紛争影響下で暴力にさらされる脆弱な立場の人々を守る——ジェンダーに基づく暴力に立ち向かうために

2022年11月25日

社会的性差(ジェンダー)に基づいて向けられる暴力は、人間の尊厳を踏みにじる大きな脅威です。とりわけ紛争が起きると、人々は家を失い、仕事を失い、暮らしが一変することで脆弱な状況に追い込まれ、ジェンダーに基づく暴力(Gender Based Violence: GBV)を受けやすくなります。残念ながら、これは歴史上繰り返されてきた事実です。

紛争影響下でGBV被害に遭った人々を支援するためには何が必要なのか——。JICA緒方貞子平和開発研究所は、このような支援を求めるがことが難しいGBV被害者の援助要請のプロセスを中心とした研究を続けています。11月25日の女性に対する暴力撤廃の国際デーを機に、元同研究所の研究員で長年この研究に取り組む川口智恵さんに、これまでの取り組みと、その難しさなどについて聞きました。

【画像】

JICA緒方貞子平和開発研究所で、紛争とジェンダーに基づく暴力に関する研究プロジェクトを担当した元研究員の川口智恵さん

被害者の救援要請の妨げになっているものとは

川口さんを筆頭とする研究チームが、紛争影響下の南スーダンから隣国のウガンダに逃れてきた難民を対象に調査を開始したのは2017年。難民コミュニティにおけるジェンダーに基づく暴力の実態、被害が生じた場合にどのような支援を受けられると認識しているのか、実際の援助要請経路、援助要請においてどのような障害があったのか、についてウガンダの現地NGOと連携し、難民居住区の男女約300人にジェンダーに基づく暴力への認識やその実態について聞き取りを行いました。

【画像】

ウガンダにて、南スーダン難民にジェンダーに基づく暴力に関する聞き取り調査をする川口さん(右)※被写体の保護のため、画像の一部を加工しています。

紛争影響下のジェンダーに基づく暴力とは、紛争で脆弱な状況に追い込まれた人々に対し、ジェンダーに基づき、相手の意思に反して身体的、精神的、性的に苦痛を与える行為です。ウガンダにおける調査では、本国での武装集団によるレイプに加え、家庭内や近親者からの暴力、お金を得るために少女期に強制的に結婚させる強制婚などの被害があったことが明らかになりました。

一方で、川口さんらは、難民男女を対象にしたフォーカス・グループ・ディスカッションを通じ、家庭内暴力やレイプなど、それぞれの被害にあわせたさまざまな援助の要請ルートがあることについて、難民コミュニティの認識を明らかにしました。難民コミュニティにある教会やホストコミュニティにも援助を要請していること、誰に最初に伝えるかという難民コミュニティにおける優先順位があることもわかりました。

また、被害に遭った人やコミュニティが支援を求める際に障害となるのは、スティグマ(家族の汚点となること)だけでなく、支援に対する懐疑的な思いに加え、時間やコストがかかる反面、十分な支援が得られない援助を要請することへのあきらめがありました。

【画像】

【画像】

難民コミュニティでの聞き取りで明らかになった援助要請の経路(上)と、援助要請の妨げになっているもの(下)
出典:JICA緒方研究所 研究プロジェクト作成パンフレット「紛争とジェンダーに 基づく暴力(GBV) 被害者の救援要請と回復プロセスにおける援助の役割 ~南スーダン難民を事例に~」

「たとえ被害に遭っても、周囲に知られることを恐れ、助けを求められない人が大勢いることは事実です。それだけではなく、勇気を出して支援を求めても、なかなか思うような支援が得られないという経験がコミュニティ内に蓄積することで、被害者やその周囲の人々が支援を求めることをあきらめてしまうということがわかりました。タイムリーで質の高い支援を実現し、継続していくことで、GBV被害者やその家族が援助要請をしやすい環境を作ることが重要だと考えます」

GBVに対処するため、JICAは様々な支援を実施し、成果を挙げています。その一方で、紛争影響下の難民キャンプにおけるGBV被害の実態だけでなく、被害者がいつ、誰に、どのような援助を求めるのかといった援助の要請プロセスや必要な支援を中心に据えた研究は、日本ではそれまでほとんど行われておらず、画期的でした。

【画像】

多くの人に紛争とジェンダーに基づく暴力について知ってもらうため、プロジェクトで制作したパンフレット「紛争とジェンダーに 基づく暴力(GBV) 被害者の救援要請と回復プロセスにおける援助の役割 ~南スーダン難民を事例に~」(日本語版と英語版を制作、写真は英語版)
https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/research/peace/l75nbg00000bwafb-att/GBV_pamphlet_A4_JPN_print.pdf

性別や年齢を問わず、すべての人が被害者になり得る

ジェンダーに基づく暴力は、男女の区別や年齢を問わず被害者になり得ます。ただ、女性と女児が主な犠牲者となることから、女性に対する暴力に焦点があてられることが多いと、川口さんは話します。

国連安全保障理事会は2000年に採択した決議(女性、平和、安全保障)で、紛争が特に女性と女児に及ぼす不当に大きな影響について取り上げ、ジェンダーに基づく暴力を含むあらゆる暴力から女性と女児を保護するための特別な措置の必要性を明記しています。しかし、その後の継続決議では、広くすべてのジェンダーに基づく暴力が対象となりました。

「男性がジェンダーに基づく暴力の被害に遭うこともあります。しかし、彼らが援助を求めることはとても難しい状況です。ジェンダー支援が女性を前提にしていることの問題もあるでしょう。ジェンダーに基づく暴力は、性別にかかわらず生じ得ます。そのため、被害に遭う可能性のあるすべての人を研究の対象とし、救済できる手法を今後考えていく必要があります」

【画像】

研究者として、教育者として、問題提起を続ける

過去には、内閣府国際平和協力本部でPKO派遣要員に対するジェンダー研修の開発などにも関わってきた川口さん。以前は、紛争影響下でのジェンダーに基づく暴力の問題は、重大な人権侵害でありながら、取り扱いにくいセンシティブな問題でもあるため、政府の施策や研究対象として取り上げられることが少なかったと言います。

「JICA緒方研究所で紛争影響下でのジェンダーに基づく暴力を真正面から研究できたこと自体が、研究の大きな成果だと思います。徐々にこの問題について取り組む研究者やNGOとのネットワークが日本国内にも生まれつつあります」

川口さんは、現在、大学で教鞭をとっています。研究者として紛争影響下のジェンダーに基づく暴力に関する発信を続けることで、日本の国際協力においてこの問題が取り上げられやすい環境作りに貢献するとともに、大学教員としてもこの問題を広める活動をしています。

東京都文京区にある東洋学園大学で、国際協力をテーマにしたゼミ演習を担当。国連が定めた11月25日の「女性に対する暴力撤廃の国際デー」に向けて、学生たちと、アフガニスタンにおける女性に対する暴力の問題を取り上げたイベントを開催します。

【画像】

東洋学園大学で、国際協力や援助をテーマにしたゼミを担当

川口さんは、大学院生時代、故緒方貞子さんが共同議長を務めたアフガニスタン復興支援会議に外務省のインターンとして参加。長年、見過ごせない問題を抱えるアフガニスタンへの想いがありました。いま改めて、ジェンダーに基づく暴力に苦しむ女性たちへの支援を忘れてはいけないと、このテーマを選んだと言います。

「難民問題を含め、紛争の影響を受ける社会では、ジェンダーに基づく暴力が特に生じやすく、助けを求める人々がいるという事実を、若い人たちにも知ってもらいたい。なぜならば、ジェンダーに基づく暴力は、残念ながら普遍的で、誰にとっても身近な問題だからです。遠く離れた、今は自分と異なる状況にある人々にも想いを向け、自分にも何かできると思えるようになってほしい。根絶は壮大な目標ですが、みんなでそれを考えていかなくてはいけないと思います」

【画像】

川口智恵(かわぐち・ちぐみ)
博士(国際公共政策)。内閣府国際平和協力本部事務局研究員、外務省総合外交政策局国際平和協力室調査員などを経て2014年から2021年までJICA緒方貞子平和開発研究所に在籍。現在は東洋学園大学グローバル・コミュニケーション学部で専任講師を務める。研究分野・主な研究領域は、国際政治学、政策研究、平和構築論、国際協力、紛争影響下におけるジェンダーに基づく暴力。