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- 若者たちが拓く新しいアフリカ:ファッション、音楽、映画に世界が注目
藤本 勝
日本語版編集:北松克朗
(JICA提供 / 撮影:久野真一)
シリーズ:アフリカの課題と可能性
2025 年8月に開催される第9回アフリカ開発会議(TICAD9)に先立ち、現在のアフリカが抱える様々な課題とその解決への動きを伝えるストーリーをシリーズでお届けします。アフリカ各地で支援に活躍する人々、彼らが取り組む幅広い試みや今後の可能性に光を当てるとともに 、 JICA が行っている協力についてもご紹介します。 今回は、若者と文化についてリポートします。
大きな成長力を秘めた新しい経済圏として、アフリカ大陸が世界における存在感を一段と高めている。貧困や社会不安、生活インフラの未整備など多くの課題を抱えながらも、若年人口は増え続け、デジタル経済が広がる都市部では音楽、ファッション、スタートアップ起業などの新しい動きも活発だ。アフリカには未来へのエネルギーが充満しつつある。
アフロビートのアーティストたちは、世界の音楽チャートでトップに立ち、数十億回のストリーミング再生を記録している。伝統と現代的スタイルを融合させた大胆でカラフルなアフリカンファッションはオンラインで世界市場に展開され、アフリカの映画産業「ノリウッド」の作品は、もはや地域的なヒットにとどまらず、Netflixのような配信サービスを通じて世界中で視聴されている。新しい世代のクリエーターやイノベーターたちが世界各地の人々を引き付ける独自の潮流を形づくっているのだ。
(2025年6月、ケニア・モンバサのスパイスマーケットで野菜を売る若者たち。多くは30歳未満/ 撮影:前田智帆)
アフリカの躍進を支える大きな原動力は、若者たちの存在だ。アフリカは15億人(2024年時点)を超す総人口の約70%が30歳未満という世界でも最も若い地域のひとつ。ケニア・モンバサに住む日本出身の旅行代理店経営者、前田智帆さんは、若々しい活気があふれる現地の状況は日本とはまったく異なると話す。
「赤ちゃんがたくさんいるんです」。前田さんは現地のにぎやかな通りの様子をそう端的に表現した。高齢化が進む日本や欧州のような先進国とは対照的に、アフリカの多くの国々は、若い世代による国家のたくましい成長と発展を思い描いている。
アフリカ経済の力強さは、すでに明確に浮かび上がってきている。アフリカ開発銀行によると、同大陸の2023年の実質GDP成長率は3.0%で、2026年には4.4%に達する見込みだ。ケニアの最新の国家経済調査『Economic Survey 2025』によれば、サブサハラ・アフリカ単独でも2024年には堅調な3.8%の成長が見込まれている。
アフリカの発展には解決すべき課題が多くあるが、一部の国々の経済は世界の舞台でも着実に地位を高めている。国際通貨基金(IMF)がまとめた2025年の国内総生産(GDP)ランキングでは、南アフリカがルーマニアやチェコをしのいで世界第40位となったほか、ナイジェリアやケニアも順位を上げている。
拡大する中間層、ファッション消費などの追い風に
経済力の高まりとともに、ファッション、音楽、映画など様々な文化シーンでも若者たちが主役となった新しい動きが広がり始めている。
アフリカのファッション活動に強い影響を与えているのが、TikTokを中心としたソーシャルメディアだ。スタイリングチュートリアルからライブ配信による販売まで、TikTokではインフルエンサーが最新のファッションを披露し、若き起業家たちが視聴者に直接衣類やアクセサリーを販売する拠点となっている。
「経済的な余裕ができたことで、ファッションに時間もお金もかける人が増えている」。2023年11月から3か月間、西アフリカ・コートジボワールの経済都市アビジャンのJICA事務所に派遣された池和田沙子さんはこう話す。
滞在中、池和田さんは産業育成、社会基盤整備、カバナンス政策などの支援を担当し、その中で稲作や養殖などの農水産業や教育改善のプロジェクトにも携わった。現地では急速に発展するアフリカにおける中間層の着実な拡大を目の当たりにし、こうした経済的なゆとりが大陸各地で若者主導の文化を支えていると実感したという。
(2024年1月、訪問したベナン・グランポポの幼稚園・小学校で生徒たちに囲まれる池和田さん/ 写真:本人提供)
アフリカのファッション産業は電子商取引(EC)が中心で、スマホの急速な普及や新型コロナウイルスによるライフスタイルの変化などを背景に、その市場規模は198億ドル(約2.88兆円、2024年時点)に達すると予想されている。アフリカ市場への進出企業を支援する情報サービスの「ANZA」によれば、国内需要だけでなく、アフリカのファッションデザインに対する世界的な関心や購買意欲の高まりが市場拡大を後押ししているという。
ECのプラットフォームはTikTokだけでなく、Instagram、Facebook、Temu、Amazon、ナイジェリア発のJumiaなどがある。高価なパソコンは多くの人にとって手が届きにくい存在であるため、こうしたサービスの多くはスマホ経由で利用されている。
携帯業界団体のGSM Association(移動通信事業者グループ)によると、2021年後半の時点でサブサハラ・アフリカにおけるスマートフォン普及率は64%に達しており、2025年末までに75%、2030年には88%に増加すると日本貿易振興機構(JETRO)は見込む。
こうした流れを受け、H&MやZARAといった国際的なファストファッションブランドもアフリカ市場に参入し、現地の伝統的な織物や文化的要素を取り入れたスタイルを提案している。
伝統ファッションを再生、「自分のルーツを表現」
池和田さんによると、コートジボワールのファッションは大胆なプリント柄で知られているのに対し、南アフリカやモザンビークといった国では、より洗練されたミニマルなファッションが好まれる傾向があるという。一方、西アフリカ、特にナイジェリアでは、伝統的なファッションが現代的な再生をしている。
ナイジェリア政府職員で、現在徳島県で学んでいるアニエヘオビ・フランシス・シンエさんは、「私たちにとって、ファッションは今や自分のアイデンティティです。私たちが何者で、どこから来たのか、何を表現し、何を愛しているのかを表すものなのです」と話す。イボ族出身のアニエヘオビさんは、部族のシンボルであるライオンのモチーフがあしらわれた服を好み、「これらの服を着ることで、自分のルーツを表現できるのです」と語る。
(民族の伝統をモチーフにしたドレスでポーズをとるアニエヘオビさん/ 写真:本人提供)
今、多くの若いアフリカ人たちは西洋のトレンドと自国の伝統文化を融合し、独自の美意識を表現した作品を生み出している。ナイジェリアとニューヨークにショールームを構え、イタリア版Vogueにも掲載されたリサ・フォラウィヨや、アフリカ大陸版アカデミー賞とも言える2022年最優秀デザイナー賞を受賞したヴィーキー・ジェームズといったデザイナーたちは、こうした活動の最前線に立っている。彼らの作品は、アンカラワックスプリントなどの西アフリカの伝統的な織物と、現代的なシルエット、繊細なビーズ細工やスパンコールの装飾を融合させている。
「多くのアフリカのデザイナーが、西洋のスタイルとアフリカの生地を融合させる技を習得しています」とアニエヘオビさんは話す。「新たな自信が生まれています。人々はアフリカのファッションを誇りだけでなく、より深い自己意識を持って着こなしているのです。」
デジタル音楽のトレンドが世界に広がる
ファッションだけでなく、新しいアフリカ音楽の潮流にも世界が注目している。伝統的なアフリカのリズムと現代的なサウンドを融合させたジャンルであるアフロビートは、多くの若い才能を世界の舞台へと送り出してきた。例えば、25歳のナイジェリア人アーティスト、レマは、2022年にアメリカの歌手セレーナ・ゴメスとコラボレーションし、世界的ヒットとなった「Calm Down」を制作。彼はSpotifyで10億回ストリーミング再生を達成した初のアフリカ人アーティストとなった。
もう一人の注目すべきナイジェリア人アーティスト、ウィズキッドもまた、世界中の音楽ファンを魅了している。ヒップホップとレゲエの影響を受けたシンガーソングライターとして、彼は新世代アフロビートのリーダーとして広く周知されている。
ガーナからは、シンガーソングライターのモリーとラッパーのサイレント・アディのコラボレーションによる大ヒット曲「Shake It to the Max」が誕生。英語の歌詞とラップ調のこの曲は、5月時点でアフリカ音楽ランキング「アフロビートチャート」で11週連続1位を獲得している。
アフリカ大陸全体の若者文化を牽引するナイジェリアの音楽の多くは、TikTokなどのプラットフォームのおかげで、再び世界的な注目を集めている。これらのヒット曲に合わせてダンス動画を投稿する若者の数は急増しており、ウガンダの子供たちと一緒に踊る女性インフルエンサーをフィーチャーした人気動画は、600万回以上再生され、アフリカ全土の若者から無数の同様の動画が投稿されるようになった。
ノリウッド:アフリカの映画産業の拠点
若い世代が支える現代アフリカ文化を語る上で、もう一つ欠かせない存在が映画産業だ。その代名詞ともなる「ノリウッド」という呼び名は、発信拠点であるナイジェリアにちなんでいる。すでに米ハリウッド、インドのボリウッドと並んで世界三大映画産業の一つともなっており、ボリウッドが「ボンベイ」と「ハリウッド」を組み合わせたように、ノリウッドはナイジェリアの「N」とハリウッドを組み合わせた造語だ。
北米市場の興行収入は、2024年に87億5000万ドル(約1兆2700億円)に達すると予想されているが、ノリウッドは年間約2000本の映画を制作しており、そのほとんどが低予算で制作されている。年間興行収入は5億ドルから10億ドル(約728億円から1456億円)と推定されている。
ノリウッド映画は、貧困の中で人身売買や薬物中毒といった深刻な社会問題をしばしば取り上げるが、希望に満ちたハッピーエンドで終わることが多いのが特徴。最近の人気作品には、アクション満載の『ギャング・オブ・ラゴス』(2023年)、サバンナを舞台に冷酷な密猟者から逃れるスリリングな物語『絶滅危惧種』(2021年)、そしてカンヌ国際映画祭で初めて上映されたケニア映画『ラフィキ』(2018年)などがある。
JICAの池和田さんによると、アフリカでは一般市民、特に地方の人々は映画館に行くことに慣れておらず、自宅でストリーミングサービスを利用して映画を視聴しているという。
これらの映画の多くは、Amazonプライムビデオ、U-Next、Huluなどのストリーミングプラットフォームを通じて日本やその他の国でも視聴可能となり、ノリウッドの活気あふれるストーリーテリングを世界中で楽しめるようになっている。
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