「JICA Innovation Quest(ジャイクエ)」が生んだ、“共創”から生まれる新しい国際協力のかたち

2022年11月7日

JICAの若手有志が2018年に立ち上げた「JICA Innovation Quest」、略してジャイクエ。組織の枠にとらわれないオープンイノベーションの実現を目指し、異業種の多様な人材を募り、“共創”から新しい国際協力のアイデア創出を目指すという、革新的な試みです。過去3回のプログラムを振り返り、ジャイクエという新風がもたらしたもの、そして今後の展望について、担当者や参加者に語ってもらいました。

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「JICA Innovation Quest」の立ち上げメンバー、山江海邦(やまえ・みくに)さん

新規事業の公募から生まれた、ジャイクエという“共創”の場

「途上国の開発課題は年々複雑化・多様化しており、JICAだけで対応するのは限界があるのではないか? 官民問わず、異業種の多様な人々の力を結集して新しいものを生む仕組みを作る必要があるのではないか? 『JICA Innovation Quest』のアイデアは、そうした問題意識から生まれました」

こう語るのは、「JICA Innovation Quest」(以下ジャイクエ)企画メンバーのひとり、山江海邦さん。JICA初の組織内新規事業コンペが開かれることを知り、入構3年目の同期5人で企画を練り上げて応募。見事採択されました。

「ジャイクエのコンセプトは“共創”と“革新”。さまざまな知見をもつ多様な人々が出会い、共に考え、新しい国際協力のアイデアを生み出す。そんなオープンイノベーション・プラットフォームを目指しました」

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山江さん

こうして2019年にスタートを切ったジャイクエは、同年に第1回、2020年に第2回のプログラムを実施。第1回は「SDGsゴール2(飢餓・食・栄養・持続可能な農業等)」、第2回は「誰一人取り残さない社会の実現」がテーマでした。各回80名以上の応募者の中から選抜されたのは、一般企業の若手社員や青年海外協力隊経験者、医療従事者や教員など、まさに多様なバックグラウンドを持つ人々。JICA職員を含めた少人数のチームを組み、3か月かけてそれぞれが割り当てられた対象国がもつ課題を解決するためのアイデア創出に取り組みました。

各チームは、JICA内外の講師などからアドバイスを受けつつミーティングを重ねてアイデアをブラッシュアップし、ファイナル・プレゼンテーションの場で発表。第1回の最優秀賞は、タジキスタンの課題解決をテーマとするチームでした。同国で問題となっている生活習慣病を解決する食器を提案。食事量や油の摂取量を減らすために、皿の中央部を盛り上げてかさ増しし、油を溝に集める機能を持たせました。現地の伝統工芸を参考にした美しい「映え皿」にしたことに加え、大皿で客をもてなす伝統文化を守ったアプローチが高く評価されました。

第2回の最優秀賞は、ザンビアチーム。同国で深刻化する廃棄物問題を、ザンビア人の高い美意識を活用することで解決するアイデアを創出。廃棄物を住民が持参すると、対価としてウィッグや衣装が借りられる写真撮影サービスを提供するというものでした。

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第1回最優秀賞・タジキスタンチームは、生活習慣病を予防する食器を提案

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第2回最優秀賞・ザンビアチームのアイデアは、廃棄物問題を解決するための写真撮影サービス

このように、画期的なアイデアがいくつも生み出されたジャイクエですが、2022年に開催された第3回目ではプログラムを大幅に変更しました。第1・2回では、応募者は、担当になった国の社会課題を解決するために、ジャイクエのプログラムの中でアイデアを創出していきました。しかし、第3回では、アイデア自体を募集し、そのアイデアをプログラムの中で育てていくという手法を取ったのです。その理由を山江さんはこう語ります。

「1・2回目においては、最優秀チームは現地調査の機会が得られましたが、その他のチームのアイデアについては実証するという段階にはなかなか進めずにいました。ですから、3回目は現地での実証実験を軸にしたものにしようと考えました。1・2回目が種まきに当たるアイディエーションのプログラムだったのに対し、3回目は芽吹いたものを育てるインキュベーションのプログラムにしようと思ったのです」

集まった39件のアイデアを、4件に絞り込み、アイデア・オーナーと一緒に課題に取り組んでくれるサポーターを動画配信で募りました。その後は、チームを組んでJICA内外のアドバイザーの力を借りながらリサーチや検討を重ね、現地での実証実験を行うことでアイデアをブラッシュアップ。5か月間の集大成となるファイナル・プレゼンテーションで優勝したのは、マダガスカルチームでした。

チームが着目したのは、途上国の子どもの栄養状態を評価する指針となる身長測定。じっとしていない子どもを押さえつけながら計っている現状は現場の負担も大きく、正確性も低いため、独自に開発した身長測定アプリをマダガスカルの現場で検証し、好評を得ました。現在、フィードバックされた意見を反映して、さらに改善を進めているといいます。

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第3回最優秀賞・マダガスカルチームのアイデアは、子どもの栄養状態を評価するための身長測定アプリ

「過去3回の最優秀賞受賞チームをはじめ、これまでにジャイクエに参加した多くのチームが、現在も活動を継続しています。事業化を目指して自発的に取り組みを続けている様子を見ると、ジャイクエを立ち上げて本当によかったと実感します」と山江さん。

アイデアの実現に向けて、現在も活動を続ける参加者たち

第2回ジャイクエに参加した石原良さんと渡耒絢さんも、ネパールチームとして活動を継続中。「せっかくアイデアを創出したのだから、とにかく実践してみよう!」という気持ちで、どんどん行動に移していったといいます。

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第2回ジャイクエ、ネパールチームの石原良さん、渡耒絢(わたらい・あや)さん(写真左から)

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ネパールチームのファイナル・プレゼンテーションの様子。左から2人目が石原さん、6人目が渡耒さん

「ネパール人の日本への出稼ぎ労働者が、帰国後に力を発揮するためにはどうしたらいいか」。これがジャイクエでの課題でした。リサーチを重ね、ネパール人の多くが留学生として来日しながらアルバイトに明け暮れ、就職もうまくいかないという現実を把握。現在の来日前の教育では、「働いて何をしたいのか」という自分の将来像を描く機会がないからではないかと仮説を立てました。

「来日前に通う日本語学校でキャリア教育をしっかり行うことで、目的意識を持って日本での生活を送れるのではないかと考えました」と石原さん。

そのためのカリキュラム提案までが、ジャイクエプログラムでの活動。その後、このアイデアに賛同してくれたネパールの日本人学校経営者の協力を得て、オンラインでのキャリア教育カリキュラム「ネパキャリ」を開始しました。

「最初は自分のキャリアを考えることについて、生徒たちにもなかなか理解してもらえませんでしたが、だんだん目の色が本気になってきたと感じています。いずれは私たちの手を離れて、卒業生たち自身がプログラムを運営する側になってくれたらうれしいですね」。渡耒さんはそう話します。

もうひとり話を聞かせてくれたのは、第3回ジャイクエに参加したセネガルチームのアイデア・オーナー、巴山未麗さん。参加時には最年少の高校3年生だった巴山さんですが、アイデア自体は以前から温めていたといいます。

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第3回ジャイクエ、セネガルチームのアイデア・オーナー、巴山未麗さん

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自費渡航したセネガルで、地元住民にアプリに関するアンケートを取る巴山さん(中央)

「もともと言語が好きで、高校1年生でフランス留学したときに、セネガル人の話すウォロフ語という言葉に魅せられてしまって。調べてみると、セネガルの公用語はフランス語なのに家庭ではほとんどウォロフ語などの土着の言葉が使われており、フランス語で行われる学校の授業についていけない生徒が多いことが分かりました」

こうした言語格差の問題を解決するため、ジャイクエに応募した巴山さん。プログラムでは、フランス語とウォロフ語の例文データを集めたコーパスという学習サービスの開発を進めました。プログラム終了後は自費でセネガルに渡航し、この学習サービスアプリを現地の小学生に使ってもらって好感触を得たといいます。

「アプリをさらに改善するには、自分自身がもっと勉強をしないといけないことに気づきました。今後は大学で情報やアプリだけでなく、セネガルやアフリカについても学びを深めたいと思います」

ジャイクエが風穴を開けた、“共創”の可能性は無限大

途上国の課題解決に向けたアイデアや、実践を見据えた活動が数多く生まれたジャイクエ。異業種の多様な人々の力を結集するJICA初のオープンイノベーションの場は、JICA内外のさまざまな人を巻き込んだ大きなうねりとなりました。

「チームメンバーはもちろん、JICAの現地拠点の方や外部の専門家など、たくさんの協力者のおかげで、いち女子高生のアイデアがアプリという形になっていく過程に感動しました」と巴山さん。

「以前は、『国際協力』は『援助してあげるもの』という見方をしていました。ですが、今回の経験を通して、実は対象国の人たちが本気で自分ごととして捉えてくれることが大事であり、お互いが協力しながら作り上げていくものだと気づきました」と語るのは、石原さんと渡耒さん。

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第3回ジャイクエ、ファイナル・プレゼンテーション後の記念撮影

まさに“共創”の場としての画期的なプラットフォームとなったジャイクエ。今後も継続していけたら本望だと山江さんは力強く語ります。

「もともと3年という期間が限られた事業でしたが、外部の人たちと協働してイノベーションを生み出す場は、今後もJICAには不可欠ですし、周りの期待も大きくなっているのを感じます。新しい国際協力を生むための場づくりを、これからも積極的に目指していきたいと思います」