【草の根技協】「地震が来たら草をつかもう」子供たちと創ったモンゴル版防災カルタ誕生とその広がり

2023年4月26日

「モンゴル・ホブド版防災カルタ」が誕生するまで

カルタコンクールに集められたホブドの子供たちが作成した絵札と読み札

 「モンゴル・ホブド版防災カルタ」誕生の発端は、プロジェクト開始間もない2017年12月に遡ります。モンゴル国ホブド県における記念すべき第1回防災啓発ワークショップの場で、プロジェクトコーディネーターの石井祥子さん(名古屋大学)が、日本における市民防災の取り組みのひとつとして、防災カルタを紹介しました。ワークショップに参加していたホブド市長、県の防災担当者、ホブド非常事態局の職員らは「モンゴルでも防災カルタはできる」と高い関心を示しました。
その後、2018年3月に実施された中学生50名と教員を対象とした講演会でも防災カルタの紹介がなされ、ホブドの中学生は、「やってみたい!」と目を輝かせました。ホブドの人々のカルタへの熱意を感じたプロジェクトチームは、防災カルタの試作に着手します。各地域での聞き取りにより、防災・減災につながる地域独特(特に遊牧民)の知恵を集め、モンゴルのことわざ・慣用句も交えて、防災カルタの試作品を数枚作成し、それを元に、ホブドの人々(特に子供たち)自身にカルタの詩と絵札を作ってもらうことにしました。
そして、2019年2月、防災カルタワークショップがホブド市内のツァストアルタイ学校で行われます。市内の公立校7校から70人の生徒の参加があり、詩の作り方の指導、および作絵の実習が行われました。さらにその場で、翌3月に防災カルタ作成のための詩と絵のコンクールが実施されることが生徒たちに伝えられました。防災カルタコンクールは県の教育部門と非常事態局の強い連携の下で進められ、中・高校生向けにも防災カルタ作成ワークショップが実施された結果、ホブド市内の全学校から、想像を遙かに超える500枚もの応募がありました。
そして迎えた3月、プロジェクトチームの約束通り、防災カルタコンクールが実施されます。県庁、教育局、児童機関、ホブド非常事態局、プロジェクトメンバーで構成された審査委員会で選ばれた優秀作品には、県知事賞、NEMA賞、モンゴル国立大学学長賞、JICA賞などがそれぞれ贈られました。市民の前で受賞作の子供達をみんなで讃えたこの盛り上がりが、防災能力向上のためにその後続いていく、関係機関の連携を生む大きなきっかけとなったことは間違いありません。
 こうしてホブドの子供たちによって作られた防災カルタの詩と絵を元に、プロジェクトチームによって防災カルタの編成が進められました。防災カルタの編成について語るとき、外せないのがプロジェクトチームで現地コーディネーターを務めるナラマンダハさんの存在です。ナラマンダハさんは日本への留学経験もあり、プロジェクトでは通訳の役割も果たします。そして、プロジェクトコーディネーターの石井さんとは20年来の友人でもあります。ナラマンダハさんが詩を、石井さんが絵を担当。ホブドの人々、子供たちと旧友2人の共同作業による「モンゴル・ホブド版防災カルタ」の初版が完成したのは、2020年6月。石井さんがホブドで初めて防災カルタの紹介をしてから、2年半後のことでした。

コロナ禍の到来

印刷された防災カルタの仕分け、箱詰めをするモンゴル非常事態庁の職員

防災カルタ完成間近となった2020年年明け、誰もが予測しない事態が発生します。新型コロナウィルス感染症の蔓延です。2020年3月にはホブドでの防災カルタワークショップ第2弾を計画していましたが、渡航自体がキャンセルとなってしまいました。遠隔での作業は困難を極めましたが、コロナ前に10回以上渡航して信頼関係ができていたため、日本人が渡航できない分を、現地スタッフが奮闘して進めました。
カルタの試作品は現地で150セット印刷されましたが、モンゴルでは箱の成形まで請け負ってくれる業者が見つかりません。そのため、カルタの箱作り、箱の表紙張り・カルタの仕分け、箱詰め等の作業はすべて、非常事態庁の職員や現地スタッフのナラマンダハさんら、延べ20人が協力し、7日間かけて完了。首都ウランバートルの非常事態庁、ホブド非常事態局をはじめとする関係各所に配布されました。
完成したカルタは、絵札、読み札各55枚。地震や噴火など自然災害が18枚、防災一般は11枚、ゴミの捨て方など環境教育が10枚、交通などの安全教育6枚、災害伝承5枚のほか、ホブド県出身の元小結・ 旭鷲山が登場する絵札もあります。コロナ禍が拡大し、モンゴルへ渡航できない状況が続く中、プロジェクトチーム日本側では、コロナ禍を反映させた感染症対策についての札を5枚追加した日本バージョンを作成、2021年11月に500部を印刷しました。

オンラインで始まった防災カルタ大会

日本とオンラインでつないで実施された防災カルタ大会の様子

カルタは完成したものの、モンゴルの人々にそのお披露目ができない状況がしばらく続きます。長引くコロナ禍で、現地渡航の見通しが立たない中、2021年末頃から、プロジェクトはオンラインでの遠隔活動を模索します。手始めとして、2022年2月、首都ウランバートルの私立小学校における防災カルタ大会が実施されました。現地と日本をZOOMでつなぎ、石井さんが防災カルタについての説明や成り立ちを画面越しに子供たちに語りかけます。そして始まった、子供たちにとって生まれて初めてのカルタ大会。子供たちはあっという間に遊び方を覚え、驚くような速さで絵札を取っていました。運営に協力してくださった教員や保護者からも防災カルタの教育的な効果を高く評価する声が聞かれました。手作り防災カルタがモンゴルの人々に受け入れられた瞬間です。
「この防災カルタを、本当の持ち主である、ホブドの人に届けたい」 ウランバートルでのカルタ大会の成功を受け、プロジェクトチームのホブドへの思いは高まる一方です。首都ウランバートルから1500キロ離れたホブドとのオンラインでの活動は、コロナ前の通信状況では考えられませんでした。しかし、コロナ禍を経てホブドの通信状況は大きく改善し、オンライン会議などが可能となっていることが分かりました。そして、ウランバートルでのカルタ大会実施の3か月後となる、2022年5月、ついにホブドでのオンライン防災カルタ大会が実施されました。
会場となったのは、2019年2月に子供たちに防災カルタワークショップを実施したのと同じツァストアルタイ学校。ほぼ3年の月日が流れ、当然ながら1年生だった子は4年生に4年生だった子は7年生になっています。それでも、自分たちが作った詩や絵が使われた防災カルタに子供たちは大喜びでした。
以下、参加した子供たちの感想の一部です。
●(「カルタができるまで」の紹介の中で)私の小さい時の写真が大きな画面で映った時本当になつかしかったです。このカルタでモンゴルの子供たちが遊べるようになってとても感謝しています。感動しています。防災カルタで遊んで、災害を予防するたくさんのことを学びました。
●防災カルタ大会はとても楽しかったです。たくさん遊んで、たくさん笑いました。防災カルタは本当に楽しい遊びです。2019年にクラスの友達みんなでカルタをつくるコンクールに優勝しました。今回クラスメートみんなで監督と審査をしました。うれしいです。

日本モンゴル交流50周年記念 ホブド防災カルタ大会

札を取り合うウランバートルの子供たち

カルタ大会でのナラマンダハさん(左)と石井さん(右)

2022年8月、日本からモンゴルへの渡航がついに可能となり、プロジェクトチームはまず首都ウランバートルに渡航します。現地スタッフとの打ち合わせの結果、同年9月5日にホブドでカルタ大会を実施することを決定しました。2022年は日本とモンゴルの外交樹立50周年に当たるため、JICAモンゴル事務所が50周年ロゴを入れた防災カルタ50周年バージョンを6月までに500セットを印刷しており、そのうち300セットをホブドへ届け、ホブド県内での普及を一気に進めることにしました。いよいよプロジェクトチームの念願だったホブドの人々への防災カルタの大々的なお披露目の日を迎えます。
9月5日、カルタ大会当日、会場である体育館へ入るとまず、モンゴル・日本友好関係50周年を祝う言葉が日本語・モンゴル語両方の言語で壁に飾られていました。その他、体育館の壁には、参加した7つの学校の子供達が描いたモンゴル・日本友好ポスターなども貼られていました。プロジェクトチームがすっかり感激していると、「これらはモンゴル人から日本人へのサプライズですよ」と、大会準備を中心的に行ってくれたツァストアルタイ学校のエルデニチュルーン先生がおっしゃいました。14:00に大会が開始すると、さらにサプライズが待っていました。子供達が伝統舞踊を披露してくれ、さらに馬頭琴演奏に合わせてモンゴル・アクロバットで大会を盛り上げてくれたのです。
カルタ大会には、ホブド市内7つの公立学校から14~15人ずつの生徒(中学1~3年生)が教員に引率されて、計100名参加しました。第1回戦は10のチームに分かれ、体育館に敷かれた絨毯上で行われました。「勝負にこだわるのは西部地域の特徴」とホブドの先生が語るように、カルタゲームは白熱。2回戦は10チームからそれぞれ1位が進出し、1~4位(4位は2名)が選ばれ表彰されました。また、2019年にカルタ作りに参加し、絵や詩がカルタに採用された子供にも50周年のロゴ入りカルタが贈呈されました。
カルタ大会に参加した100名の他、カルタ大会の手伝いをしてくれた上級生やカルタを贈呈された子供たちを加えると、ホブド市の子供総勢150人を集めて行ったホブド初の対面でのカルタ大会は、大成功を収めました。ホブドの子供たちと防災カルタ完成の喜びを分かち合いたいという、石井さんの夢が叶いました。ナラマンダハさんと石井さんの共同作業により防災カルタの構想がまとまってから2年以上、石井さんがホブドで防災カルタについて紹介した時から数えると、4年9か月の月日が経っていました。
防災カルタの教育効果について、エルデニチュルーン先生は次のように評価します。
「子供たちは楽しく遊び、防災に関する知識を学びました。さらには、暗記力、理解力、分析力などの能力も高めることができたと感じます。子供たちはカルタで学んだことを家に帰って家族のみんなによく話すようになったと聞きました。教室でカルタ遊びをしたいと言う子供も多くなりました。防災カルタにない他の災害についてカルタを作りたいという子供も出てきています。」
 対面によるホブド初の防災カルタ大会は、ホブドのテレビ局により取材・放送され、ホブド非常事態局やJICAモンゴルのFacebook、JICA広報部のFacebookやtwitterでも紹介されました。

モンゴル全土への広がりを見せる防災カルタの取り組み

モンゴル非常事態庁とプロジェクトチームとの会合

モンゴルの西の端に位置するホブド県の人々のために作られたこの防災カルタですが、企画当初からモンゴルの中央省庁の一つである非常事態庁と情報共有ならびに連携をしながら進められてきました。そして、最優先はあくまでホブドの人々であることを前提とする一方、いずれはこの防災カルタをホブド以外の他の地域にも広めたいという思いを非常事態庁とプロジェクトチームは共有してきました。ホブドでの防災カルタ大会の1か月後、プロジェクトチームと非常事態庁はウランバートルで会合を持ち、ホブドに特化して作られたこの防災カルタを今後どのように全国展開させるべきかについて話し合いました。
プロジェクトチームからは、まずはウランバートル版を作る必要性が提示され、非常事態庁からもホブドとは大きく環境の異なる都市部においては、高層ビルにおける地震・火災対策など大きな課題があることが表明されました。また、防災カルタによる防災啓発の重要な点として、子供の参加、そして防災は知識を与えるだけでは実現できず、我がこととして考えることが最重要であるという共通認識を確認しました。また、防災カルタについては、JICAモンゴル事務所の仲介もあり、モンゴル教育省も安全教育のための教材として全国展開に向けた検討をすでに開始しており、教育省との連携の重要性についても確認されました。

 この会合の最後に、非常事態庁のAriunbuyan長官はここまでカルタ作成を中心的に進めてきた石井さんに対して、以下の言葉を贈りました。

 「石井さんは、防災カルタの作成にあたり、日本のものをコピーするだけでなく、モンゴルの災害の傾向や地理的特徴、気候、そして何よりも人々のことを考えながら、このモンゴル版の作成を進めてくれました。さらに、絵や詩に子供たちのアイデアを反映することで、子供たちと防災カルタに特別な結びつきを生み出しました。石井さんは素晴らしい仕事をされました。」

長官の言葉を聞いた石井さんの目には涙が溢れていました。

プロジェクトチームは現在、ウランバートル版防災カルタの作成を進めています。ホブド版を活用しつつ、一部をウランバートル版に置き換えていきます。ホブドで行ったとの同様に、ウランバートルの子供たちに絵と詩を作成してもらいます。ウランバートル版完成後にはホブドでの普及状況と合わせて防災効果の評価を十分に行うこととしており、その評価を受けて、モンゴル北部、南部、東部版についても引き続き検討されることになっています。モンゴル全土に防災カルタが広まる日もそんなに遠くないかもしれません。