東海4県のJICAデスク(国際協力推進員)

三重県

【写真】

氏名:
野呂 顕(のろ あきら)
配属先:
三重県国際交流財団(MIEF)

国際協力活動経験

派遣国:
フィリピン、(タイ)、スイス、(オランダ)、オーストリア、(カメルーン)、(フランス)、(イタリア)、(ペルー)、(カナダ)など。( )は出張勤務。
国際協力活動経験:
私は、1981年国際学修士を取得し、同じ年ILOマニラ事務所に派遣され、技術協力プロジェクトの実施に携わりました。日本を後にして初めての外国が開発途上国であったのも、それまで南北問題を研究対象としてきたことと合致します。またフィンランドやオランダからのJPOたちと交流を深めました。翌82年スイスのジュネーブ本部にある多国籍企業局に赴任して、多国籍企業の調査と研究さらに委員会への報告書を担当しました。その後、国際労働組合やジュネーブ市中の民間金融の勤務を経て、1989年国連工業開発機関の予算課に採用となりました。この間、毎週ジュネーブ代表部を訪ねて空席情報を得ました。UNIDOでは、2000年には、技術協力財務課をリードしてプロジェクトへの資金配布を実施しました。2005年には上級管理コントロール官に抜擢されました。組織改革後、2006年から2015年(退職)まで技術協力財務管理課課長を務め新しい会計基準とシステムの導入に尽力し、財務部次長も兼務して国連予算・財務ネットワーク会議に代表参加しました。
職種と活動期間及び活動内容:
アソシエートエキスパート(1981~1982)として、フィリピンでILOプロジェクトの訓練(フェローシップとスタディツアー)を主に担当して、様々なプロジェクトを訪れました。アフリカからの障害者フェローの訓練にも付き添い、障害者たちの社会進出への意気込みを学びました。ジュネーブでは、初めて降りた空港からのタクシー運転手からフランス語を話す必要性の忠告を受け、驚きました。リサーチアソシエート(1982~1986)として多国籍企業に関するILO三者宣言について各加盟国政府報告をまとめ、委員会への報告書を作成する中で、使用者団体や労働者団体からの見解の相違には、学ぶことがありました。
UNIDOに移り、予算課課長補(1989~2000)として、二年間の機関の予算案をめぐって総会で記名投票に直面して、すべての加盟国、地域グループを満足させることの難しさや南北という先進国VS開発途上国の対立だけではない国際社会の現実を目の当たりにした思いでした。通常予算担当から、事業予算に移り、技術協力財務課リーダー(2000~2005)としてプロジェクトの資金配布する中で、アフリカにおいて訓練費用などを一人の現地職員に先払いをして、その職員が突然死亡したため、プロジェクトの資金がその個人の口座から引き出せなくなる事態になりました。その解決に時間がかかったのみならず、資金配布の手続きの見直し、変更を余儀なくされることがありました。上級管理コントロール官に抜擢されて(2005~2006)、UNIDOの実施するプロジェクトにRBM(結果に基ずく経営)の導入を進めました。組織改革を経て、技術協力財務管理課課長となり、財務次長(2006~2015)も兼務しました。新しい会計基準とシステムの導入に尽力しました。また、国連予算・財務ネットワーク会議へ代表として参加し、同じ国連システムの下でも、機関によって財政基盤が大きく異なることを学び、折しもOne UNとして各地での国連組織の一体化が本部レベルでは、進みにくい現実を実感しました。
動機:
JICA国際協力推進員を希望したのは、出身の三重県への貢献、恩返しがあります。さらに、国際機関での国際協力、国際交流の活動経験を活用して、地域に根差した国際協力を目指したいと思います。国際協力推進員として、特に中小企業海外展開支援事業を活用し、海外展開を計画する三重県の中小企業からの問い合わせへの対応やセミナー・イベントの開催を通じて支援したいと考えます。
メッセージ:
Japanese must become more international in their thinking. これは、私が大学生の時ラジオで学び、その後の方向付けや支えとなりました。海外協力隊として、日本を後にして異国に自分を置いてみることで、複眼的な見方が身につきます。日本の政府開発援助(ODA)を担うJICAの活動を三重県で広め、ここから国際協力活動を応援し、盛り上げましょう。
配置先:
【画像】 〒514-0009三重県津市羽所町700
アスト津3F(公財)三重県国際交流財団
電話番号:059-223-8003
ファックス:059-223-5007
Eメール:jicadpd-desk-mieken@jica.go.jp