南太平洋に浮かぶバヌアツは大小80もの島々から成る南北1200キロの群島国です。各島には様々な特徴が色濃く、例えばバンジージャンプの発祥とも言われるペンテコステ島の成人儀式や、活発な火山活動で有名なタンナ島(ヤスール火山)は日本でも名前を耳にする機会があるのではないでしょうか。
このバヌアツに着任して約ひと月。首都ポートビラから出る機会は未だありませんが、日の出少し前からうるさい位の鳥の声に囲まれ、少し高台に登れば広大な水平線を実感し、人々からの穏やかな挨拶に触れると“南海の楽園”というフレーズも思い出されます。
そんな孤島も世界と関係無縁ではありません。44年前にバヌアツ(我々の土地)という国名を掲げて独立する前の呼称であるニューヘブリデス諸島は18世紀(江戸中期)にキャプテンクック船長が命名したもので、20世紀までの英仏共同統治も経験しています。現在の公用語は英語・仏語・ビスラマ語ですが、ビスラマ語に耳を澄ますと英語由来や仏語由来の単語が多様に混ざり合っていることを感じます。街には様々な人種が歩いており、国際クルーズ船が入港すると観光立国の横顔、新聞紙上の周辺先進国への出稼ぎ労働の記事からは経済格差の実態、紙ストローからは海面上昇の脅威を感じます。
JICAがバヌアツに事務所を開設したのが1988年(昭和63年)。それから30年以上に渡り様々な開発援助を行ってきました。現在も20名以上の日本人が様々な場所で協力を行っています。コンテナ埠頭や空港ターミナルといった島国に欠かせない運輸インフラ、首都中央病院の整備、地震・津波・火山・サイクロンといった自然災害に備える気象観測への協力等はその一例です。現在、新型コロナのため一時的に派遣を中断していたJICA海外協力隊の派遣再開も進んでおり、インフラ支援としてはサイクロンで被災した幹線道路の橋の架け替えや再生可能エネルギーである水力発電所の建設も進捗しています。
30数万人の国民が広範囲に散らばって暮らすこの国で、限られた予算や人員により実施する協力を一層効果的に実施していくためには丁寧な対話が欠かせません。その対話は近くの現場で積み重ねた方が良いに違いない。
着任にあたり、世界約100カ所にネットワークするJICAの拠点の1つとして、現場の頭で考える大切さを大事にしていきたいと思っています。
2024年7月
バヌアツ支所長 内島 光孝
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