日本の教育制度がエジプトにもたらしたもの:エジプト大統領補佐官ファイザ・アブルナガ氏インタビュー

2023年3月31日

エジプトの若い世代の能力を強化するため、エジプトの幼児教育から基礎教育、技術教育、高等教育に至る幅広い教育段階に、日本の教育プログラムを導入する協力プロジェクト「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」。現在、このEJEPのもと、エジプト日本学校(EJS)への「特別活動(特活)」の導入と、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)の設立・強化という2大プロジェクトが進行中です。エジプトのエルシーシ大統領の安全保障担当補佐官であり、EJEPコーディネーター、E-JUST理事会議長も務めるファイザ・アブルナガ大統領補佐官と、JICAの井本佐智子理事が、これらの取り組みについて話し合いました。

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(右)ファイザ・アブルナガ大統領補佐官:エルシーシ・エジプト大統領の安全保障担当補佐官、EJEPコーディネーター、およびE-JUST理事会議長を務める(左)井本佐智子JICA理事:約30年にわたる国際協力の経験を持つ

※「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」は、2016年2月に締結。現在エジプトでは、就学前・初等・中等教育で約2万人、高等教育で約3500人の生徒が日本式の教育を受けています。

エジプトに日本教育を導入することを決めた理由とは?

●ファイザ・アブルナガ大統領補佐官:
始まりは2002年、私が外務担当国務大臣として日本を訪問した時でした。4、5歳ほどの小さな子どもが一人で通学していたり、人々が信号を厳守して子どもを安全に横断させたりする光景を目にしました。エジプトでは見たことのない光景でした。そこで、日本人には誰しもに共通する行動規範があり、それは日本の教育制度に基づくものではないかという考えに至りました。そして当時駐日エジプト大使を務めていた夫と一緒に再び日本を訪れた際、日本の教育制度について知るために、幼児教育から高等教育、そして技術・職業訓練機関まで、日本のあらゆる種類の学校を視察したのです。

特に長い時間を費やして視察したのは、教育において最も重要な時期にあたる、幼稚園と小学校でした。教師が子どもたちにどう接しているか、どのように男の子と女の子を交流させ、他人を尊重し批判的思考を身につける方法を教えているのか、という点に注目しました。その中で目にした、子どもたちや先生、校長先生が自ら教室を清掃している様子は、日本ならではの光景で驚きました。また、子どもたちが自由に外の様子を見られるように教室の窓を大きく設けている点や、給食の前に手を洗って衛生に気を配る姿が印象に残りました。

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●井本佐智子理事:
日本の教育の核心をよく捉えていらっしゃいますね。日本の教育において基礎的な知識を得ることはとても大切ですが、それだけではなく社会的責任や社会に貢献する方法を学ぶことにも教育の重要性があると考えられているのです。そして学びには、心身共に健全であることが不可欠です。今お話しいただいたような学校での活動を通じて、学校が社会の縮図となり、子どもたちはそこで互いにどのように思いやり、どのように貢献できるかを学んでいく。これが日本の学校教育のコンセプトです。

EJEPはどのようにして始まったのか?

●アブルナガ大統領補佐官:
2014年、光栄なことに、私はエルシーシ・エジプト大統領から安全保障担当の大統領補佐官に任命されました。そして2016年、エルシーシ大統領の訪日前のある会合で、私は大統領に日本で見たことを話しました。私の話を受け、教育を最重要課題とする大統領は、ぜひ訪日時に日本の学校を訪れたいと言ってくださいました。そして実現した学校視察は、もともと1時間ほどの予定でしたが、実際には3時間近くも滞在し、教育現場のすべてに興味を持たれたそうです。エルシーシ大統領と安倍晋三首相(当時)がEJEPの合意について発表したのは、この訪問の時でした。

●井本理事:
先ほど、きっと大統領もご覧になったであろう清掃活動のお話がありましたね。日本の子どもたちは、自分たちの教室をきれいにすることで、その教室を使う他の人たちを尊重する気持ちを示しています。また、給食を当番制で配ることで、仲間に奉仕することを学んでいます。これらの「特活」のあらゆる場面を通して、子どもたちは自分を大切にし、人の話を聞き、話し合い、コミュニティの一員として自分の意見を持つようになります。

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●アブルナガ大統領補佐官:
私もポートサイドという町の同じような制度と理念を掲げる学校で育ちましたが、現在の状況は当時と大きく変わっています。人口増加によって教室が過密化し、教師への適切なトレーニングが行われなくなったことで、教育レベルが悪化してしまったのです。EJEPの調印後、私たちは、「特活」のコンセプトをもっと理解しなければならないと考え、当時の教育大臣や幹部一行と共に、再度日本を訪れました(現在では、その幹部の1人が大臣になっています)。その際、皆で「特活」について理解するセッションをもち、なぜエジプトがそのコンセプトや制度に興味を持ったのかを説明しました。その後、エルシーシ大統領は、日本の仕様と建築基準に基づく100校の新たなエジプト日本学校(EJS)を立ち上げ、既存の100校を改修し、その全てに日本の専門家の協力のもと「特活」を導入することに同意したのです。ここで強調しておきたいのは、大統領は、その後も2度に亘り専門家と会合をもち、プロジェクト成功のために必要なすべての条件が揃っているか自ら確認したということです。現在、EJSと既存の学校の両方で「特活」が実践されていて、「特活」を導入した学校とそうでない学校の子どもたちを比較すると、明らかに行動に違いがあることが分かっています。現在EJSや「特活」を導入した既存の学校は、小さな村から大都市まで、恵まれない層から中流階級層までをカバーし、全国に増え続けています。

●井本理事:
教育分野において新しい取り組みを外国から導入することは、常に挑戦です。だからこそ、「特活」のコンセプトや日本の教育の特徴的要素がエジプトに導入され、成功していることをうれしく思っています。エジプトでEJSを訪問した際、教室で活発な議論が交わされ、オンラインで保護者が参観していたことに驚きました。日本の専門家と意見交換をしながら、エジプト人たちが日本の「特活」の制度をエジプトの内容に合うよう工夫していたのが非常に興味深かったです。

●アブルナガ大統領補佐官:
EJSの保護者の中には、自分の子どもが学校の教室を掃除していると知って、「掃除のために子どもを学校に行かせているわけではない」と不満を言う人もいました。しかし、保護者と面談を行い「特活」のコンセプトを説明したところ、理解を得て、協力していただけるようになりました。実際、子どもたちの行動が変わったという話も耳にしました。家で母親の掃除を手伝うようになった、バスでお年寄りに席を譲るようになったなどの例があります。これらは、日本の教育制度を参考にしてエジプトに導入したからこそ生まれた変化です。国家を成功させるため、そして生産的で進歩的な社会を構築するためには、適切な教育が必要なのです。

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エジプト日本学校(EJS)の子どもが自分たちの教室を掃除している様子。エジプトの教育の中で「特活」のコンセプトが活用されている一例

ゼロから設立したエジプト日本科学技術大学(E-JUST)。設立の経緯と、成功の要因は?

●アブルナガ大統領補佐官:
2002年に外務担当国務大臣として東京を公式訪問した際、アラブ・アフリカ地域の成長に資する大学として、エジプトと日本の間の科学技術分野の中核拠点となるエジプト日本科学技術大学(E-JUST)を設立するアイデアを小泉首相(当時)に提案しました。1年半に及ぶ事前検討が行われ、6年にわたる交渉が続いた後、2009年にE-JUST設立の最終合意がなされました。日本にとっても前例がなかったため、失敗のリスクを避けるためにも当初は日本側が消極的でした。この状況を打破したのが、当時のJICA理事長の緒方貞子さんでした。彼女は2006年にエジプトを訪問し、首相と会談した際、先端的な科学研究とイノベーションに重点を置く新たな大学の設立がエジプトやアラブ・アフリカ地域の産業発展の礎となること、そして日本とエジプトが共同で設立することの重要性をすぐに認識したのです。

●井本理事:
通常、JICAの高等教育への協力は、既存大学の能力強化がほとんどです。しかし、E-JUSTはゼロからのスタートで、すべてを最初から作り上げなければなりませんでした。日本は当初、長期にわたって大きな関与をし続けることを保証することが難しいため、その計画に懐疑的な面がありました。しかし緒方さんは、なすべきことだと考えればリスクを取ることを恐れませんでした。

●アブルナガ大統領補佐官:
E-JUSTプロジェクトを強力にサポートしてくれた緒方貞子さんにとても感謝しています。彼女の強い信念と支援、励ましがあったからこそ、E-JUSTが実現したのです。E-JUSTのキャンパスの建設工事の起工式が行われたとき、砂漠の真ん中に彼女が立っていた光景を覚えています。当時はそこにはまだ何もありませんでしたが、現在は、素晴らしいメインキャンパスと第二キャンパス、最先端の研究室や近代的な図書館を備えています。日本とエジプト関係者の緊密な協力により大きな成功を収めたE-JUSTは、両国の協力関係を象徴するモデルになりました。エジプトと日本の意志があれば、成功につながる道へ歩を進められるのです。

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エジプト日本科学技術大学(E-JUST)のメインキャンパスは2019年にオープン。2022年10月時点で、ここで学ぶ学生の数は3000人以上に達している

●井本理事:
アブルナガ補佐官や前高等教育大臣のヒラール教授をはじめとする強い意志とリーダーシップを備えたエジプトの皆さまとのチームワークでこのプロジェクトを進められたことが、非常に重要で幸運なことでした。そうでなければ、このような結果を得ることはできなかったでしょう。E-JUSTは、従来のエジプトの工学教育の特徴である、大人数で行う理論中心の教育を改革するモデルとして位置付けられました。日本の高等教育は、少人数制と実践的・研究志向の教育が特徴です。E-JUSTでは日本のゼミ形式の授業の導入により、開学以来、学生の主体性が促され、自主的に学ぶ姿勢が育まれています。今後、より多くのエジプト人E-JUST生が日本の大学に留学するとともに、多くの日本人学生もE-JUSTで学ぶことを期待しています。日本の教員や学校関係者も、エジプトから多くのことを学ぶことができるでしょう。

●アブルナガ大統領補佐官:
協力は双方向の関係であり、両国の距離を縮めるためのプロセスです。

●井本理事:
そうですね。EJEPでは、日本の教育制度をそのままコピーして導入しているわけではなく、エジプト社会に合わせた形で導入しています。エジプトはアラブ・アフリカ地域のリーダーですから、エジプトの教育改革が成功すれば、他の国々にとっても良いモデルとなります。一方、日本の社会も変化し続けていますから、パートナー国であるエジプトの変革から日本も学びを得て、日本の社会に還元することができれば良いと思います。

●アブルナガ大統領補佐官:
エジプトの人口は今も増加を続けています。現在の人口は1億500万人以上、特にこのうち、35歳以下が65%、25歳以下が50%を占め、若い世代の人口を多く抱えています。安全保障、食糧、教育、医療、住宅、交通などの面で、国が大きな責任を持つ必要があります。エジプトが持続可能な開発を実現させるためには、若い世代の教育水準を高める必要があります。教育は、エジプトはもちろんどの国においても、国の進歩や持続可能な開発の鍵となるものです。エジプトが参考にすべきモデルは日本だと考えていますので、EJEPにおける日本政府、特に長年の良きパートナーであるJICAを通じての協力にとても感謝しています。

●井本理事:
ありがとうございました。JICAがこの協力プロジェクトのパートナーを務められることを、とても誇りに思います。