草の根技術協力が結実! ナッツの搾りかすを活用したサッポロビール「インカの扉」ができるまで

2022年10月18日

NGOや大学、民間企業等が提案する国際協力活動を、JICAとの協力関係のもとに実施する「草の根技術協力事業」。今年12月に20周年を迎えます。この節目を目前に、ひとつの取り組みが実を結んで世に送り出されました。10月18日、サッポロビールから発売された「HOPPIN’ GARAGE(ホッピンガレージ)インカの扉」。南米で古くから愛されるサチャインチというナッツの搾りかすを使用した発泡酒です。どのような経緯で発売に至ったのでしょうか。誕生までのストーリーに迫りました。

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高栄養価、高生産性の「ペルーの宝物」サチャインチとの出会い

「サチャインチはペルーの宝物。健康や美容に良い成分を豊富に含む『スーパーフード』です」

そう話すのは、NPOアルコイリス代表理事の大橋則久さん。2008年から2017年の間に3回にわたって、ペルーでJICAとの草の根技術協力事業を実施しました。自然環境の保全と農業を両立させたアグロフォレストリー農法でサチャインチを栽培。サチャインチの種子から取れるオイルの製造を通して、現地の人々の生計向上をはじめとしたQOL(Quality of Life、生活の質)の改善に取り組んできました。

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大橋則久さん

大橋さんがサチャインチの魅力に引き込まれたのは、2005年のこと。サチャインチに注目し研究を進めていたペルー人実業家のホセ・アナヤさんと出会ったことがきっかけでした。

「サチャインチは、1542年以前のプレ・コロニアル時代から栽培されていた植物です。私が渡航した当時のペルーでは、すでに知る人ぞ知る忘れ去られた存在になっていましたが、とても魅力的な作物だと思いました。オメガ3脂肪酸やビタミンEが豊富な良質な油がとれるうえに、その搾りかすにもタンパク質が豊富に含まれます。しかも、種を撒いて8〜10ヵ月後には毎月のように収穫でき、生産性も高いのです。商品化、産業化したいと思いました」

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収穫前のサチャインチの実

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乾燥させたサチャインチの実。右は取り出した種子

「JICAの草の根技術協力」で、「按田餃子」店主にプロジェクト参加を依頼

ただ、サチャインチの栽培方法についての情報がほとんどなく、サチャインチの製品開発のためには費用も専門知識も必要でした。そこで、大橋さんはJICAの草の根技術協力事業に申請。「サチャインチを、アグロフォレストリーという持続可能性の高い方法で栽培して商品化を模索するには、開発要素が大きく、専門家のプロジェクトへの参画が必須でした。そうした素地を整える上でも、JICAさんの力を借りられたことは非常に大きかったのです」

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大橋さんがアグロフォレストリーで栽培するサチャインチ

第2回の事業を終えたころは、すでにサチャインチオイルの製造を始めており、その販売も軌道に乗り始めていました。ただ、搾油したあとに残る、タンパク質を豊富に含む搾りかすの活用が課題になっていました。そこで大橋さんは、3回目の草の根技術協力事業(2012年6月〜2017年5月)において、保存食研究家で「按田餃子」店主の按田優子さんに食品加工専門家としての参加を依頼。搾りかすを使用したレシピの考案を含め、現地の人々のQOLの向上に関わる業務を要請します。

冷蔵庫のないアマゾンで、日本の保存食の知恵を活用

「昔からの知人である大橋さんが、2011年出版の自著『冷蔵庫いらずのレシピ』を見て、お声がけしてくれたんです。冷蔵庫が一般的ではないアマゾンで、日本の保存食の知恵を活用したいとのことでした。どんな成果が出せるかは未知数でしたが、挑戦してみたいと思いました」。按田さんはそう振り返ります。

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按田優子さん

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按田さん私物の自著『冷蔵庫いらずのレシピ』

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左)按田さんが経営する「按田餃子」代々木上原店。ミシュランガイドの「ビブグルマン」(ミシュランガイドで、価格以上の満足感が得られる料理に与えられる評価)に7年連続で選出されている人気店(右)メインメニューの「水餃子定食」

按田さんは、年1回のペースでペルーに渡り、3週間から1ヵ月ほど滞在すること6回。どのような気候でどのような果物や植物が育つのかを知るため、乾季の始まりや雨季真っ只中など、さまざまな季節に訪れました。現地では、鶏1羽を1週間食べ繋ぐための保存方法を考えたり、農家の方々とサチャインチを使った料理コンテストを開催したり。気候風土に寄り添ったサチャインチの加工方法や、現地で調達できる食材と組み合わせたレシピの提案など、現地のプロジェクトメンバーと模索する日々でした。

「草の根技術協力事業での活動は、現地の若い農業技師たちの活躍の場としてとても大きな意味があったと思います。彼らにとって大きな経験ですし、収入が安定することでプロジェクトに集中できます。5年間というプロジェクトの中で成し遂げられることは決して多くはないですが、長い目で見て、彼らにとっても何年か後には必ず何かの形になると思いました」

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(左上)サチャインチを栽培する農家を対象に開催した説明会(右上)現地の食材を活用した料理教室を開催(下)現地のプロジェクトメンバーと記念撮影。左端が大橋さん、左から6人目が按田さん

ナッツがお酒に!? 事業は意外なところで実を結んだ

按田さんが参加した草の根技術協力事業が終了して5年——。自身の言葉どおり、現地での活動が形になりました。10月18日、サッポロビールから、サチャインチの搾りかすを活用した発泡酒「HOPPIN’ GARAGE インカの扉」が発売されたのです。

按田さんのペルーでの活動に着目したサッポロビールの「HOPPIN’ GARAGE」ブランドが、按田さんのストーリーを新作ビールにしてみないかと声をかけ、実現しました。

「ペルーでは、日本と全く違う生活・文化様式を目の当たりにして本当に驚きました。自分が信じていた善悪や美意識が、実は社会的枠組みの中でいつのまにか標準装備されたものにすぎなかったのだと気づいて、それまで自分が囚われていたことから解き放たれました。そういった体験が、サッポロビールのブランド『HOPPIN’ GARAGE』の、『ビールの固定概念に捉われない商品開発』というコンセプトと親和性があったのだと思います」。そう按田さんは話します。

サチャインチを広める願ってもないチャンスだと、按田さんは商品化への企画に乗り出します。ペルーでの体験を象徴する、サチャインチの搾りかす(インカインチプロテインパウダー)を入れることを提案。搾りかすと組み合わせる食材も探しました。

「ペルーの森の中は薬箱のようでした。たくさんの魅力的な植物と出会ったので、この商品にもそれを使ってみたいと思い、まずキャッツクローを採用しました。そして、サッポロビールの醸造家の方から提案されたのがアマランサス。実際にペルーでも食していたので、私の個人的ストーリーにも重なりました」

そうして出来上がった「HOPPIN’ GARAGE インカの扉」は、「ハーブティーのようなスッキリとした味わい」。「ハーブティーのように、ティーカップや素焼きの茶碗など、器を変えて飲んでみることをおすすめします」と按田さん。

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出来上がった発泡酒を試飲する按田さん

一方、NPOアルコイリスの大橋さんは、「発泡酒にサチャインチの搾りかすを使ったと聞いて、とても驚きました」と、按田さんの発想力に舌を巻きます。自身の事業については、「引き続き、搾りかすの粉砕工程を進化させ、より微粉末にすることで、利用用途をさらに広げていきたいです」と話します。

JICAの草の根技術協力事業でまいた種が、意外なところで実を結ぶこととなりました。今後また、同事業の取り組みが新たな実として現れるのも、そう遠い未来ではないはずです。

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大橋則久(おおはし・のりひさ):NPOアルコイリス代表理事。2006年、「その土地の気候風土に寄り添った、消費者と生産者双方のQOLの改善に役立つ商品作りと、生産地の持続可能な開発」などをミッションにNPOアルコイリス設立。サチャインチの生産・加工に携わる。生産地との連携強化のため2011年にアルコイリスカンパニー設立。ペルーの薬用・有用植物の生産・商品開発、地域開発などを行っている。

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按田優子(あんだ・ゆうこ):料理家、保存食研究家、「按田餃子」店主。菓子・パンの製造、乾物料理店でのメニュー開発などを経て独立。2012年から写真家の鈴木陽介さんとともに「按田餃子」を営む。