「中部地域のモノづくりの理念を開発途上国へ」

【写真】宮川 秀俊 (みやかわ ひでとし)氏第17回JICA理事長賞を受賞された
宮川 秀俊 (みやかわ ひでとし)氏

■写真:2021年12月 JICA北岡理事長とともに

今回、2021年12月に第17回JICA理事長賞(注1)を受賞された宮川氏にお話をお伺いします。宮川氏は、22年にわたり、研修担当および講師として、産業技術人材育成分野の研修事業に貢献されました。同研修にて愛知教育大学および中部大学の教職員・学生との交流機会や中部地域の企業の視察機会を設けたことで、中部地域の特徴であるモノづくりの理念が研修員の間で広まり、世界各国で研修成果を活用した取り組みが実現しました。
【略歴】
2021年~現在   深圳大学 国際創新学院 特聘教授
2014年~2021年 中部大学 現代教育学部 教授
2014年~現在   愛知教育大学 名誉教授 
1994年~2014年 愛知教育大学 助教授・教授
1985年~1994年 兵庫教育大学 助手・助教授
1973年~1985年 九州大学大学院 研究員

(注1) 国際協力事業を通じて開発途上国の人材育成や社会・経済の発展に多大な貢献をされた個人・団体に贈られる賞

JICA課題別研修「産業技術教育」を受託したきっかけは何だったのでしょうか。またこれまで携わってきた国際協力や研修のご経験についてお聞かせください。

研修実施の様子(1)

大学院時代から専門分野(木材工学)を通して、国際社会に関心がありました。愛知教育大学に赴任し、米国での研究留学をきっかけに一段とその気持ちが高まり、文部省の開発途上国への国際協力支援事業に愛知県の特長(モノづくり産業)を活かした研修コースを提案して採択されました。そして、集団研修・課題別研修「産業技術教育」コースを始めとして、国別特設「工業教育」・「教育カリキュラム開発」・「学校教育改善」研修コースを実施しました。それに伴って、サウジアラビア初等中等教育改善プロジェクト形成調査団、パキスタン技術教育・職業訓練プロジェクト形成調査団に参加しました。
また、その時々に第1回・第2回・第3回「産業技術教育」のための国際教育協力シンポジウム(2003年・2008年・2015年)と、愛知万博市民プロジェクト「ものづくりと教育」(2005年)を開催しました。これらに関連して、文部科学省より、国際教育協力イニシアティブ事業を受託し、JICA課題別研修との相互連携を図りました。

研修に携わる上で、工夫してきたこと、心掛けていたことなどがあれば教えてください。

研修実施の様子(2)

演習の様子

製造・生産等を基盤とする産業技術社会の発展のためには、その基礎となる産業技術教育の充実が不可欠です。我が国の産業技術社会は、高度技術化や情報化の進展に伴って活発化すると共に、それに連動して産業技術教育も活性化しました。
そこで、日本有数の工業および商業地帯を有する東海地区の特性を最大限に活かしながら、産業技術教育を核とする産業技術社会の進展を図るための研修を実施しました。また、研修では、産業技術教育の推進・展開に関する我が国の最新の取り組み手法と仕組みを中心に実施し、各国の関連分野の人材育成に資することを心掛けました。
具体的には、1.日本の教育、2.産業技術の概説、3.産業技術に関する教育行政、4.産業技術教育、5.産業技術社会、6.技術一般の各内容についてバランス良く用意し、そして毎年の研修計画の構成に検討を加えて、アクションプランの作成に反映できるように工夫しました。

研修に携わってきた中で、強く印象に残る思い出を教えてください。

研修員にアドバイスする様子

国の発展にはモノづくり(産業技術)が必要であるとの考えから、日本および愛知県の「モノづくり」の特長を、開発途上国に伝えたいと思って研修計画を作成しました。
そこでは、日本の現状を知るのも大事であるとの考えから、種々の見学研修を行いました。広島市の平和記念公園、また、奈良市の日本最大で最古の木造建築技術を有する東大寺大仏殿、これとは対照的に東京都の日本最大で最新の高層建築技術を有する東京スカイツリーを見学して体感しました。もちろん、トヨタ自動車を始めとする多くの国際的企業を訪問しました。
一方では、研修参加国・研修員の帰国後の研修成果を把握することを目的としたフォローアップの一環として、ケニア、トルコ、マレーシア、フィリピン、カンボジア、メキシコ、パラグアイ、チリ等を、研修でお世話になった複数の講師の方と共に訪問しました。そこでは、参加した研修員と関係者の方々と意見交換を行い、その内容が我が国で実施している研修に反映できるようにしました。

印象に残っている研修員がいたら教えてください。

これまでに受け入れた研修参加国67ヶ国、研修員257名の方は、帰国後自国の産業技術教育の充実と展開のために、研修に積極的に参加していただきました。そのような中で、ここでは帰国後も連絡を取り合い、交流が続いている方を数名紹介します。
まず、2000年にパラグアイから参加されたラモンさん(Ramon Anibal Iriarte Casco)です。研修後に自国の日本大使館に出向いて、日本への留学を志願しました。運良く日本の国費留学生となり、愛知教育大学大学院教育学研究科修士課程技術教育専攻に入学しました。この修士課程修了後に、引き続いて鹿児島大学大学院工学研究科博士課程に進学して、3年後に博士(工学)を取得しました。帰国後直ぐにパラグアイ政府の産業技術局長になりました。そして現在は、ユネスコ南米・カリブ海地域教育事務所(チリ・サンティアゴ市)の教育プログラムスペシャリストとして働いています。日本での研修を機会に、自身のキャリアアップに繋げた例と思います。
この他、メキシコからのロシオさん(Rocío Serrano Barrios)は、帰国後に女性としては初めての政府の産業技術教育局長になったことを連絡してきました。ガーナのトーマスさん(Thomas Kofi)は、毎年、国内の組織で産業技術教育の研修の様子を知らせてくれます。パキスタンのチャンナさん(Ghulam Abbas Channa)は、帰国後にパキスタン技術教育学会を設立して、その会長になりました。ウクライナのイワノフさん(Vitalii Ivanov)は、帰国後にウクライナ国内で開催される工学系学術学会への参加・発表を誘っていただいています。
このように、研修員の方々から連絡があるたびに、懐かしい研修時のことを思い出すと共に、国際的な繋がりの喜びを感じています。

理事長賞を受賞された時の感想をお聞かせください。

北岡理事長から表彰状の授与

これまで22年の長きにわたって継続して研修を行えたということは、その時々でお世話になり、またご支援をいただいた多くの方々のおかげと思いました。今回の受賞は、みなさまと一緒に評価していただいたと感じています。受賞後、お世話になった方々に電子メールでお礼の連絡をしましたが、ほとんどの方から労をねぎらっていただくと同時に、お互いの苦労話や喜び等を思い起こさせる言葉をいただきました。本研修の経験や実績が、これからも残り、伝わることを願っています。
また、本研修の毎年の研修員募集では、予定定員以上の応募者により、希望したすべての国、研修員の方に参加していただくことができませんでした。たくさんの方に学んでいただきたいと思い、研修テキストならびにCD等を作成していますので、必要であれば今後の研修でも活用いただければと思っています。

今後の開発途上国の産業技術人材育成における展望をお聞かせください。

Zoomでの遠隔研修の様子

開発途上国においては、産業技術教育の展開がその国の産業技術のみならず経済活動を推進し、そして国民生活の豊かさと安定を促すことになります。このために、日本の例を学んでいただければと思います。
これまで、研修に参加された研修員の方々は、様々な研修内容を学ばれて、帰国後の報告会等で伝達されていると思います。そして、多くの方が我が国の産業技術ならびに産業技術教育に触れられた経験によって、研修の理念は、「国を発展し充実するには、その基盤として産業技術教育が必要である」ということを、実感されていることと思います。日々変化する国際情勢ではありますが、日本での研修を、是非自国のために活かしていただければありがたいです。

現在の活動と今後の抱負をお聞かせください。

JICA研修の場としてお世話になった愛知教育大学と中部大学を退職して、現在は深圳大学国際創新学院の特聘教授として研究活動を行っています。コロナ禍で自由な渡航ができない中で、本研修で私自身が学んだ、「国際理解教育」、「多文化共生」、「高等教育における学生交流」等についての執筆活動を行い、両国に共通の課題の解決に向けての追究を行っています。
また、「ESDコンソーシアム愛知」の代表として、ESD(持続可能な開発のための教育)、ならびにMDGs(ミレニアム開発目標)を引き継ぐSDGs(持続可能な開発目標)に関わる活動を行い、JICAに繋がる活動を継続して行っています。毎年、愛知県ユネスコスクールESD・SDGs活動成果発表会(幼稚園、小学校、中学校、高校、特別支援学校、大学等)を開催しています。
一方、日本教材学会東海・近畿・北陸支部研究会を通して、ESD・SDGsを支援する「ESDと教材」をテーマとした発表会を継続して実施しています。
これらのことが、さらなる国際協力に繋がれば、大変うれしく思います。