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2023年JICAチェアを通して

九州大学比較社会文化研究院准教授 相澤伸広

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JICAチェアプロジェクトが掲げる、日本の近現代史に学ぶという意義に賛同し、2023年、対面式でカンボジア、インドネシア双方で講義を実施した。2022年に実施したセルビアのベオグラード大学、ブルガリアのソフィア大学での講義はオンラインであったため、実際に当地に赴いて実施する講義は特別な経験であった。対象校は、カンボジアの王立プノンペン大学、国立外交国際関係研究所、インドネシアのインドネシア大学、そして、外務省研修所であった。


「Japan in Asia, Japan in Southeast Asia」の開講-学生たちとの議論から見えたこと

私が実施した講義は、Japan in Asia, Japan in Southeast Asiaであった。とりわけ、日本とアジア、日本と東南アジアの長い関係史のなかに、過去三年間の変化をどのように位置付けるか、という点において日本の視点を共有することを主眼とした。過去三年間の変化とは、コロナ禍、米中競争、ナショナリズムの再勃興である。言い換えれば日本がアジア、東南アジアとの関係を規定してきた、過去50年、100年の中で経験したグローバルな危機、国際秩序変化、ナショナリズムの勃興と、過去3年間に生じたこれらの変化のどの点が同じで、どの点が違うのかという問いを通じて、歴史的な比較を実施した。

学生たちとの議論の中で、大きなウェイトをしめたのは、次の三つの問いであった。第一に、日本は東南アジアとの関係においてなぜ信頼を得るに至ったのか。言い換えれば、アジアの中でも日本の植民地支配の負の遺産がその後の関係構築の障害となり続けている国と克服できている国がいるが、その違いを生んだのはなぜか、という点である。

第二は、日本のアジアとの関係を決めているのは、米国との関係であり、日本はあくまでも米国の「ジュニアパートナー」で、米国の代弁者としての位置付けなのか、という点であった。
第三には、日本の食文化をはじめとする文化や、日本人の生活スタイルにこれまで大変魅了されてきたが、日本は少子高齢化でこうした文化はどうなるのかという懸念であった。

日本と東南アジアの相互理解において、問われる発信力

第一と第二の質問から明らかになった背景は、カンボジア、インドネシア双方ともに学生たちが日本の政治史や外交政策を英語メディアを通じて学んでおり、米国や英国メディアプラットフォームのフィルターを経た日本の姿が、東南アジアの学生たちが日本を知る入り口となっている現実である。これはインターネットを通じた検索学習が基準となる現代、とりわけ検索学習における英語の支配的な力を思えば必然的な帰結でもある。したがって、そこでは戦争史や現代のGeopoliticsが集中的に取り上げられるので、第二次世界大戦期に日本のアジア各国への侵略の歴史から一気に、現代のQUADやFOIPでいかにも「米国陣営」の一員としての日本の姿の二つが、まずインドネシアやカンボジアの学生の日本理解の基礎を規定している事があきらかとなった。そこでは、日本が東南アジアの間で、米国とはかなり異なるイニシアティブと独自性をもって関係を構築してきた歴史、(具体的には開発協力や金融協力、カンボジアやミンダナオにおける平和構築等)に代表される日本の姿には光があたらず、したがってなぜ日本が「信頼」されているのかが不可解であるという状況であった。

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(インドネシア大学での講義の様子)

日本と直接的な接点がある政策エリートや専門家を対象としたアンケートで日本への信頼が確認できても、インドネシアやカンボジアの学生の評価に同じような信頼が確認できないのは、主として日本の発信不足にあるといえよう。日本の相対的な経済力の低下の結果、開発協力、経済協力、民間投資をベースとした自画像がくずれ、その後の新たな自画像づくりの過渡期においては、間接的に他国のレンズを通して日本を知るというのがもうひとつの効率的な情報収集方法となっているという現実である。

注意すべきことは、これは日本人の東南アジア理解にも似た点が指摘できるということである。日本人学生もまた、米英メディアおよびそのプラットフォームに載った東南アジア像に依存した理解が基礎をつくっていることは否めない。一例をあげれば、東南アジアをあくまでも米中の勢力圏競争のアリーナとみなし、その結果関心は各国が親中派か親米派であるかという問いに集まり、必然的にカンボジアの港湾プロジェクトやインドネシアの高速鉄道プロジェクトにおける中国の影響力にばかり情報が集まるという構図である。

JICAチェアにおける学生たちとの直接的なやりとりを通じて、期せずして英語による検索学習がもたらしている日本と東南アジアの間の相互理解へのインパクトについて確認できたことは、今後の歴史交流、教育交流そして、広報政策の改善にむけた大きな示唆を得るポイントとなった。

対話の中で「Japan in Asia」を再構築する

一方で、第3の質問を通じて、インドネシア、カンボジアの若い世代に心配される日本という姿を確認できたのは、悲観することではなくむしろ心強いことであった。東南アジアにおける日本の経済的文化的な発信力が、相対的にはっきりと落ちているという現実を正視した上で、次にどうすれば良いかを相談できる、若い層が両国にいるということである。日本は現在、新たなアジアの中の日本について自画像の再構築に悩み挑んでいる。日本は歴史的にもベトナム戦争期やアジア通貨危機の際にもアジアの一員としての自画像を描く上で、東南アジアとの関係をひとつの鏡にしてきた経緯がある。JICAチェアの発展版として、JICAダイアローグとして、インドネシアやカンボジアの学生らをはじめ、アジア各国の若い世代の人々を目利きとして日本の経験や知見、文化、歴史について再評価をして頂き、くわえてその再評価過程において日本の学生が直接的に応答することで、新たなJapan in Asiaの姿を若い世代の対話のなかから構築する機会を切望する。

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王立プノンペン大学国際研究公共政策研究所にて参加者と。