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- TICAD9、アフリカと世界の「共創」推進へ大きな弾み深まる「対等なパートナーシップ」、相互依存の繁栄をめざす
Olivier Fabre
日本語版編集:北松克朗
(2025年8月20日、横浜で開催されたTICAD9で、アフリカ諸国、日本、国連、国連開発計画、アフリカ連合などの代表者が公式写真撮影に臨んだ)
シリーズ:アフリカの課題と可能性
2025 年 8 月に開催される第 9 回アフリカ開発会議( TICAD9 )を記念して、 JICA はアフリカが直面する課題と可能性に焦点を当てたストーリーを連載でお届けしています。本エピソードでは、横浜で行われた TICAD9 の最終 3 日間を振り返ります。全体会議での大きな声明発表から一歩踏み込み、主催者や一般参加者といった現場の声にも光を当てます。
8月20日から3日間、アフリカの開発をテーマにした国際会議、TICAD9が神奈川県横浜市で開催され、メイン会場となったパシフィコ横浜など臨海部の会議施設だけでなく、横浜の街全体がアフリカを語り会う交流の舞台として活況に包まれた。
JICAが主催(一部共催)したテーマ別イベントには、対面で約4,400人、オンラインで約5,400人が参加。日本貿易振興機構(ジェトロ)が主催した「TICAD Business Expo & Conference」には1万人以上が来場した。
政府レベルの討議に加え、パネルディスカッションやビジネスピッチ、文化パフォーマンスなど多彩なイベントも催され、さらに多くの人々がTICAD9の輪に加わった。
TICAD9の会場がひときわ活気に満ちていたのは、日本での開催が2019年以来、6年ぶりだったことだけが理由ではない。今回、アフリカからは49か国が代表を送り込み、このうち33名が首脳級の要人だった。これは、アフリカ側が日本とのパートナーシップに大きな期待を持っていることを裏付けているだけでなく、TICADにおける議論のテーマや目的が新たな段階へと移りつつあることも物語っている。
TICADは多国間協力のプラットフォームに
1993年に日本の呼びかけで始まったTICADは、長年にわたり「アフリカ自身の主体性」、「対等なパートナーシップ」、「誰にでも開かれた対話」を基本理念としてきた。
初期のTICADでは、議論の中心は主に「援助」や「支援」に置かれていた。だが、TICADはもはやアフリカへの援助のみを語る場ではなくなっている。今回のTICADでは、アフリカが自ら未来を切り開くことの重要性とともに、課題を解決するには世界との相互依存が不可欠であることがより鮮明に共有された。
アフリカの首脳たちは、アフリカ大陸にとっての「最善」を国際社会が一方的に決めていた時代は、もはや終わったのだと強調した。
アフリカ連合(AU)議長を務めるアンゴラのジョアン・ロウレンソ大統領は、「アフリカは自らの開発を自らの手で主導していくことを約束する」と宣言した。国際連合(国連)のアントニオ・グテーレス事務総長も、「アフリカは、自らの未来に影響を及ぼす決定において、より強い発言権を持たなければならない」と述べるとともに、アフリカは「前進に向けた準備が整っている」と語っていた。
日本とアフリカ各国との二国間関係を超え、TICADはいまや多国間主義のプラットフォームとしての役割を果たしている。この枠組みには、国連開発計画(UNDP)、世界銀行、AUをはじめとする地域機関など、幅広い国際的パートナーが参画している。開会式でロウレンソさんは「私たちは相互依存の時代を生きており、多国間主義以外の選択肢はない。この事実を認めることができれば、成功の可能性はさらに高まるだろう」と主張した。
この発言は、TICADの包括的な仕組みの本質をよく表している。政府、国際機関、市民社会が一堂に会することで、いずれも単独では成し得ない、共創を通じて、より革新的な解決策を生み出そうとしているからだ。
石破茂首相もこうした理念に賛同し、閉会式の演説では「共創」と「共に栄える未来」をめざす決意を明確にした。
(2025年8月22日、TICAD9の閉会式で石破茂首相は集まった各国の指導者に向けて演説を行った)
「日本とアフリカが有している豊かな人材・技術、そして知恵を持ち寄り、課題解決を通じて、よりよい繁栄を目指していく」と石破首相は語った。そして、そうした互恵的な関係を象徴する言葉として、首相は南アフリカのズールー語の教えである「Ubuntu(ウブントゥ)」に言及した。
「あなたがいるから、私もいる」と訳されることが多いこの言葉には、価値の共有や他者への思いやりの大切さを訴える意味が込められている。
横浜宣言が示す「共創」の道筋
この共創の精神は、8月22日に発表された「TICAD9横浜宣言」の中にある「革新的解決の共創、アフリカと共に」というテーマのもとで様々に議論された。
AUがアフリカの発展をめざして掲げている長期の政策構想「アジェンダ2063」と国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を踏まえ、TICAD9横浜宣言は、世界経済の低迷や多重債務、紛争、人道危機といったアフリカが直面する逆風を認めつつ、アフリカの未来は自らの潜在力を行動へと移すことにかかっていると強調している。また、成長だけでは貧困や失業を解決できず、投資や貿易と同様に平和、安定、ガバナンスが不可欠であることも訴えている。
宣言は、経済、社会、平和の3つの分野における協力の方向性を示した。経済面では、15億人規模の単一市場を目指すアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)の推進や、不公平な借入コストの是正を図る新たなアフリカ信用格付機関の設立を強く支持した。
さらに、持続可能な金融の拡大や、援助に加えて民間投資を重視する姿勢を打ち出すとともに、地域統合の促進に加え、デジタル変革、グリーン技術、再生可能エネルギーの分野でも連携を強化していく方針が盛り込まれた。
社会改革については人材育成に焦点が当てられ、保健や教育システムの再構築、女性や若者のエンパワーメント、アフリカと日本のイノベーター間の交流促進を掲げた。平和と安定に関しては、紛争へのアフリカ主導の解決、法の支配の強化、そしてアフリカが正当に声を持つべき国連安全保障理事会の改革の必要性が強く訴えている。
「アフリカで通用する技術は世界で使える」
TICAD9ではアフリカの開発と未来をテーマに広範な議論が行われたが、その一方で若い起業家やイノベーターたちについての微笑ましい話題もあった。その1つが南アフリカ出身のAI専門家、ペロノミ・モイロアさんのストーリーだ。
モイロアさんは東北大学の修士課程で機械工学を学び、後に米Time誌の「AI領域で最も影響力のある100人」に選ばれたことがある。石破首相は開会の挨拶で彼女の名前を挙げ、日本が支援していきたい人材の1人として紹介した。
会議の後に知人から「石破首相が名前を挙げていた」と聞いたモイロアさんは「嬉しい」と笑顔を見せつつ、スピーチを聞き逃したのは残念だと語った。
(Lelapa AIのCEOであり、東北大学の卒業生であるモイロアさんは、米Time誌が選ぶ「AI領域で最も影響力のある100人」にも選ばれた南アフリカのAI専門家。2025年8月21日に行われたTICAD9会議のJICAテーマ別イベント「スタートアップ」に参加した/ 写真:ペロノミ・モイロア)
モイロアさんの会社「Lelapa AI」は、アフリカの多様な言語環境に対応し、学習データなどの計算リソースが限られていても高い性能を発揮でき、電力消費などの負荷も少ない「小規模言語モデル」(small language model、SLM)の開発に取り組んでいる。日本滞在中に言語理解の重要性を実感し、また南アフリカの日常的な多言語環境からこのアイデアが生まれたという。
「私たちの根本的な考えは、アフリカで通用する技術を作れば、それは世界中で通用する技術になるということ」とモイロアさんは語った。その例として、彼女はアフリカで急速に広がったモバイルマネーを挙げた。
開発支援にしばしば付きまとうメサイアコンプレックス(他者を救うことで自分自身に価値を見出そうとする心理的傾向)に警戒しつつも、モイロアさんは、TICADがアフリカの人々に自らの物語を紡ぐための真の場を提供していると感じている。
拡大続く日本とアフリカのビジネス交流
日本とアフリカ間のビジネス、投資、イノベーションの推進をめざした「TICAD Business Expo & Conference」の会場は連日多くの来場者でにぎわい、ビジネスリーダーたちが列をなした。会場内では、アフリカで事業を展開する約300の企業・団体の代表者が交流し、3日間にわたり活発なフォーラムやイベントが繰り広げられた。
JICAでアフリカ分野のシニアアドバイザーを務める吉澤啓さんによると、日本企業とアフリカ企業の間で締結された覚書や協力合意の件数は、ナイロビで開催された第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)時の73件を大きく上回り、今回は約324件へと急増した。
「今回は企業の反応がとりわけ強かった」と吉澤さんは話す。「JICAの主な使命は援助だが、民間の資金や技術、人材がアフリカに入っていくことが極めて重要。今回はようやく手応えを感じている」
長年にわたり、日本企業はアフリカを本格的な市場として捉えてこなかった。しかし吉澤さんは、アフリカは今や十分に成立する市場であり、AfCFTAの進展とともに、新たなフロンティアとして台頭しつつあると感じているという。 経済産業省も「インド・太平洋・アフリカ」という新たな戦略的概念を打ち出し、両地域の連携をより緊密にする動きを見せている。
(TICADの変遷について語る、JICAのシニアアドバイザー吉澤啓さん/ 撮影 : モリッツ・ブリンコフ)
横浜会議では資金調達の分野でも極めて重要な変化が明確になった。吉澤さんは、長年の議論を経て日本がついに制度を改正し、JICAが民間セクターからの新たな資金をアフリカのスタートアップに投資するベンチャーキャピタルファンドに供給できるようになったと説明した。これは、ODA(政府開発援助)を通じた開発協力に限定されていた従来のJICAの役割が、さらに大きく広がる可能性を示している。
「この実現に向け、約6年かけて働きかけてきた」と吉澤さんは語る。「そのために法律まで改正しなければならなかった。今ではアフリカのスタートアップやベンチャー企業に資金を提供でき、民間セクターが共同投資やパートナーシップを通じて関わることが期待されている」。日本の取り組みはリスク回避的と見られがちだが、この動きはアフリカの新世代の起業家と、リスクと成果を分かち合おうとする新たな意欲の表れといえる。
こうした動きは、モイロアさんのような起業家にとっても、画期的な転換点となり得る。多言語に対応可能なIT技術からフィンテックに至るまで、さまざまな課題に取り組むアフリカ企業のニューウェーブを象徴する彼女は、開発資金がしばしば農業、製造業、公共事業といった安全策に偏っていると指摘していた。
そうした分野は、計画を決めやすく、リターンも予測しやすい。しかし、新たなリスクに立ち向かわなければ、未来への扉は開けない。
「もちろん、そうした分野も大切」と彼女は述べる。「しかし、アフリカのビジネスの伝統的なイメージから離れ、私たちが挑戦しているような刺激的な分野へと少しずつ視点を広げていけたらいいと思う」。
彼女は、革新的なイノベーションを内包している分野こそ、リスクの高い事業を支援することが必要で、それによって大陸の枠を超えて新たな解決策が生まれるのだと主張している。
吉澤さんは自身のキャリアを振り返りながら、TICADが日本にとって貴重な機会をもたらしていると話す。
かつて開発プロジェクトといえば、井戸掘りや学校建設など、小規模ながら意義のある取り組みが中心だったという。「こうしたプロジェクトは、多くても数百人にしか恩恵をもたらさない。私は、国全体が成長への道を歩み始めるための支援をしたかった」と語った。
吉澤さんは、現在、アフリカだけでなく日本にとっても好機が訪れていると見ている。
「日本にとって、アフリカは必ず掴まなければならないチャンス」と彼は言う。「もしこれを逃せば、次の世代がその代償を負うことになるだろう」
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