SHEP(市場志向型農業振興)とは~小規模農家支援は農家の気づきの機会の創出から~

#1 貧困をなくそう
SDGs
#2 飢餓をゼロに
SDGs

2024.09.02

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ボリビア事務所 所長 伊藤 圭介

 小規模農家の所得増加を目的とした協力を行う場合は、インフラの整備や営農資金、技術の提供のみならず、それにも増して農家の営農意欲の向上が鍵になります。JICAは他の開発パートナーとともに、SHEPという農業普及アプローチを用いて小規模農家100万世帯の生計向上に取り組んでいます。

1.SHEPとは

 皆さん、SHEP(Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion、市場志向型農業振興)なるものをご存じでしょうか?アフリカ・ケニアとの技術協力の中で生まれたJICA発の小規模農家の自立性を尊重し、収入向上を目的とした農業普及のアプローチで、現在世界約60か国で広がっています。
 JICAは2019年8月に開催されたアフリカ開発会議(TICAD)のサイドイベントにおいて、国際農業開発基金(IFAD)、ササカワ・アフリカ財団、日本の商社などとともに、「SHEPを通じた小規模農家100万世帯のより良い暮らしを目指す共同宣言 」を発表しました。
 世界の8億人は食料が足りておらず、また貧困・飢餓に苦しむ人の8割が農村部で生活し、その多くが小規模で十分な所得がない状況に陥っています。今回は、JICAが小規模農家の生計向上に取り組んでいるSHEPアプローチについて説明したいと思います。
 農業政策の課題の一つとして「市場志向型農業振興」を掲げている途上国が多くあります。これまで自給自足をしてきた小規模農家も市場にアクセスし、農産物の販売を通じて所得を増加する、といった狙いがこの政策にあります。ただ、どのようにしたら小規模農家が市場にアクセスできるのか、政府はそれをどのように支援したら良いかは暗中模索の状況でした。SHEPはそのような状況に、シンプルで実現が容易な具体的な解決策を提示しているのです。

2.小規模農家は何故貧困から脱却できないのか

 そもそも何故小規模農家はなかなか所得を増加できないのでしょうか?小規模農家が抱える課題は多様です。農業開発に関わる開発途上国政府や多くのドナー等の関係者は、インフラの不足、営農資金の不足、栽培技術の不足といった問題点を挙げ、こうした不足を補う支援を行ってきましたが、それでも農家の生活や収入はなかなか向上せず、農業を諦めて職の当てもないのに都市に移住してしまう農村出身者が数多くいました。確かに様々な「物」が不足しているのは事実ですが、それにも増して不足していることは、農家自身が農業で豊かになり得るとの確信を持ち、自ら市場の動向を把握し、市場が求めるニーズを取り入れながら生産、販売すること、別の言い方をすれば、意欲を持って営農する(現状を改善しようとする)「営農意欲」ではないかと考えています。

 SHEPは市場との対話を通じてこの「営農意欲」を刺激します。具体的には、SHEPでは、農業普及活動を4つのステップに基づき進めることを提唱していますが(図参照)、その中でも特に重要なステップは「農家の気づきの機会創出」であり、その典型的な活動の一つが「農家による市場調査」です。
 実は小規模農家は、市場の原理、具体的に言えば、季節、品種、サイズ、見た目、量などにより価格が大きく変わり得ることなどを十分に理解していないことが多いのです。その背景としては自給している農家は市場で農産物を買う機会が低く、庭先まで買い付けに来る仲買人からの情報のみに頼ることが多いためです。そのため、農家自身が市場を訪問し、自らの目と耳で情報を収集すると、多くの「サプライズ」を体験することになります。この「サプライズ」を通じて農家は工夫すれば儲かることに気づき、それが営農意欲を駆り立てる原動力になるのです。従来の小規模農家支援では、研究者や普及員が良いと思う技術を農家に移転する傾向が強かったですが、農家がその技術を積極的に採用することはあまりありませんでした。何故なら新たな技術の導入が所得の増加に直結するという認識が不足しており、新技術を積極的に取り入れ、営農を改善しようとする意識が醸成されていなかったことがその背景にあると考えられます。SHEPは農家にとっての「気づきの機会」を作ることにより、新たな技術を取り入れながら、市場ニーズに合った農産物を生産、販売しようとする農家の営農に対する姿勢を劇的に変化させました。ケニアにおけるインパクト評価研究によれば、SHEPを取り入れた農家は他の一般農家と比べて2年間で平均70%の農家の所得増加効果をもたらすことが実証されましたが[1]、所得向上という結果以上に、農家の行動変容がSHEPの大きな意義と言えます。というのも、この行動変容は不可逆的で、持続的な生計向上に繋がることが期待されるからです。

3.SHEPの「ふつう化」

 私は2016年12月に初めてSHEPアプローチを知る機会を得ましたが、SHEPに対する第一印象は「コロンブスの卵」でした。SHEPが提唱することは、言われてみれば当たり前のことですが、これまで誰もその重要性に着目せず、少なくともSHEPの様に手法として確立された形で実践されてはいませんでした。
 現在JICAは小規模農家支援におけるSHEPの主流化、つまりSHEPの「ふつう化」を打ち出しており、国際農業開発基金(IFAD)等の様々なパートナーとともに、このアプローチが開発途上国の小規模農家支援事業で当たり前のように広がることを目指しています。
 SHEPにかかわるスローガンの一つに「No Fun No SHEP(=楽しくなければSHEPでない)」があります。SHEPが実践されている農村の現場に行くと、農家は自身の営農方針を楽しそうに且つ誇らしげに語ってくれます。農業は創意工夫をすれば魅力的な産業に成り得ることをSHEPは実証してきました。農業後継者不足に悩む日本でも、実はSHEP的な発想が今求められているのかもしれません。

図:SHEPに基づく農業普及の4つのステップ(JICA作成)

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