムや、農家の収入向上に向けた取り組みを行ってきました。コートジボワール政府も児童労働撲滅の意識をもっており、NGOや住民ボランティアが農地見回りでモニタリングした児童労働の状況を、定期的に公表するなどの対応をしています。今回の実証実験についても、農園の管理会社が児童労働防止に向けたプログラムを実施しているエリアだったため、農家の人々にもその意識が浸透していたようです。

実証実験の結果は、システムの有効性を証明するものでした。農家グループからの申請率は100%。学校の申請率も95.6%に達しました。また、双方の情報が一致しないケースでは、モニタリングチームが子どもや親にヒアリングを行った結果、入力や申請の誤りがほとんどであると確認されました。児童労働が明らかになったのは、2366件の申請中、学校の通信環境や業務過多が原因の未申請103件を除き、3件という結果でした。

調査に関わったJICAコートジボワール事務所長の藤野浩次郎さんはこの結果を受け、「このシステムが技術的には使えるという感触が得られました。従来のマンパワーに頼る方法と比較して児童労働を効率的かつ正確にモニタリングできるため、児童労働報告の信頼性が高まると考えています」と話します。「そもそも、本当は農家も子どもを学校に行かせたい、子どもも学校に行きたい、という気持ちが大きいんです。生活を良くするためには教育は必要。労働がなければ学校に行けます。そのためのインセンティブ設計が重要です」

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実証実験に参加した農家と一緒に写真に納まる調査団と小野さん(下段左から3人目)

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カカオ豆の山を前に農家に聞き取りをする藤野さん(中央)

幸せの連鎖を作る、サステナブルなシステムにするために

調査によって明らかになった課題もあります。今回使用したアプリケーションでは、通信環境によっては入力ができなかったこともありました。そのため、端末上で毎日のデータ登録をしながら、通信環境の良いエリアに出た時にシステム上にアップロードできるようなアプリケーションに改善することが必要とされます。また、システムを継続して運用するためには、児童労働を行わない農家の収入を向上させるためのインセンティブ、つまりプレミアム価格での買い取りが重要になります。

実証実験と並行して日本で行われた消費者調査では、サステナブルなチョコレートの購入に最も意欲的なのは10代であることが明らかになりました。購入理由として、最多の35%近くが貧困の削減や国際協力のため、次いで31%がカカオ生産者の権利保護のためと回答。10代のサステナビリティに対する意識の高さが伺える結果でした。1.2~2倍の支出もいとわない層も一定数確認されました。ただ年代全体では認知度が低い状況が確認できたため、生産地に対する意識をより幅広い年代の人々にもってもらい、プレミアムを上乗せしたサステナブル商品をより多く購入してもらう必要があります。そして農家の収入に還元し、子どもの教育の機会を守る。そのような幸せの連鎖を作ることが目指されます。

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日本におけるサステナブルチョコレート購入者のうち、購入時にサステナブル認証マークを確認する人の年代別割合。10代は半数近くがマークを確認して購入すると回答しており、他の年代と比較して突出した高い割合を示している。(2021年10月29日〜11月1日に実施したwebアンケート調査より。調査対象は15歳以上の10代〜70代以上の年代別各100人以上、計1400人)

コートジボワールの政府機関や企業は、実験の結果を受け、児童労働の新しいモニタリング方法としてこのシステムに関心を示しており、実装可能性が検討されています。児童労働をなくすためのプログラムや、農家の収入向上に向けた取り組みを先行して行ったうえでこのシステムが実装されれば、子どもたちが児童労働を行わなくて済む、安心して学校に通える持続的で良好な社会が実現されると期待されます。

JICAアフリカ部次長の若林基治さんは、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティーシステムは、今後様々な領域で広がっていくだろうと話します。

「鉱物資源や木材の由来を記録し、人権問題や不正が行われていない製品を流通させることで人権を保護できますし、行政手続きをブロックチェーン上で透明化することで汚職を防ぐ協力も可能です。テクノロジーはアフリカの多くの課題を克服するための重要な手段。JICAは今後も社会課題とテクノロジーを繋いだ協力を行っていきます」