「いってらっしゃい」に想いを込めて、安全管理のミッションを胸に
2025.02.26
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- 安全管理部 計画・安全啓発課長 萩原律子
JICAの仕事に携わり、出張や赴任先の国の治安情勢のなかで安全に事業を遂行していくうち、次第に、安全管理そのものにしっかり向き合いたいという気持ちが強くなりました。
中南米に初出張した時、在ペルー日本大使公邸人質事件が起こりました。怖いと率直に感じたのですが、中南米を渡り歩いたベテラン職員が「自分は道を歩いていて定期的に振り返る癖があります。そのためかはわからないが被害に遭ったことがない」と言っていたのが印象的でした。
初赴任したネパールで、王室殺害事案が発生。毛沢東主義者組織(マオイスト)が勢力をもっていた時期で、マオイストの情勢分析にのめりこみ、現地で話題の本の翻訳出版をし、緒方理事長(当時)にも大変関心をもっていただきました。
子供たちが小さいときにバングラデシュに赴任。道路封鎖が選挙で長期化することもありました。帰国直前、首都で外国人が殺害される事案が発生しました。その約1年後に日本人7名を含む多くの方々が亡くなるテロ事件が発生。被害のあったレストランは、よく行く地区にありました。これらの事件を経て、次第に安全管理に携わりたいという意欲をもつようになりました。
パキスタンでは過去のテロ等の情勢を踏まえて構築された体制があり、体系的にまた自身の体験として得たものが多くあります。
国連やコンサルタントも多方面で安全対策の分析を行っています。大量の情報やレポートを読むと、パキスタンは国内情勢のみならず周辺国との関係性が複雑な国と感じました。2018年末の赴任当初は、オープンなテラスでの外食はなるべくしないことや、子供たちも素肌をみせるような服装はしないことなどに気をつけていたものの、首都のイスラマバードでの大規模なテロの可能性は低く、注意をすれば安心して生活できました。2019年、安全管理部とのオンラインでのシミュレーション訓練や、バンコクで国連の主催する安全管理研修に参加し、体系的な安全管理の知識や動作を身に着ける機会があり、それがその後、役に立ちました。
JICA関係者の事業サイトや住居等の安全対策、定時の安否確認については、現地スタッフにも支えられました。夜の安否確認の時間が過ぎるとスタッフから「マダム、●●さんからの連絡がありません」との電話が来ることも。関係者への説明や対話を重ねつつ、ルールの見直しも不断に行いました。私は事業の経験も多かったことから、現場目線で安全対策を確実にするよう心掛けました。
当時、パキスタンに事務所を置いている国際機関は家族随伴不可としていたのですが、テロリスクの低下にともない家族随伴対象地に緩和することになりました。先んじて家族随伴を認めていたJICA事務所に、国際機関から調査団が来訪し、私が対応しました。私が女性で、子連れで赴任していて、しかも安全担当であるということで、パキスタンに家族を随伴することに安心感をもってもらえたようです。
また子供たちの学校から学んだ対策も様々ありました。もともとパキスタンは治安が悪かったので学校では送迎の人や車の登録、引渡しの方法も細かく決められています。さらに道路封鎖のときに備え、オンライン授業に切り替える体制も整っていました。地震や火災といった災害のみならずテロ、不審者侵入に備えた訓練も常に実施していました。
離任前にイスラマバードのモスクにて、無事に任務を終えてほっと一息
これまで経験のなかった、JICAの中でも危険レベルの高い国の安全対策を担当することになりました。中東・欧州地域を担当。ウクライナではロシアの侵攻が続くなか、安全管理を検討しました。戦況マップやグラフで分析、防弾車の手配や出張者、ルートを厳選した派遣の判断を組織で行う、そういった安全対策の事柄一つ一つを積み上げ、一丸となって人命最優先での事業実施が今も続いています。
ウクライナ調査団が撮影した、シェルターの方向を示すサインと明るいヒマワリの絵に心打たれました
また、トルコの南部とシリアで震災が発生し、JICAは緊急支援を行いました。私も安全確認調査で現地に行き、国際機関や現地政府の関係者と最適な安全対策を議論しました。
世界が複合的な危機に直面し、紛争や人道的危機への迅速な対応が求められるなか、JICAはその課題解決のため現場に出向く活動を重視しています。安全管理部のミッションは関係者が安全に渡航し安全に帰国すること。そのための安全対策の取り組みを不断に積み重ねています。
現在、安全管理部では、職員や事業関係者等を対象にセルフディフェンスを身に着ける実技研修や、ボランティアの派遣前の訓練で、犯罪やテロの疑似体験やその際の防護の動き等を身体に刻み込むことも体験してもらっています。過去に亡くなられた関係者の事件の教訓が、研修のエッセンスとして取り込まれているものです。
派遣前の研修で、手を掴まれた時の離脱の方法を実演
2022年10月に定めた「安全対策宣言」の取り組みの柱のひとつである「当時者意識」の維持は自分の経験から、「自分でヒヤリドキッとしたその気持ちをずっと忘れない」ということだと言えます。私は講義に立つとき、毎回、いってらっしゃい、と無事の活動をとお祈りしています。
今年1月から、安全管理部計画課を安全管理部計画・安全啓発課と名称を変更しました。職員一人ひとりが自身の安全意識を高め、事業関係者への安全対策の働きかけを行っていくべく、組織として、職員の一人として誓いを新たにしています。
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